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メイド・イン・ジャパン・テレビの消滅

かつて「液晶のシャープ」とはやされた、シャープはテレビ用の大型液晶パネルの国内生産を2024年度中に停止すると発表した。

テレビ向け液晶パネルの国内生産はすでに電機大手各社が撤退している。

国内で唯一テレビ向け液晶パネルの生産を続けていたシャープの生産終了により、日本国内でテレビ向けの大型液晶パネルを生産する企業はなくなる。

一方、東芝やソニー(現ソニーグループ)、日立製作所の液晶パネル事業を統合して発足したジャパンディスプレイ(JDI)は、2024年3月期に10年連続の連結最終赤字を計上している。

かつて半導体と並び日本の電機業界をけん引した液晶産業が終焉(しゅうえん)を迎えつつある。

なぜ日本企業は液晶産業でも失敗したのか?

経済学者であるヨーゼフ・アイロス・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)は、経済成長論の創案者であり、企業者の行う不断の『イノベーション』(革新)が経済を成長させるという理論を構築した。

シュンペーターによれば、市場経済はイノベーションによって不断に変化・成長している。

イノベーションがなければ、市場経済は均衡状態に陥っていき、企業者利潤は消滅し、利子はゼロになる。

ワルラスに代表される経済学の古典派が均衡を最適配分として捉えているのに対し、シュンペーターは均衡を「沈滞」として捉えている。

したがって、企業者は、「創造的破壊」を起こし続けなければ、生き残ることができない。

シュンペーターは、彼の理論の中心概念であるイノベーションを、『新結合(neue Kombination)』という言葉で表している。

『新結合』という言葉は、『イノベーションのジレンマ』を提唱したクレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)による、「一見、関係なさそうな事柄を結びつける思考」という、イノベーション定義と同義である。

イノベーション(革新)とは新たな経済的価値を生み出すことであり、単に技術の革新(テクノロジー・イノベーション)だけでなく、新たな顧客価値の創造(バリュー・イノベーション)を含んだ、「ビジネス革新」を意味している。

ドラッガーは、イノベーションを「既存の資源から得られる富の創出能力を増大させるすべてのもの」と定義している。

シュンペーターは、イノベーションの実行者を『企業者』(アントレプラナー/entrepreneur)と呼び、一定のルーチンをこなすだけの『経営管理者』と区別している。

企業者とは、まったく新しい組み合わせで生産要素を結合し、新たなビジネスを創造する者である。

シュンペーターは、資本主義では、成功ゆえに巨大企業が生まれ、それが官僚的になって活力を失っていくとする。

それゆえ、彼は、経済活動における経済の新陳代謝をもたらし創造的破壊を生起させるために、独創性あるエリートは、官庁化した企業より、未開拓の社会福祉や公共経済の分野に革新の機会を求めるべきである説いた。

経済成長の著しい産業分野では、短いサイクルで不断にイノベーションが生起し、持続的な創造的破壊が行われる。

成長産業での成功者は、「一定のルーチンをこなすだけの『経営管理者』」ではなく、「イノベーションの実行者である『企業者』」である。

液晶産業では、2000年代には、シャープは亀山工場に、また、パナソニックは尼崎と姫路の工場に、液晶パネルのための巨額の投資を行った。

しかし、両社とも、パネル市場でシェアの低下が続く中で、巨額投資の償却費が利益を圧迫した。

市場動向を見極められずに行う投資は、経営者の失態である。

市場を知り、それに適切に対応するためには、優れたインテリジェンス能力が必要である。

常にリスクと隣り合わせの『企業家』には、必然的に、優れたインテリジェンス能力が備わる。

そして、巨額投資のためには、十分にカネと時間をかけたインテリジェンス活動によって、市場や競争相手の情報収集と情報分析が行われる。

また、投資の意思決定にあたっては、常に、読みが外れた時のリスクヘッジを用意しておく。

サラリーマン『経営管理者』の場合には、社内政治が最も大事であって、彼の目はどうしても内を向いてしまい、外部に対するインテリジェンス能力が欠如する。

投資の決定とは社内の手続きであり、サラリーマン『経営管理者』にとっては、「金を使う」という安易で、かつ、心地よい仕事である。

投資額が大きいほど、皆で「イケイケ、どんどん」となる。

遂に、シャープは、2016年8月、台湾企業の鴻海(ホンハイ)の傘下に入ることになる。

シャープを始めとする日本の液晶産業における失敗とは、シュンペーターによれば、日本企業の経営者は、リスクと対峙する『企業家』ではなく、インテリジェンス能力の欠如したサラリーマン『経営管理者』だったということになる。

戸部良一、野中郁次郎ら複数の政治、経営学者の共著による「失敗の本質」、副題は「日本軍の組織論的研究」では、第2次世界大戦における日本軍の組織や意思決定プロセスの問題について分析している。

結論的には、日本の組織における、内向き思考のもたらす、現状維持によるイノベーションの排除、かつ、インテリジェンス能力の欠如のもたらす、失敗の原因を指摘している。

日の丸液晶終焉へ シャープ大型撤退、JDIは10期連続赤字 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

テレビ敗戦「失敗の本質」 シャープ、パナソニックを惑わせた巨艦の誘惑 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

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