弁財天

歌舞伎町弁財天

作:ウダタクオ 2006年09月30日



歌舞伎町弁財天

 遠くの方で祭りの音がしていた。私はビラを撒いている。糞を垂れ流したような仕事だった。

 ウォシュレットを10回払いのローンで購入できるのなら、早く洗い流してしまいたい。

 笛やら太鼓やらの音が次第に近付いてくる。私はビラを撒いている。

 和音の旋律はどこか懐かしく心が和んでいく、仕事している場合じゃない。私はコンビニへ行き焼き鳥を買うとその音色の中でそいつを食った。意識は祭りに参加していた。

 的屋になりたかった親友は胸から二の腕にかけて龍の入れ墨をいれたが、結局は親戚のコネで郵便配達員になっていた。何年振りかに再開した時に彼は日に焼けており真っ黒だった。イカとかたこ焼とかを本当は焼きたかったんだろうなと私は思ったが、既に彼は自分を焼いていた。根はいい奴なんだ。

 さて、御一行は弁天様を祭るべく歌舞伎町を目指している。かなり通行の妨げになっているが、彼等はお構いなしに列を組み進んでいく。彼等の行進を止める事はできない、彼等は神に遣えているのだ。

 御一行が祭りの和音を奏でながら目の前を進んでいく、何の違和感もなくその列の中に私も交じった。

 角筈1丁目北町会菊座、黄金色に輝いている。列の中からだと分かる、和音の膜の中にいるみたいに我々を光が包み込んでいる。

 声がする、誰かの記憶の映像が脳裏によぎる。

「今でもこの胸を強く打つ懐かしげな鼓動があなた様にはまだお有りですか?」

綺麗な女が薄いピンク色の和服を着て畳に座っている。

「君は何を夢見てトラウマの如く花笠見せびらかすんだい?」

若い男が問いを問いで返す。その男はシングルの3ピースに身を包みシャツの袖に光るトパーズのカフスが印象的だった。

 お互いあまり顔を上げてしゃべろうとはせずに、俯いたまま何かに酔い痴れているみたいな情緒がある。

 そして、永い歳月を経て再開したような趣がその和室の部屋には漂っていた。

「一華摘んであげましょう、あの時を。枯れてしまった華なんて要らないでしょうから」

女は顔を上げると物寂しくそう言った。何かが壊れそうだった、大事にしまい込んでいる繊細なものが割れてしまいそうだった。

 よく見るとその綺麗な女は決して若くはなかった。2人を見ていると、まるで彼女だけが歳を重ねていったみたいに思えてくる。それ以外があまりに自然過ぎて、そこだけが間違っているような気が私はした。

 気が付くと私は沼の辺にいて、北町会菊座の人達はいなかった。

 私は沼の前まで歩いていくと前かがみにしゃがんだ。

 沼をぼーっと見ていると、石碑が少し水面から顔を出しているのに私は気が付いた。

 何やら文字が書かれている。

愛深き故・・・

愛を・・・

 沼が濁っている為、文頭までしか読めない。

 腕時計を見ると仕事の終了時間のちょうど5分前だった。私は持ち場に帰った。

 担当者に作業確認表のサインをもらうと私はさっきの沼に引き返そうとした。

 今宵の祭り、歌舞伎町、菊座、弁天様、脳裏によぎった映像~和服の女と若い男~、そして沼の石碑、何かが繋がっている気がしてならなかった。

 しかし、私がその沼に辿り着く事は、その日もその後もなかった。

 その沼は昭和に入った直後に埋め立てられ、今はそこにマンションが建設っているらしい。


最後まで読んで頂きありがとうございます!本編はここまでです。

面白いと思った方100円です。

ご購入、投げ銭での応援ヨロシクお願い致します。

以下、あとがきです。

(※「あとがき」マガジン購入(月額500円・初月無料)して頂くと、「あとがき」は全て読めます。本作品のあとがきだけの場合(下記)100円です。)

ここから先は

352字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?