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アラブ首長国連邦(UAE)への出張を振り返って

 2024年7月中旬、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催されたアジア太平洋認定機関協力機構(APAC)の年次総会に出席した。昨年6月に米国アナハイム市で開催された年次総会に引き続き、(一社)情報マネジメントシステム認定センター(ISMS-AC)の代表理事として参加した。国際会議自体の重要性に加えて、個人的にも約30年ぶりのペルシア湾岸地域への訪問であり、意義深い出張となった。以下、個人的に感じたことを記述してみた。

 APACは、アジア太平洋地域の認定機関(Accreditation Body)のフォーラムであり、米国、中国、東南アジア諸国、オセアニア諸国、インド、中東諸国等の認定機関(39カ国の61の正式メンバー)から構成されている。法人としては、ニュージーランドに登記されており、議長は、Ms. Jennifer Evans (オーストラリアの試験所認定機関(NATA)のCEO)が務めている。

 今回のAPAC総会のホスト機関は、以下の3つの認定機関であった。
 ・ GAC(湾岸認定センター)
 ・ EIAC(エミレーツ国際認定センター)
 ・ ENAS(エミレーツ国立認定システム)
 アラブ首長国連邦(UAE)の人口は、一千万人に満たず、かつ、自国民はその1割にも満たない国であり、認定機関が3つもあることが不思議であったが、その理由に迫る前に、認定機関(Accreditaion Body)とは何かをおさらいしてみる。

 認定(Accreditaion)とは、JISQ 17000(適合性評価-用語及び一般原則)において、「適合性評価機関に関し,特定の適合性評価業務を行う能力を公式に実証したことを伝える第三者証明」と定義されており、工業製品や食品などの試験所等やISO9001などの認証機関を審査して、認定(Accredit)することである。
 世界各国の試験所等や認証機関は千差万別だが、それらの能力が低いと、自動車や家電製品の故障、コロナウイルス検査の精度の低下、不十分な情報セキュリティ対策など、社会・経済の広範な分野でのあらゆる活動に支障が生じる。
 このため、世界各国には、認定機関が設置され、ISOの国際規格に基づき、膨大な数の適合性評価機関に対する審査を定期的に行い、その水準を維持している。
 適合性評価に係る政策のお手本となる欧州においては、EU指令等に基づき、ドイツ、フランス等ほぼ全ての国に1つずつ認定機関が設置されている。中国、台湾、シンガポール等も、同様に、政府の政策として、1つの認定機関を置いて、自国の適合性評価機関の力量を確保している。
 他方、米国には、連邦レベルでは、認定機関(Accreditaion Body)に関する法令はなく、少なくとも7つの認定機関が存在し、そのうちのいくつかはグローバルな認定ビジネス(つまり越境認定)を標榜している。
 そして、我が国(日本)には、以下の認定機関(Accreditation Body)が存在しており、今回のAPACドバイ総会にも参加した。
 ・ (独)製品評価技術基盤機構認定センター(IA Japan)
 ・ (公財)日本適合性認定協会(JAB)
 ・(一社)情報マネジメントシステム認定センター(ISMS-AC)
 ・ 電磁環境試験所認定センター(VLAC)
 ・ (独)農林水産消費安全技術センター(FAMIC)認定センター(JASaff)         
  (順不同)

 日本経済の規模からすると、認定機関(Accreditation Body)が5つ存在することは不自然ではないかもしれないが、米国の認定機関のグローバル展開に比べて、私が代表理事を務めるISMS-ACも含めて日本の認定機関は、ほぼ国内の適合性評価機関の認定に止まっており(それ自体は悪いことではないが)、かつ、それら国内の適合性評価機関も国内企業(顧客等からの要請を受けて)、規制官庁、医療機関等からの適合性評価の依頼を受けて、製品の試験や臨床検査、マネジメントシステムの認証等を行っているのが現状である。

ドバイの中心部に聳え立つブルジュ・ハリファ

 さて、アラブ首長国連邦(UAE)の認定機関の話に戻る。ホスト機関が主催した盛大なセミナー、公式ディナー等は、とても立派なものであった。来賓には、UAEの産業・先端技術省(MoIAT)の次官他多くの政府高官が現れた。
 ホスト機関が主催したセミナーでは、MoIATの次官補、開催地ドバイの警察庁やデジタル庁をはじめとした政府機関が、それぞれの活動を宣伝した。特に、ドバイ警察庁のプロモーションビデオは、アクション映画さながらで、日本円で億単位の製作費が掛かっていると思われた。彼らは、アラブ首長国連邦(UAE)の経済発展、デジタル化の推進をアピールするとともに、適合性評価機関を審査・評価する同国の3つの認定機関の重要性をわかりやすく説明していた。
 また、アラブ首長国連邦(UAE)の3つの認定機関のうち、EIACと ENASのCEOは女性であった。また、MoIAT高官や関係機関のパネリストの約半数が女性であった。イスラム教における女性に対する戒律の厳しさが有名であるが、むしろ、アラブ首長国連邦(UAE)の女性活躍は先進国並みに進んでいると感じた。

 個人的な感想となるが、日本は、適合性評価制度への政府の関与と対外的な見せ方において、UAEと日本は大きな違いがあると感じる。
 日本では、経済産業省及び農林水産省が管轄する独立行政法人に対する交付金等を除くと、法律に基づく政府による認定機関への直接的な関与は、ほとんどない。法律に基づく各種規制等における適合性評価は、(一部の例外を除き)国の責任で実施するのが建前である。
 他方、中東における物流、人流、そして情報の流れのハブと言われるドバイを有するアラブ首長国連邦(UAE)は、国際的な適合性評価機関を認定する機関のフォーラムへの参画を重視している。国を挙げて、アジア太平洋地域の国際会議をホストしていた。ただ、アラブ首長国連邦(UAE)を含む湾岸協力会議(GCC)の他の加盟国(サウディアラビア、クウェイト、カタールなど)を差し置くこともできないので、 今回のAPAC総会のホスト機関にGAC(湾岸認定センター)を組み入れて、中東地域におけるバランスを維持していたようだ。
 アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビは中東地域の最大規模の油田を有しており、潤沢なオイルマネーを産業開発に投資している。これは、いずれ訪れる化石燃料の枯渇又は再生可能エネルギーのブレイクスルーによる原油価格の低下に備えてのことであり、その一環で適合性評価政策にも力を入れていると考えられる。

 ただし、UAEの認定機関の活動の実態は、他国と異なるようだ。適合性評価機関に対する認定審査は殆どが外国人が担っている。例えば、EIAC(エミレーツ国際認定センター)におけるISMS認証の認定審査員は、インドの認定機関から移籍した方々らしい。オイルマネーとドバイの開発により、急速な発展を遂げたUAE経済ではあるが、高度な産業の運営や、製品、サービス等の適合性評価及び認定については、自国民のみでは担うことは困難であるようだ。

 個人的には、約30年前にアラブ首長国連邦(UAE)を訪問した懐かしさから、産業・先端技術省(MoIAT)の高官やUAEの認定機関の幹部と話そうとしたが、近づき難かった。社交の場では彼女達は、仲間同士(身内?)だけで歓談しており、外国の認定機関と交流する気はなさそうであった。おそらく、アラブ首長国連邦(UAE)の国民の多くは、公務員又はそれに準ずる身分が保証され、潤沢な給与を得ていることから、適合性評価や認定の審査など現場の実務には携わっていないのであろう。せっかく国際会議を開催しても、外国の同業者との共通の話題がないのかもしれない。
(認定機関が複数あるのもポスト確保と関係あり?)

 さて、今回のAPAC総会自体の成果を少し紹介しておく。APACは、持続可能な発展(Susutainability)が求められる産業分野や変革が著しいデジタル分野において、相互承認協定(MRA)のスコープを着実に拡大している。特に、温室効果ガス(GHG)の削減に係る検証・妥当性確認や人工知能(AI)に係る適合性評価に係る認定機関の間での国際相互承認への取り組みを加速している。
 筆者が関係するのは、 人工知能(AI)のマネジメントシステムに基づく認証を対象とした認定機関レベルの相互承認協定(MRA)である。具体的には、APAC総会に先立って開催された相互承認協定評議会(MRA Council)において、ISO/IEC 42001 AIマネジメントシステムに基づく認証が、国際相互承認協定(MRA)のサブスコープに追加されることが決定された。

 今回の出張を通じて、中東産油国の目覚ましい経済発展とドバイの都市開発、そして国際的な適合性評価政策の盛り上がりを実感するとともに、日本の適合性評価政策が世界の中で後れを取っていることを、昨年のアナハイム出張の時以上に感じた。
 特にデジタル分野における国際標準に基づく適合性評価を外国に依存するようなことがあると、日本の経済・産業の更なる低落を招くことになりかねない。
 ISMS-ACとしては、できることは限られているが、ISO/IEC 27000シリーズに基づくISMS適合性評価制度の信頼性の一層の確保に加えて、ISO/IEC 42000シリーズに基づくAIマネジメントシステムの適合性評価の実現に向けた基盤整備に取り組んでいきたいと思う。

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