東京の甘味(5) かたいプリン

 「子どものころに食べた甘味で、印象に残っているものはなんですか」
 そんなアンケートを実施したら、はたしてどんなものが上位にランクインするだろうか。
 どらやき、たいやき、人形焼、あるいは駄菓子屋で売られていたキャンデーや麩菓子などを挙げる年輩者がいるかと思えば、横文字の洋菓子をすらすらと答える若者もいるだろう。
 しかし、世代にかかわらず、多くの得票数を獲得するものといえば、やはりプリンではないか、と僕は踏んでいる。
 たとえば、僕のプリン体験(そんな言葉があるのかどうか知らないが)は、四歳か五歳くらいのとき、祖父といっしょにでかけたデパートのレストランの思い出とつながっている。
 おもちゃを買ってもらった帰り、映画を観た帰り、デパートのレストラン(たいていは最上階にある)で食事をする。そうしてデザートに、生クリームがたっぷり添えられたプリン・ア・ラ・モードを食べるときほど、贅沢な心持ちがすることはなかった(ちなみに、プリン・ア・ラ・モードを最初に提供したのは、横浜のホテルニューグランドらしい)。残念ながら、いまのデパート(のレストラン)の空間からは、その種のちょっとした贅沢さ、いわば本質的な意味での「昭和の豊かさ」は失われてしまったように思う。
 あるいは、もっと日常的に、ふつうの町のスーパーで売られているような量産型プリン。あの器の下の突起を折って、皿の上に落とすときの快感は、子どもの頃にしか味わえない類のものだろう。
 そして、思い起こしてみてほしい。それら思い出のなかにあるプリンは、どれも「かたいプリン」ではなかっただろうか。卵黄とカラメルの風味が濃厚で、皿の上に盛るとプルプルと弾力を示す。
 ところが、最近、女性誌などで「これがオススメ!」と紹介されるプリンは、ほとんど生クリームをそのまま食べているかのような、なめらかな食感のものが多い。
 もちろん、そういうプリンも美味しい。だけど、僕のように「かたいプリン」を原体験として育った者にとっては、どこか物足りない気持ちもあるのだ。
 街で美味しそうなケーキ屋さんを見かけるたびに、プリンをチェックするのだけれど、なかなかお目当ての「かたいプリン」にはめぐりあえない。有名店、人気店であればあるほど、なめらかプリンを出している。
 横浜の弘明寺(観音様を有する横浜随一の寺町)に住んでいたときのこと。近所の商店街の一隅に、新しいケーキ屋さんが開店した。
 店名は「レリッシュ」。英語で「風味」という意味らしい。
 さっそく入ってみると、こぢんまりとしたつくりながら、アンティーク調のおしゃれな空間。でも、いまどきのパティスリーにありがちなスノッブな感じはない。昔ながらの町のケーキ屋さんという趣だ。
 ショーウィンドウを覗くと、二種類のプリンが並べられている。「ぐみょうじプリン」と「ぐみょうじダブルプリン」。お店の女性に聞いたところ、「ぐみょうじプリン」は、卵黄とカラメルを使ったオーソドックスなプリン、「ぐみょうじダブルプリン」は、ミルクプリンとチーズプリンを二層に重ねたオリジナル商品らしい。どちらも美味しそうだが、ひとまず「ぐみょうじプリン」(とついでにショートケーキ)を買うことに。
 帰宅後、ケーキボックスを開き、小ぶりなビンに紙と藁紐で封をされた「ぐみょうじプリン」を開けてみた。卵黄はしっかりと固まり、スプーンを入れると適度な弾力を感じる。おお、これはやはり僕の求めていた「かたいプリン」ではないか。
 一口食べると、卵黄の濃厚な風味が口いっぱいに広がる。うん、これこれ。さらに底まで掘り進めていくと、ちょっぴり苦みをきかせたカラメルがあらわれる。奇をてらわない、手づくりの感じがいい。
 ちなみに、後日、今度は「ぐみょうじダブルプリン」を買って食べてみると、こちらは流行りのなめらかプリンだった。でも、とっても美味しかったけどね。
(2010年頃執筆)

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