見出し画像

溜池随想録 #18 「アジャイルソフトウェア開発に適した契約(その4)」 (2010年11月)

 引き続き、ピーター・スティーブンスの「あなたの次のアジャイルソフトウェアプロジェクトのための10の契約」(注)で取り上げられている契約を一つずつ検討していこう。
(注)Peter Stevens “10 Contracts for your next Agile Software Project” (http://agilesoftwaredevelopment.com/blog/peterstev/10-agile-contracts)

(7) ボーナス/ペナルティ条項(Bonus/Penalty Clauses)
 開発が予定より早く完了すればボーナスを受け取り、遅延すればペナルティ(罰金)が科せられるという契約である(図1参照)。この契約では、スコープ(仕様)が固定されていることが前提である。開発途中のスコープの変更は、プロジェクトの遅延につながる可能性が高く、開発側として受け入れられないだろう。
 開発側は早期に開発を完了させれば、売上も利益も増えるので早期完了に対するインセンティブはある。しかし、顧客側は開発が早期に完了すれば支払い金額が増える。もちろんシステムをできるだけ早く稼働させたいというニーズが強ければ、早期完了を望むこともあるだろうが、そうでなければ多少開発が遅延しても、支払い金額が少なくなることを期待するかもしれない。つまり、顧客が、早期完了のために積極的に開発に協力する保証のない契約だと言える。
 スコープが固定で、両者に協力関係が生まれる可能性が小さいことを考えると、アジャイル開発には適していないだろう。

(8) 固定利益(Fixed Profit)
 この契約は、スコープが固定された実費清算型契約に近いが、予定期日を超えた場合には、超過分についてはコスト分しか支払われない。つまり開発側の利益は、予定を超過しても、予定通りに開発を終了した場合と同じになる(図2参照)。
 一方開発が早期に完了した場合には、実費精算型と同じように支払い金額は少なくて済むので、顧客側には早期完了のインセンティブがある。しかし、開発側は、早期に完了すると(利益率は一定であっても)売上も利益も少なくなるので、早期完了のメリットはあまりない。逆に遅延すると顧客が支払う金額は増加する。開発側は、利益は増えないが、超過によって増えたコスト分はカバーできる。もし、開発側が売上高重視の企業であれば、遅延を歓迎するかもしれない。スティーブンスはこの契約について、顧客、開発側の両者に早期完了のインセンティブがあると述べているが、売上高を重視する日本の企業を考えると、開発側に早期完了のインセンティブがあるとは思えない。この点に加え、スコープが固定であることを考えると、この契約もアジャイル開発には適していないだろう。

(9) Money for Nothing, Changes for Free
 基本は、スコープの変更が可能で、予算上限のある準委任(実費清算型)契約であるが、早期完了(あるいはプロジェクト中止)になった場合には、開発側は、キャンセル料として残余期間で開発側が得べかりし利益分を受け取る権利がある(図3参照)。つまり、どの時点でプロジェクトが完了、あるいは中止になったとしても開発側が得られる利益は一定となる。(予算上限があるので、予算を使い切った時点で開発は終了するが、この時も利益は一定である。)
 この契約では、スコープの変更は自由に行うことができ、かつどの時点で開発を終了(あるいは中止)することも顧客の自由である。早期に終了(中止)すれば支払い金額が少なくなるので、顧客には早期完了のインセンティブがある。一方開発側からみれば、早期完了すれば、売上は少なくなるものの利益は変わらず、利益率を考えるとメリットは大きい。開発側が売上高ではなく利益率重視であれば、早期完了のインセンティブがあることになる。
 スコープが固定でなく、両者に早期完了のインセンティブがあることを考えると、アジャイル開発には適していると考えてよいだろう。

(10) ジョイントベンチャー(Joint Venture)
 ジョイントベンチャーは、その名前のとおり、顧客と開発側がコストもリスクも折半するという仕組みである。開発したシステムをパッケージソフトとして他の顧客に販売できるような場合に利用可能である。
 顧客と開発企業でつくるチームを仮想的な企業と考えれば、社内開発と同じであり、アジャイル開発には適しているだろう。しかし、スコープ(仕様)や納期などについて両者の意見、優先度が一致しない可能性がある。場合によっては両者が対立し、意思決定に時間を要するかもしれない。あらかじめ、決定権限が誰にあるのかをきちんと決めておく必要があるだろう。

 以上でピーター・スティーブンスの「あなたの次のアジャイルソフトウェアプロジェクトのための10の契約」の紹介は終了だが、引き続きアジャイルソフトウェア開発に適した契約に必要な条件について考えてみたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?