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DX再考 #3 DXレポートに対する誤解

経済産業省のDXレポート

 日本でDX(デジタル・トランスフォーメーション)が流行語になり、一種のDXブームが始まったきっかけの一つは、2018年9月に経済産業省が発表した「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開」である。

 このレポートには2つの重要なことが述べられている。一つは、DXの推進が必要であること、もう一つは、DXを推進するためには、既存システムが抱える問題を解消しなければいけないことである。

 二つ目の問題についてもう少し説明しておこう。多くの企業の既存システムは、技術面での老朽化、システムの肥大化・複雑化、ブラックボックス化などの問題を抱えており、既存システムを維持・運用していくために貴重な資金・人材を浪費している。つまり、このレポートでは、レガシー化してしまった情報システムが、経営・事業戦略上の足かせ、高コスト構造の原因となっているため、DXを本格的に展開するためには、既存のITシステムを巡る問題を解消する必要があると指摘している。

 JUASのアンケート調査によると、約8割の企業が「レガシーシステム」を抱えており、約7割が「レガシーシステム」が自社のデジタル化の足かせになっていると回答している。

出典:経済産業省「DXレポート 」平成30年9月7日、p.6

 あらゆる産業において、新たなデジタル技術を活用して新しいビジネス・モデルを創出し、柔軟に改変できる状態を実現することが求められている。しかし、何を如何になすべきかの見極めに苦労するとともに、複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムも足かせとなっている。

出典:経済産業省「DXレポート 」平成30年9月7日、p.26 

「DX=クラウド化」という誤解

 ところが、不思議なことに「DXとは、レガシーとなっている情報システムの刷新やクラウド化である」と誤解した人たちがかなりいた。もしかすると、クラウド化を推進したい情報サービス企業(特にSIerと呼ばれる企業)の経営者は、自分たちのビジネスを考えて、そう曲解したのかもしれない。なぜなら、DXを推進するための具体的な手段、プロセスがはっきりしていないのに対して、既存の情報システムの刷新やクラウド化であれば、顧客への提案は容易だからである。

 経済産業省の「DXレポート」をきちんと読めば、「DX=レガシーシステムの刷新」という解釈が誤りであることは誰でも分かる。しかし、この誤解はインターネットを介して世間に広まることになった。これは先に述べたDXの定義に関する誤り(ストルターマン教授の論文を読まずに、誰かの間違った解釈をそのまま引用してしまうという誤り)と同じである。

 こうした誤解が世間に広まっていることに気づいた経済産業省は、2020年12月に発表した「DXレポート2(中間取りまとめ)」において、DXがレガシーシステムの刷新ではないことをはっきりと記述した。
 まず、エグゼクティブ・サマリーの最初で、DX推進の障壁となっているレガシーシステム問題の解消とDXの推進は、関連はしているが別の問題であることを述べている。

 2018 年に公開した「DX レポート」では、老朽化・複雑化・ブラックボックス化した既存システムがDX を本格的に推進する際の障壁となることに対して警鐘を鳴らすとともに、2025 年までにデジタル企業への変革を完了させることを目指して計画的にDX を進めるよう促した。

出典:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」2020年12月、p.3

 また本文中には、「DX=レガシーシステム刷新」が誤解であるという記述もある。

 先般のDX レポートでは「DX=レガシーシステム刷新」等、本質的ではない解釈を生んでしまい、また「現時点で競争優位性が確保できていればこれ以上のDX は不要である」という受け止めが広がったことも否定できない。

出典:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」2020年12月、p.11

 これによってDXの誤解は解けたものの、企業のDX推進が順調に進んでいるとは言い難い。経済産業省はこの後、2021年8月に「DXレポート2.1(DXレポート追補版)」を、2022年7月に「DXレポート2.2(概要)」を公開しているが、個々の企業ではDXが進まず、産業全体として変革が必要であると指摘している。
 ちなみに、DXレポート2.2を検討してきた「デジタル産業への変革に向けた研究会」は2022年3月8日に第3回を開催し、DXレポート2.2のアウトラインとデジタル産業宣言を検討しているが、それ以降研究会は開催されていない。DXレポート2.2については、概要のみが「コロナ禍を踏まえたデジタル・ガバナンス検討会」の第2回(2022年7月13日開催)の配布資料として公開されているが、その本文は発表されていない。さらに「デジタル産業宣言」も、この「DXレポート2.2(概要)」の中に参考資料としてついてはいるが、正式に発表はされていない。いったいどうなっているのだろう。


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