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ネットバブルの崩壊から得られた教訓  第2回 「破綻した企業と破綻した原因を考える」 (2004年)

 破綻した企業はすべて、ValueAmericaのように顧客の評判が悪かったわけではありません。たとえば、ネット上で玩具を販売していたeToysは、2001年3月に破産してしまいましたが、とても評判のよい企業でした。たとえば、優良ウェブサイトを紹介した『Gomez BEST WEB 2001』という本が2000年に出版されていますが、eToysは、この本の玩具部門では第1位にランクされています。また、消費者の評価を基準にしてネット小売サイトのレイティングを行っているBizrate.comでも、破産前の時点では、10点満点の8.9点という高い得点を得ていて、玩具部門ではやはり第1位にランクされていました。eToysは顧客満足度の高い店だったのです。

 玩具がネット販売に適していない商品だったわけではありません。むしろ、玩具は書籍や音楽CDと並んでネット販売に適していると考えてよいと思います。一部の例外はあるでしょうが、多くの玩具はそれほど大きくなく、商品名や型番によって商品を特定できますし、購入時に手にとって確かめたいという顧客は少ないでしょう。仕事が忙しくて玩具店にいけない親にとって、ネット上の玩具店は便利な存在だと言われてきました。

 ネット販売に適した商品を扱っていて顧客の評判もよかったのであれば、運転資金が枯渇して倒産に至った原因はどこにあったのでしょう。それでは簡単に、当時のeToysの状況を、米国の二人のアナリスト(Mitchell P. BartlettとMatt Richtel)が計算した数字を元に眺めてみましょう。この数字は、米国では2回目のeクリスマスと言われた1999年12月のeToysの販売データを基に計算されています。

 まず一注文当たりの売上げは68.97ドルで、仕入れコストが55.18ドルだったので、粗利は13.79ドルになります。粗利率は20%ですから、小売業としてはかなり低めですが、薄利多売の小売モデルなら何とかなる水準でしょう。しかし、一注文当たりの、顧客獲得のための広告などのマーケティング・コスト(27.02ドル)、倉庫と配送センターにおけるコスト(17.50ドル)、ウェブサイトの開発費(7.84ドル)、その他一般管理費(3.40ドル)を引くと、一注文当たりの損益は41.97ドルの赤字になってしまいます。

 経営のプロでなくても、これではビジネスを継続できないことが分かります。誰もが気付く点は、マーケティング・コストが大きすぎることです。これは当時「シェアを確保すれば、利益は後からついてくる。だから知名度を上げることが何よりも大切だ」とみんなが信じていたからです。しかし、仮にマーケティング・コストを十分の一にすることができても、一注文当たりの損益は18ドルの赤字です。

 もっと売上げを伸ばせば赤字は解消できるはずだという意見もあると思います。しかし、仮に、仕入れコスト以外を固定費だと仮定して計算しても、売上げを4倍以上にしなければ黒字になりません。実際には「倉庫と配送センターにおけるコスト」は、そのほとんどが配送センターにおける梱包と発送に要する人件費と梱包材の費用なので、注文が増えればこの部分の費用も増加するはずです。したがって、おそらく売上げが十倍になっても黒字にはならないのではないでしょうか。

 ちなみに、米国のカタログ通販企業の中には、この「倉庫と配送センターにおけるコスト」を販売原価に計上しているところもあります。もし、eToysがこの会計ルールを採用すると、粗利はマイナスになってしまうのです。

 つまり、この数字から判断する限り、eToysの決算を黒字にするためには、仕入れ価格をもっと下げるか、販売価格を上げるしかないのです。おそらく、仕入れ価格を下げる努力は十分になされていたでしょうから、現実的な解決策は販売価格を上げることだったのです。

 しかし、当時、販売価格を上げることはタブーでした。
  販売価格を上げることがタブーであった理由は、当時「インターネット上では情報の非対象性が解消されて、ネット上の市場はより完全競争市場に近づくだろう」と言われていたからです。

 経済学的な説明は省略して、より具体的にかつ簡単に説明しましょう。
 インターネット上では、どんなサイトがどんな商品をいくらで販売しているかを簡単に調べることができ、クリック一つで他の店に移動することができます。そんな状況の中で、もし販売価格を上げると、顧客はすぐに同じ商品を扱っている別のネット小売店に逃げてしまうでしょう。だから販売価格を引き上げるのはタブーになり、みんな同じ商品は同じ価格で販売することになるだろうと言われていたのです。

 つまり、eToysは、商品を低価格で販売することによって消費者のよい評判を得たのですが、その価格はビジネスの継続を考えれば、あまりにも安すぎたということになります。

 このeToysの戦略は、完全に間違いだと決めつけるわけにはいきません。なぜなら、世界一のネット小売企業となったAmazon.comの決算報告書をみると、やはり当時の粗利率は20%前後だったからです。ネット上でも薄利多売のビジネスモデルで成功するチャンスはあったのだと思います。

 ただ、薄利多売のビジネスモデルをネット上で成功させるためには、いかにして早く十分な数の顧客を集めるかが重要です。知名度を上げる一番容易な方法は広告ですが、広告にはお金がかかります。このため、ネット小売の場合、ビジネスを初めてしばらくの間はかなりの赤字決算が続いて当然なのです。しかし、手元の資金が枯渇する前に、実際に利益をあげるか、単年度黒字が達成できる確かな証拠を見せることが重要だということになります。

 これは、ハンググライダーをつけて、高いところから飛び降りることに似ています。浮力を得るためには、空気に対してある一定以上の速度が必要です。したがって、最初は地面に向かって降下することになります。しかし、いくらスピードを上げるためであっても、地面に激突してしまっては何の意味もありません。地面に激突する前にスピードを上げ、うまく風をつかんで空に舞い上がらなければいけないのです。

 それでは、次回はAmazon.comがどうやって、風をつかんで空に舞い上がったのかを見てみましょう。

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