見出し画像

NY駐在員報告  「情報スーパーハイウェイ(その3)」 1997年5月

 先月に引き続き、情報スーパーハイウェイについて報告する。今回はインターネット関係の最近の話題を紹介する。

Business-to-Business

 調査会社が発表するインターネットの利用状況に関する数値は、調査の前提や手法の違いによってかなりの幅がある。周知の通り、インターネットの利用者数やウェブの利用者数に関する確かな数字はどこにもない。しかし、インターネットの利用者やウェブの利用者が、しばらくの期間は相当の成長率で増え続けるという点は間違いない。インターネット(特にウェブ)が、ビジネスの重要なメディアとしての地位を確立したことも確かである。IDC社によれば、96年6月時点で米国の大企業500社のうちウェブサイトを公開している企業の割合は6割程度であったが、96年12月時点では8割まで上昇している。
 ウェブが今後も着実に発展し続けることは確かであるが、その展開の方向性に変化がみられるようになってきていることに注意しなければいけない。つまり、94年から95年にかけて多くの関心を集めていたのは、サイバー・ショップやサイバーモールなどのインターネット・ショッピング、ホームバンキング、エンターテイメントなどの「消費者向けのサービス」であった。しかし、95年秋から注目を集め始めたイントラネットが、この流れに変化をもたらした。96年はまさにイントラネットの年だったと言っても過言ではないだろう。各社は相次いでイントラネット構築に乗り出し、多くの専門家の間にも「ウェブ関連製品市場の成長を支えるのは、イントラネットであり、ビジネスユーザやビジネスアプリケーションである」との認識が広がった。

 イントラネットは、やがて企業の壁を超えて、エクストラネットへと発展していった。言うまでもないが、イントラネットがインターネット技術を用いた社内ネットワークなら、エクストラネットはインターネット技術を用いた特定企業間ネットワークである。
 当然のことながら、企業間で交換される情報は企業間取引に関連するものが多くなる。場合によっては、CADで作成した設計データやテクニカル・ドキュメントをエクストラネットを利用してやり取りするケースも現れた。こうして多くのエクストラネットは、インターネットを利用したEDIやCALSと言えるものになっていったのである。

 そして現在、インターネット関連市場の予測を行っている調査会社の多くは、企業−消費者のエレクトロニック・コマース市場より、企業間のエレクトロニック・コマース市場の方が大きくなると予測している。米国の大企業の多くは既にEDIのユーザであり、取引総額は3000億ドルと言われている。現在のEDIは、その多くがVAN事業者のネットワークを利用している。この従来型のEDIからインターネットEDIへの移行は、通信コストの削減、ハードウェアやソフトウェアのコスト削減、アクセスの容易さ、接続可能な取引企業の拡大など、企業にとって多くのメリットを含んでいる。インターネット・メディア・ストラテジーズ社は、「2000年までに年間400億ドル相当のEDI取引がインターネット上で処理されるようになる」と予想している。

インターネット標準

 インターネット・コマースなどのインターネット商用利用に使われている技術は、3年前あるいは5年前には存在していなかったものが多い。それはインターネットやWWWの存在がまだ広く知られておらず、技術開発に携わる技術者や企業、技術開発に投じられる資金が限られていたためである。
 しかし、95年夏にネットスケープ社が記録的な初値で株式公開を果たした頃から、インターネット関連事業とインターネット自体の可能性に、企業や投資家の注目が集まることになった。ちなみに、96年1月からの6カ月間に新規公開されたインターネット関連株には、合計95億ドルもの資本が集まったと言われている。中には「インターネット関連」というだけで話題を集め、創業1年程度で株式公開を果たす企業が現れるという一種のバブル現象もあったが、96年夏頃には、こうした過熱気味の投資ブームは下火になった。 ただ幸いなことに「インターネット関連株ブーム」は終わっても、インターネット関連技術への投資意欲は依然として強い。特に、インターネット関連のベンチャー企業が次々に登場し、新しい技術やアプリケーションソフトを生み出している。

 こうしたインターネット関連企業の最大の課題は、「自社の技術をいかに業界標準にするか」である。米国には、政府の主導ではなく、市場メカニズムの中で標準となる技術が選別されていくのを待つという傾向がある。これは一種の伝統と言ってもよいかもしれない。インターネットの標準は、インターネットのコミュニティが小さかった頃は、関係する技術者がインターネット上で意見を交換し、年に数回会合を開催し、コンセンサスを得ながら決定されていた。しかし、企業の関与が増えるにつれ、市場で選ばれた技術を追認の形で標準として採用する形に近づいているように見える。

 インターネット関係の標準化団体として知られているのが、IETF(Internet Engineering Task Force)とW3C(World-Wide Web Consortium)である。
 IETFは、インターネット上で使われているプロトコルの開発を調整するために設けられたタスク・フォースである。形式上、ISOCのIABの下に位置づけられているが、事実上独立した組織であり、IETFの関係者の多くもISOCに属しているとは考えていない。IETFの最も重要な役割は、インターネットの新しいプロトコルを開発し、既存プロトコルとの関係を明確にすることにある。年に3回の頻度で開催されるIETFの会合は、技術的なプレゼンテーションがあり、インターネット関係の研究者や技術者によるディスカッションが行われるが、いわゆるカンファレンスではない。また、インターネットの標準を議論しているが、ISOやIECのような国際的な標準化団体でもない。関係者は、インターネットのメーリング・リスト機能を用いて、インターネット上で毎日のように、意見を交換し、議論をしている。IETFは会員制をとっているわけでもないので、会合への参加は自由で、メーリング・リストへの登録も特に制限されていない。IETFは、インターネットの発展に技術的な面から寄与したいと考える研究者・技術者のボランタリーな集まりなのである。

 IETFの標準は、RFC (Request For Comments) と呼ばれるドキュメントによって定義されている。この名前は、インターネットがまだ初期の頃には、現在のようなきちんとした仕組みがなく、インターネットに関係する技術者や研究者が、通信プロトコルの変更や新しいプロトコルを提案していた時代の名残りである。RFCはすべてがインターネット上で用いられている標準を規定するドキュメントではない。既に役割を終えた標準に関するドキュメントや、IETFに参加する技術者に必要な情報を記述した文献もある。たとえば、RFC1718は、「IETF道(Tao of IETF)」と呼ばれるドキュメントであり、これには、IETFの歴史的背景やIETFにおける規則、エチケットなどが書かれている。

 RFCによって提案された規格案は、「提案規格」(Proposed Standard)、「規格案」(Draft Standard)という段階を経て正式な「インターネット規格」(Internet Standard)として認められる。インターネットの規格の特徴は、紙に書いた規格ではなく、実際にネットワーク上で動くことが確認された規格であることである。「提案規格」として提案された規格の案ですら、それ自身は完結した信頼性のある仕様書になっており、実際にネットワーク上で実現されたソフトウェアやシステムがなければならない。この段階で最低6カ月間、世界中のインターネット関係研究者、技術者の批判にさらされ、2つ以上の独立し相互運用性のある実用テストが実施できるようになった時、ようやく次の段階、「規格案」に格上げされる。「提案規格」である期間は、最大2年となっており、2年経っても「規格案」に格上げできない「提案規格」は、その時点で廃棄されるか、場合によっては別のRFCに吸収される(これを関係者は「リサイクル」と呼んでいる)ことになる。
 「規格案」から正規の「インターネット規格」になるには、最低4カ月の期間と実際のユーザによる実験が必要とされる。このレベルにおける期間も最大2年間と決められており、正規の規格に格上げが認められないものは、そこで廃棄か、リサイクル、あるいは「提案規格」に格下げされる。
 したがって、インターネットの標準は、最短で10カ月、長くても4年で提案から正規の規格になることになる(通常は十数カ月である)。このプロセスは、米国の代表的標準化機関であるANSIや国際標準化機関であるISOの標準化プロセスに比べて、極めて短期間である。すべての手続きがインターネットを使って行われ、関心のある研究者・技術者は誰でもこのプロセスに参加できるというオープンな仕組みになっていること、標準化に要する期間が極めて短いこと、そして、その標準は実際にネットワーク上で多くのユーザによってテストされたものであることが、インターネットの発展の鍵になったと言ってよいだろう。

 しかし最近では、このIETFのプロセスですら悠長で、インターネットの発展に合わせてタイミング良く標準化を進めることができないという批判の声がある。このような声に応えて生まれたのが、ウェブの共通言語であるHTML(Hyper-text Markup Language)の生みの親であるティム・バーナーズ-リー(Dr. Tim Berners-Lee)とMIT(Massachusetts Institute of Technology)を中心に形成されたW3Cである。W3Cの運営資金は、大手の情報技術関連企業数社の出資によって賄われている。このコンソーシアムの目的は、HTMLフォーマットのさらなる改良と応用のプロセスをコーディネイトすることであるが、他にも、VRML(Virtual Reality Modeling Language)やエレクトロニック・コマースのための標準も視野にいれて活動している。W3Cは、現在のIETFよりずっと小規模であり、IETFより組織化されている。これによって、より短期間でコンセンサスを得ることが期待できるのである。

インターネット・プレイとマイクロソフト社

 初期のIETFは別にして、最近のIETFやW3Cは、市場におけるデファクト標準を公式に認める役割を果たしている。こうした環境から生まれてきたのが、一般に「インターネット・プレイ」の名前で知られる新しいビジネス・モデルである。70年代以前の製造業においては「市場シェアより利益率が重要である」という理論が支配的であったが、70年代から80年代にかけて、市場シェアの重要性が専門家の間で指摘されるようになり、「市場シェアで優位に立つことこそが成功への鍵である」との認識が定着していった。インターネット・プレイは、これをさらに進めたもので、勝敗を分けるのは、市場シェアに先立つ「マインド・シェア」であるという考え方である。つまり、多くの人に知られるようになれば、市場シェアと利益は後からついてくるので、人々の意識(マインド)にブランドや商品名を植え付けることを最優先すべきであるという理論である。

 このビジネス・モデルは、ネットスケープ社やマイクロソフト社、サン・マイクロシステムズ社などによって実践されてきた。ネットスケープ社は、最初の商品である「ネットスケープ・ナビゲーター」を(商用ユーザには利用期間が90日という条件付きではあるが)無料で配布するという手段でユーザを掴み、インターネット上のブランド・イメージを築いた。クライアント用ソフトとサーバー用ソフトの2つのコンポーネントでできているインターネットの場合、特にこのマインド・シェア獲得作戦は有効である。極端に言えば、クライアント側のソフトを完全に無償で配布しても、それによってサーバー側のソフトを売ることができれば、それ相応の利益が得られる可能性があるからである。ネットスケープ社の場合には、無償で配布したクライアント用ソフトは試用版であり、正規のものは有料で販売されているのだが、マイクロソフト社はクライアント用ソフトである「エクスプローラー」を完全に無償で配布した。まさに「エンドユーザへの売上げがゼロでも、自社ソフトをデファクト標準に仕立て上げることができれば、結果的に最大の利益が得られる」というインターネット・プレイの論理の実践である。現段階では、この戦略によってマイクロソフト社が十分な利益をあげているかどうかは疑わしい。しかし、確実に市場シェアを拡大していることだけは確かである。

 マイクロソフト社のインターネット標準に対する戦略のキーワードは「エンブレース&エクステンド(embrace & extend)」である。つまり、IETFやW3Cで採択された標準をすべて包含し、かつその標準に自社特有の技術を付加することによって機能を拡張しようとしている。つまり、単にインターネット標準を採用するだけでなく、マイクロソフト社の製品でしか利用できない機能を追加することによってユーザを囲い込むと同時に、ウィンドウズの圧倒的なシェアをバックにインターネット標準をコントロールしようとしているのである。

 この戦略は、ブラウザソフトのエクスプローラーやサーバー用ソフトのインターネット・インフォメーション・サーバーだけでなく、インターネット向けの言語として注目されている「ジャバ(Java)」に対するアプローチにもはっきりと反映された。ジャバはサン・マイクロシステムズ社が開発した言語であるが、マイクロソフト社は、このジャバが同社のソフトウェア開発用言語である「ビジュアル・ベーシック(Visual Basic)」の地位を脅かす可能性を秘めているとみるやいなやサン・マイクロシステムズ社とライセンス契約を結び、ウィンドウズ環境専用に独自のバージョン「J++」を開発する計画に取りかかったのである。

 もちろん、サン・マイクロシステムズ社も黙ってはいなかった。「100%ピュア・ジャバ」計画を発表し、アップル社、ネットスケープ社、オラクル社など100社以上の企業の支持を取り付けた。この「100%ピュア・ジャバ」計画には、どの機種でも動くプログラムであることを認定する「100%Pure Java」のロゴ表示制度、「100 Pure Java Hall of Fame」ネットワークを通じたWebサイトの提供事業、最新技術やマーケティング情報の提供事業などが含まれており、狙いは、言うまでもなくジャバもどきの製品を排除することにある。
 このエピソードは、米国の情報関係企業が、インターネット標準を、将来のアプリケーションやサービスの発展に大きな影響をもつ重要な要素とみなしていることを示している。

情報サービスサイトの悩み

 インターネット上での情報提供サービスは、ユーザから購読料を取っているものとそうでないものがある。例えばウォール・ストリート・ジャーナル紙のインターネット版は、当初無料であったが、現在は有料になっている。有料化以前は20万人以上の利用者があったと言われているが、現在の利用者は3〜5万人と推定されている。このウォール・ストリート・ジャーナル紙のサイトは、この世界では数少ない成功例とされているのだが、多少大きめに購読料収入を見積もっても、年間200万ドルにすぎない。専門家は、定期購読ベースのウェブサイトの多くが苦戦を強いられているとみている。
 一方、ユーザには無料で情報を提供しているウェブサイトのほとんどは、広告を主な収入源としている。情報提供をしているサイトやサーチエンジンで見かける、会社名や製品名のロゴをいれた小さなグラフィックスが「バナー(banner)」と呼ばれる広告である。一時期、このバナーによる広告がブームになったが、96年末あたりから、このバナーによる広告ビジネスをとりまく環境は厳しさをましている。

 ジュピター・コミュニケーションズ社の調査によれば、いくつかの気になる兆候がみられるという。第1の問題は、広告主のウェブ広告に対する支出に伸び悩みの傾向がみられることである。この背景にはバナーによる広告の効果に対して猜疑心が広がっているためだと分析されている。最初はもの珍しさから様々な広告をクリックしていた利用者も、やがて本当に興味があるもの以外には寄り道をしなくなる。これまでの多くのウェブサイトの広告料金は、そのサイトへのアクセス数に基づいて設定されているが、広告主の要求から、バナーのクリック数やそのバナーを経由して広告主のサイトにアクセスしてくる利用者の数に基づいて広告料金を設定するよう変更しているサイトや、バナーへの最低限のアクセス数を保証したり、一定のアクセス数に達するまでバナーを掲載し続けるという契約をしているサイトも出てきている。

 第2の問題は、「バナーの広告に熱心な企業の多くが、バナーを掲載しているウェブサイトを運営している企業である」という点である。ジュピター・コミュニケーションズ社の調査によれば、ウェブ広告支出が多い企業の上位10社中6社は、ウェブ広告収入の多い企業の上位10社に含まれている。具体的な企業名を挙げれば、ネットスケープ社、インフォシーク社、ヤフー社などである。つまり、ウェブ広告市場は、情報プロバイダー同士がお互いに広告を出し合うことによって成り立っており、一般企業から大量の広告費が流入しているTVや雑誌の広告市場とはかなり違った世界になっているのである。

マウスポテト?

 こうした背景から、インターネット上で情報サービスを行っている企業は、定期購読やバナーによる広告に代わる新しいアプローチを模索しており、96年秋から注目を集めているのが「プッシュ(push)技術」あるいは「プッシュ・サービス」と呼ばれている手法である。

 これまでのウェブサイトによる情報サービスは、基本的に利用者のリクエストに応じてサーバーから情報がダウンロードされるという、いわゆる「プル(pull)」の形で行われていた。このインタラクティブ性を生かした情報サービスが、ウェブの長所であると信じられてきたのだが、現実にはいくつかの問題を抱えている。例えば、サーチエンジンの技術が未発達であるため(ユーザの検索テクニックが未熟であることも原因の一つではある)、キーワードによって検索しても数百、数千の候補が表示され、本当に必要な情報を見つけることは容易でない。あるいは(人は元来怠け者なので)能動的に情報を探す手間が面倒だからという理由で、興味あるサイトにアクセスしようとしないユーザも決して少なくない。

 こうした(ものぐさな)ユーザを想定して考え出されたのが、プッシュ・サービスである。これはTVと同じで、何もしなくてもサーバーが情報を一方的に送ってきてくれる。かつてTVの前のカウチに座り続けるTV中毒者が「カウチポテト」と呼ばれた時期があったが、ニューヨーク・タイムズ紙のインターネット版である「サイバー・タイムズ」は96年12月、「コンピュータ業界はマウスポテトをつくりたがっている」と書いてプッシュ技術を紹介している。ちなみに、この分野の草分けであるポイントキャスト(PointCast)社は、自社のサービスを「インターネット放送(Internet Broadcasting)」と呼んでいる。

 ポイントキャスト社のサービスを利用するためには、同社のサイトから専用のソフトウェアをダウンロードするとともに、ユーザ登録をする必要がある。このソフトをコンピュータに入れておけば、情報はサーバーからインターネット経由で連続的に送られ、届いた情報はユーザがコンピュータを利用していない間にスクリーン・セーバーの形で表示される。利用者は関心分野を登録して情報を絞り込めるが、送られてくる情報はあくまでも送り手が選別したものである点に最大の特徴がある。

 プッシュ技術は、インタラクティブな新しいメディアというより、放送などの既存メディアに近い。しかし、かえってそれが、プル型の情報サイトの効果に疑問を感じている広告主を呼び戻す効果を発揮するかもしれない。

プッシュ・サービスをめぐる争い

 注目されている分野であれば、参入企業も少なくない。ポイントキャスト社の他に、バックウェブ(BackWeb)社、アイフュージョン(Ifusion)社、インコモン(InCommon)社、インターマインド(Intermind)社、マリンバ (Marimba)社、ネット・デリバリー(NETdelivery)社、ウェイフェアラー・コミュニケーションズ(Wayfarer Communications)社などがプッシュ技術を使った製品を発表している。
 各社の製品は、プッシュ技術を利用しているといってもそれぞれに特徴がある。たとえば、アイフュージョン社はマルチメディア情報(つまり文字だけでなく音声やグラフィックス、動画を含んだ情報)の伝達を重視しており、既存のテレビ局が注目している。インコモン社の製品は、ニュースや株価を表示する街角の電光掲示板のような形式でニュースを流すのに適している。

 インターマインド社の製品は厳密にはプッシュ型ではないかもしれない。他社の製品は、情報を送り出すサーバー側のソフトと情報を受信して画面に表示するクライアント側のソフトが対になっている。しかし、インターマインド社の製品はクライアント側だけで動作し、サーバーを選ばない。つまり、あらかじめ登録してある特定のウェブサイトの特定のページを、そのページが更新された時に自動的にダウンロードしてくれるソフトである。プッシュ型というより初歩的な「エージェント型」と考えた方が適切かもしれない。

 バックウェブ社の特徴は、40以上の「チャンネル」を揃えていることである。ここで言う「チャンネル(channel)」はTVのチャンネルと同じ単語で、語源は、何かが流れる溝やパイプのことであるある。ただ、TVと同じようにインターネット上で、ある周波数の帯域を確保して番組を流すわけではない(技術的にもそんなことは不可能である)。しかし、物理的に情報がどう伝達されてくるかを考えなければ、視聴者にとってTVのチャンネルは、いくつかの番組の組合せに他ならない。インターネット上のチャンネルも情報のセットだと考えると分かりやすい。例えば、バックウェブ社のホームページで、天気予報のチャンネルを契約すると、TVの天気予報専門局であるウェザー・チャンネル(Weather Channel)が提供する天気に関する情報が延々と流れてくることになるし、スポーツを選択すれば8万ページ以上の情報をもつCBSスポーツライン(CBS SportLine)のウェブサイトから情報が送られてくることになる。

 ネットスケープ社との提携で注目を集めているマリンバ社の特徴は、ニュースや天気予報などの情報だけでなくソフトウェア、特にジャバで書かれたソフトウェアの配信を考えている点である。ワードパーフェクトなどのアプリケーション・ソフト部門をノベル社から買ったカナダのコーレル社は、NC(ネットワーク・コンピュータ)用にさまざまなオフィス用アプリケーションをジャバ言語で開発している。コーレル社では、数年以内にマリンバ社の「カスタネット(Castanet)」のチャンネルを通じてバージョンアップのサービスをする計画である。コーレル社のソフトを利用しているユーザは、アップデート用のチャンネルを契約しておくだけで、常に最新のバージョンアップ用プログラムを自動的に入手できることになる。

 既にニュースなどで知られているように、マイクロソフト社はポイントキャスト社等と提携し、エクスプローラー4.0にプッシュ技術を組み込んでいるし、ネットスケープ社は6月末に販売予定のコミュニケーター(ナビゲーターの後継製品)に、マリンバ社のプッシュ技術を用いたネットキャスターと呼ばれるモジュールを組み込む予定である。

 かくして、このプッシュ技術もまた、標準をめぐる新たな戦場になろうとしている。

ダイレクPC

 プッシュ技術は、その方式や使い方にもよるが、インターネットのトラフィックを増大させる。特に頻繁に更新されるインターネット・チャンネルや動画を含むチャンネルを選択すれば、その情報量は膨大なものになる。特に専用線でインターネットに接続していない個人ユーザの多くは、ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)の提供するアクセス・ポイントからパソコンまでの回線を少しでも太くしたいと願っているが、さらにその思いは強くなるだろう。半年ほど前のレポートでは、CATV用のケーブルを利用するケーブル・モデムや既存の電話線で下り1.5Mbps以上のスピードが実現できるADSLなどの技術を取り上げたが、今回はワイヤレスによる高速インターネット・アクセスを紹介しよう。

 ワイヤレスと言っても、静止衛星を利用するものから、ビルの屋上のアンテナから発信するものまで、実に様々である。

 最初に紹介するダイレクPCは、赤道上の静止衛星を利用するものである。この名前から容易に推測できるように、ダイレクTVのインターネット版で、ヒューズ・エレクトロニクス社傘下のヒューズ・ネットワーク・システムズ(HNS)社が提供しているシステムである。ダイレクPCを利用すれば、インターネットから情報を最高400kbpsでダウンロードできる。ISDNの3倍以上、28.8kbpsのモデムの約14倍の速さである。従って2.5Gbpsのホット・ジャバのファイルをダウンロードするのに、28.8kbpsのモデムでは最低12分程度かかるが、ダイレクPCなら1分程度で済む。

 しかし、問題はいくつかある。まず、上り(パソコンからインターネットへの送信)に衛星が利用できない。したがってユーザは別にISPと契約して電話回線を利用することになる。つまり、あるウェブサイトにアクセスする場合、アクセス要求は電話線経由でインターネットに届き、ウェブサーバーからの情報は、HNS社のネットワーク・オペレーションズ・センターから衛星に送られ、衛星からユーザのパソコンに届く仕組みになっている。まあ普通のユーザの発信データ量は、受信データ量に比べて圧倒的に少ないので通信速度で問題になることはないが、ダイレクPCを利用しても電話料金やISPへ支払うアクセス料金は節約できない。

 第2の問題点はプロキシー・サーバーを利用しているとうまく動かない点である。多くの企業ユーザはインターネットとLANの間のトラフィックを軽減するために、情報を一時蓄積できるプロキシー・サーバーを設置している。従って、ある程度以上の規模の企業は、ダイレクPCのユーザ候補から除外されてしまう(もっともそうした企業はT-1クラス以上の太い専用線を利用しているので、最初からマーケティングの対象外かもしれない)。

 第3の問題は利用料金である。初期費用は、直径21インチの皿型のアンテナとケーブル、パソコンと接続するためのISAバスカードとソフトウェアを含むセットの499ドル(96年の秋は699ドルだった)と登録料の49.95ドル。毎月の料金はいくつかのオプションがあるのだが、ベーシック・プランで基本料金が9.95ドル、あとはダウンロードした情報量に応じた従量制になっていて、平日の午前6時から午後6時までは1Mバイト当たり80セント、それ以外の時間帯は1Mバイト当たり60セントとなっている。一見、それほど高くないように見えるかもしれないが、例えばポイントキャスト社が提供するニュース1回で0.6Mバイトを消費する。太い回線を欲しがっているようなユーザなら、1日に数Mバイトは簡単に消費してしまう。もちろん、そうしたヘビーユーザ用に利用量制限のないプランも準備されている。例えば月額129.95ドルで午前6時から午後6時まで使い放題というプランもある(平日の昼間以外の時間帯は1Mバイト当たり60セントが必要)。夜型のユーザはかなり安くなる。土日と平日の夜間が使い放題で39.95ドル(ただし平日の午前6時から午後6時に利用する場合は1Mバイト当たり80セント)。これはお買い得かもしれない。そうそう、忘れてはいけないが、ユーザが支払うのはこれですべてではない。上りの通信を確保するための電話料金と適当なISPに支払うアクセス料も必要である。

インターネット・イン・ザ・スカイ

 現在、衛星によるインターネット・アクセス・サービスを提供しているのは前述のHNS社のダイレクPCだけであるが、計画・構想段階のものはいくつもある。たとえば、世界最大の携帯電話会社を創設したクレイグ・マッコー(この携帯電話会社は94年にAT&T社に売却された)と世界最大のソフトウェア会社を創ったビル・ゲイツが中心となって設立したテレデシック(Teledesic)社の「インターネット・イン・ザ・スカイ」計画もその一つである。

 テレデシック社の計画は、地表から約700キロメートルの低軌道を回る840個の衛星を打ち上げ、地球全体をカバーするデジタル・ネットワークを作り上げるというものである。これによって、地球上のどこでも、上りが16kbpsから最大2Mbps、下りが最大28Mbpsのデジタル通信が可能になる。
 94年3月に計画が発表された時には2001年までにサービスを開始する計画になっていたが、現在では2002年までと変更されている。FCC(連邦通信委員会)は約3年間の審査を終え、97年3月に米国内でのサービスのゴー・サインを出した。また、97年4月にはボーイング社が、この総額90億ドルのネットワーク構築を担当することを発表し、テレデシック社に1億ドルの出資を約束した。

 デジタル・ワイヤレス通信技術のCDMA(Code Division Multiple Access)やインターネット用メールソフト「ユードラ(Eudora)」で知られているクアルコム社とニューヨークのローラル・スペース&コミュニケーションズ社が中心となって進めている「グローバルスター」計画も低軌道衛星を利用したネットワークである。この計画では地上約1400キロメートルの軌道を回る48個の衛星で地球全体をカバーすることになっている。この計画の主目的は、地球上どこでも利用できるデジタル携帯電話網の構築であるが、インターネットへのアクセス手段としても利用可能である。現在の計画では、サービス開始は98年末の予定である。

 衛星ではないが、地表から20〜30キロメートルの成層圏に飛行船を浮かべてネットワークを構築するという計画もある。「スカイ・ステーション」と呼ばれる飛行船は、コロナ・イオン・エンジンを用いて、地上からみて同じ位置に留まり、半径450キロメートルの地域にインターネット・アクセス・サービスを提供する。携帯端末の場合は上りが64kbps、下りが最大2Mbps、固定の端末なら専用のアンテナを用いることで最大155Mbpsの通信速度が実現できるという。計画では99年までに最初のスカイ・ステーションが空に浮かぶ予定になっている。

ワイヤレス・ケーブル

 一般にワイヤレス・ケーブルとして知られているMMDS(Multichannel Multipoint Distribution System)は、無線でCATVのサービスを提供するものである。このMMDSを用いてインターネット・アクセス・サービスを提供している企業がある。MMDSは通常2GHz帯のUHFを用いており、最高27Mbpsのデータ通信が可能だと言われている。到達距離は出力にもよるが、多くの場合35マイル程度で、ほとんどは下りのみの一方向である。たとえば、アメリカン・テレキャスティング社は、コロラド州のコロラドスプリングスで半径35マイルの地域に下り1.5Mbpsのサービスを試験的に行っている。上りはダイレクPCと同様、電話回線を利用する。言うまでもなく、双方向のサービスの方が将来性があるのだが、現在FCCが商用ライセンスを与えているのはCAIワイヤレス社がボストンで行っているサービスのみである。通信速度は1.5Mbpsで、料金は、専用モデム等の初期費用が100ドル程度、毎月の利用料はフラットレートを採用しており30〜50ドル程度である。

 このMMDSより波長の短いSHFを利用するLMDS(Local Multipoint Distribution System)も有望な技術である。これも無線でCATVサービスを提供するものであるが、インターネットのアクセスにも利用できる。現在ニューヨークのセルラービジョン社がマンハッタンとブルックリンで一方向のサービスを行っている。現在は28GHz帯の電波を用い、到達範囲が半径2マイルで、下り550kbpsの一方向のサービスを提供しているが、将来は到達範囲が2〜5マイルで最高54Mbpsの双方向サービスを行うことを計画している。MMDSは変調方式としてAM方式を利用しているが、LMDSは雑音に強いFM方式を利用している。また、アンテナの大きさも、MMDSの場合は直径が90センチ近くなるのに対して、LMDSでは15センチとかなり小型になるという点も有利である。もちろん、波長が短くなるにつれ、電波の直進性が強くなるため、ある程度見通しのよいところでないと利用が難しく、到達距離が限られるので広い範囲をカバーするためには、いくつも基地を設ける必要があるという問題はあるが、一方では電波を共有するユーザの数が限定されるので、高速アクセスには有利であると考えることもできる。

 さらに波長の短い38MHz帯を用いたデジタルデータ通信もインターネットに利用されている。たとえば、ロッキー・マウンテン・インターネット社とアドバンスド・ラジオ・テレコム社は、コロラド州デンバーでISPと企業ユーザを結ぶ双方向のインターネット・アクセス・サービスを行っている。

 こうしたマイクロ波を利用して、インターネット・アクセスだけでなく、電話やデジタルTV、将来はインタラクティブTVをサービスすることは可能である。実際にセルラービジョン社は、CATVサービスと高速なインターネット・アクセス・サービスに加えて、通常の電話サービス、インタラクティブTVサービスの提供も考えており、LMDSこそが、家庭向けの万能な情報スーパーハイウェイであると考えている。光ファイバーやCATV用ケーブル、電話線だけが、情報スーパーハイウェイの有力な候補ではないのである。

(次号に続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?