拡大するeコマース市場とその未来 (『あさひ銀総研レポート』 2002年 9月号)
ネットバブルの崩壊後のeコマース市場
2000年3月に5000ポイントを超えた米国のナスダック総合株価指数は、その約1年後の2001年4月初めに1600ポイント台にまで下落した。いわゆるネットバブルの崩壊である。ドットコム企業の株価は暴落し、いくつもの上場企業が破産し、それ以上の数のネット系ベンチャーが新規株式公開の夢を実現できないまま姿を消した。
米国の調査会社ウェブマージャーズが毎月発表している統計によると、ドットコム企業の倒産や閉鎖はナスダック指数の下落が始まった直後から急増し、2000年11月から2001年6月まで毎月50件〜60件という高い水準で推移した後、2001年下半期になって減少に転じ、2002年に入ってから20件以下で推移している。この数字をみる限り、ドットコム企業の倒産は一段落したようである。
ちなみに、2000年と2001年の2年間に閉鎖・倒産したドットコム企業を業種別に見ると、もっとも大きな割合を占めるのがEC系の企業で、43%を占める。
このネットバブルの崩壊は、電子商取引ビジネスや電子商取引市場の拡大スピードにも影響を与えたはずであるが、その程度をはかることは難しい。たとえば、商務省センサス局が発表している小売業のオンライン販売に関する統計をみると、ネットバブルの崩壊はECビジネスにかなりの影響を与えているようにみえる(図表-2参照)。2000年第4四半期以降、2四半期連続で前期比がマイナス成長になっているからである。しかし、この数字は季節調整前の数字であり、トレンドを四半期毎に見てはいけない。季節調整前の数字の場合には、前年同期と比較して傾向を探るしかない。そこで対前年同期からの伸び率を見ると、2000年第4四半期以降、73%、42%、30%、13%、18%、19% と推移しており、伸び率は低下傾向にある。
なお、この商務省発表の数字はいわゆる「BtoC」と呼ばれる消費者向け電子商取引を対象とした調査ではないことに注意する必要がある。この数字は、センサス局の月次小売統計で使われている標本を用いて小売業の電子商取引販売額を推計したものであり、非小売業である製造業はもちろん金融サービス業、旅行サービス業などのサービス業は含まれていない。つまり、エンタテイメントのチケットのオンライン販売業者の売上やオンライン旅行業者による航空券の販売額などは含まれていないし、デル・コンピュータのような製造業者によるネット販売額も含まれていない。
生
き残るビジネスモデルと企業
(1) ダイレクトモデル
インターネットがビジネスに与えた最大のインパクトは「中抜き」だと言われている。中抜きとは、中間業者排除のことで、商品の流通経路における中間段階にある業者を飛び越えて取引が行われることを意味する。インターネットは中間業者排除を促進すると言われている。
中抜きの典型的な事例は、デル・コンピュータのような生産者が製品を利用者に販売するダイレクトモデルである。デル・コンピュータは、1984年の創業当時から消費者や企業、学校に直接販売するというビジネスモデルを採用している。もちろん、当時はインターネットを商用に利用できる状況ではなく、カタログを配布して電話で注文を取る、あるいは大口のユーザには直接セールスマンを派遣して注文を取っていた。デル・コンピュータがネットを利用した直接販売をスタートさせたのは1996 年のことである。
ダイレクトモデルを採用することによって、卸や小売りといった流通チャネルを利用しているパソコンメーカに比べ、(1) 常に最新の技術を用いたパソコンを、(2) 利用者のニーズに併せてカスタマイズし、(3) より低価格で販売できる上、(4) 直接顧客と接することができるために顧客との間に信頼関係を築けるというメリットがある。さらにネットを利用することによって、(a) 販売コストを削減でき、(b) 電話などの従来の手段に比べて間違いが少なくなる上に、(c) ネットを通して顧客毎に情報を届けたり、サポートサービスが提供できる。
デル・コンピュータのネット経由のパソコン販売額は、1996年12月時点では一日当たり100万ドルであったが、1998年10月には1000万ドルを超え、2000年7月には5000万ドルに達しており、現在、デル・コンピュータのネット経由の販売額は、全売上の半分を占めるに至っている。
米国の調査会社ガートナーグループによれば、デル・コンピュータは、2001年の第1四半期に世界のパソコン市場で12.8%のシェアを獲得し、世界第1位のパソコンメーカになった。この原動力となったのは、このネット販売とダイレクトモデルだと言われている。
こうしたネットを利用して生産者が直接販売を行うモデルは、いくつかの業種で採用されている。たとえば旅行サービス分野では、ネットを利用してホテルチェーンが予約を受け付けたり、航空会社が航空券を直接販売する事例が増えている。
(2) 薄利多売型の電子店舗モデル
ネットバブル時代に多くの物販型ECサイトが目指したビジネスモデルが、薄利多売型の電子店舗モデルである。典型的な事例は、アマゾン・ドットコムである。
このビジネスモデルを目指したECサイトの多くが、この2年間に倒産している。理由は、利益を上げるのが難しいからである。いわばネット上のウォルマートを目指すこのビジネスモデルでは、資金が枯渇する前に、十分な数の顧客を獲得し売上を伸ばせるかどうかが勝負の分かれ道になる。
アマゾンの場合、1995年7月にビジネスを開始してからずっと赤字決算を続けてきたが、四半期ベースではあるが、2001年10-12月期についに黒字を達成した。純利益は微々たるもので、2002年第1四半期の決算は赤字に戻ったが、黒字を出せることを示したことは極めて重要である。
この黒字化は、1999年末からアマゾンが取り組んできた戦略転換の効果が現れてきた証拠だと考えてよいだろう。つまり「既存マスメディア向けの広告とネット広告を駆使してブランドの認知度を上げて利用者数を増やすと同時に取扱品目も増やしていく」という戦略から、「世界中に知れ渡ったブランドと2000万人以上の顧客資産、蓄積した電子商取引技術から、いかにして利益を生み出す仕組みをつくるか」という戦略への転換である。たとえば、企業提携の内容を見てみると、1999年までは広告を通して顧客を増やすためのポータルサイトとの提携や取扱商品の拡大やサービス充実のためのネット小売企業との提携がほとんどであったが、2000年以降は、アマゾンブランドや電子商取引技術を他社に提供して収入を得るタイプの提携が多くなっている。たとえば、アマゾンは2000年8月から自動車を取扱品目に加えたが、これは他のドットコム企業との提携によるもので、また、玩具の販売はトイザらスと提携している。2001年9月には、オンライン旅行サービスサイトのエクスペディアと提携して旅行サービスも扱うようになっている。アマゾンはこれらの提携企業からブランド使用料などを受け取っている。
アマゾンの戦略転換はこれだけに止まらない。アマゾンは、どの商品の販売から損失(あるいは利益)が発生しているかを分析し、赤字の原因となっている商品の取扱いをやめたり、販売価格の引き上げを行っている。また、書籍についても仕入れ価格を抑えるために、可能な限り出版社から直接仕入れるという方針を変更している。理由は次のとおりである。出版社は取次店に比べて注文してから納品されるまでの時間が長く、かつ納品ミスも多いことが分かった。納品に時間がかかるのであれば、在庫切れを起こさないように在庫量を増やさなければならない。納品ミスがあれば、予期せぬ在庫切れが発生し、顧客を怒らせることになる。多少コストが高くなっても取次店から仕入れた方が適正在庫量は少なくなり、予期せぬ在庫切れが発生する確率も小さくなるのである。実際、アマゾンの年間在庫回転率は、この1年間でかなり改善し、2001年末時点で25になっている。
この他、アマゾンは配送のための梱包に手間のかかりすぎる商品や、配送中に壊れて返品されることの多い商品の取扱いをやめる、ウェブページのレイアウトを変更して利用者のトラブルを減少させる、広告宣伝費を削減してその分を一部書籍値引きキャンペーンに回して売上を増加させるなどの工夫を行っている。こうした取り組みの結果が、2001年10-12月期の黒字につながったのだと考えてよいだろう。
アマゾンの事例をみて分かるように、薄利多売型の電子店舗モデルが成功するためには、かなりの努力と工夫が必要とされる。インターネットを使えば、全国に、全世界に安く商品を販売できると安易に考えた企業は、そのほとんどが姿を消している。
(3) 情報仲介モデル
インターネットの普及は、中抜きを促進すると言われている。確かにダイレクトモデルや薄利多売型の電子店舗モデルを採用する企業が増えれば、ネット時代においては既存の中間業者の役割は小さくなっていくのかもしれない。しかし、ネット時代には新しいタイプの仲介業者が生まれている。
たとえば、ネットオークションサイトを運営するeベイはドットコム企業の中で、創業以来ずっと黒字決算を続けている極めて希なドットコム企業で、2001年の決算は、売上高が7億4882万ドルで前年比74%増、純益が9045万ドルで前年比87%増という超優良企業である。
ネットオークションサービスの特徴は、自ら商品を売買するのではなく、「不用品を売り払いたい売り手」と「それを購入したい買い手」の間にあって、情報の交換によって両者のマッチングをしている点にある。つまり、eベイは情報の仲介によって収入を得るというビジネスモデルを採用している。eベイの主な収入源は、売り手が不用品をオークションにかけるためにウェブに情報を掲載する際に徴収する情報掲載手数料と、落札価格に応じた手数料である。オークションの仲介をしているだけなので、商品の仕入れコストも在庫コストも存在しない。したがって、主なコストはウェブサイトの構築費と維持費、ISPやデータセンターへの支払い、マーケティング費用、顧客サポートに要する費用、一般管理費などである。このうち、マーケティング費用が最も大きく、1996年から2001年の決算書を見ると売上高の30〜40%を占めている。
同じように情報仲介モデルを採用している企業としてオートバイテルやカーポイントなどの自動車販売を仲介するサイトがある。消費者に自動車に関する情報を無料で提供し、購入を希望する顧客をディーラーに紹介するサービスを提供している。利用者は自動車に関するあらゆる情報を無料で得られるし、ディーラーは自動車を購入する可能性の高い顧客を獲得できる。主な収入源は、ディーラーから得られる紹介手数料である。
情報仲介モデルは、自ら商品を売買するのではなく、売り手と買い手の間にあって情報を仲介することによって収入を得るというビジネスモデルであり、情報伝達コストが極めて安いインターネットに適したモデルだと言えるだろう。
(4) ネット広告モデル
ここでネット広告モデルと呼ぶものは、インターネット広告を掲載・配信することによって主な収入を得るビジネスモデルである。例えば、ポータルと呼ばれるサイトの多くは、ネット広告収入を主たる収入源にしている。
しかし、米国のネット広告市場は、2000年半ばまで急速に拡大した後、拡大のスピードに急ブレーキがかかった状況にある。IAB(インタラクティブ・アドバタイジング・ビューロー)によれば、米国の2001年のネット広告市場の規模は72億ドルであり、2000年の82億ドルから12%の減少となっている。この原因として、ドットコム・クラッシュによってドットコム企業からの出稿が減少したこと、ネット広告の効果に対する疑念が広がったこと、米国の景気が下降局面に入ったために広告需要が減少していることなどが指摘されている。
こうした状況の中で、かつてeベイと並んで、ドットコム企業の成功例として取り上げられることの多かったヤフーも、最近はすっかり低迷するドットコム企業の代表格のようになってしまった。2001年3月にCEOのティム・クーグルが突然に辞任を表明し、2001年1-3月期の売上高は当初の予測値を大幅に下回り、損益はほとんどゼロに近くなるとの見通しを発表した。その直後、ヤフーは従業員3510人のうち約12%のレイオフを発表した。いわゆる「ヤフーショック」である。
ヤフーはレイオフなどによるコスト削減策の実施に加え、低迷する広告収入に代わる収入源を求めて、いくつかの新事業を開始した。しかし、ネットバブルの崩壊、米国の景気拡大の減速、同時多発テロの影響もあって、2000年第4四半期から連続6四半期赤字決算を続け、2002年4-6月期になってようやく黒字に戻った。
あるメディアの広告媒体としての価値は、そのメディアの視聴者数、購読者数、利用者数に依存する。新聞や雑誌であれば購読者数が多いものほど広告料金は高くなるし、テレビであれば視聴率が高い時間帯の番組ほどスポンサー料は高くなる。過去の米国におけるネット利用者数の増加の推移とネット広告市場の拡大を比べると、ネット利用者数の増加スピードに比べて、ネット広告市場拡大のスピードの方がはるかに速い。むろん、厳密には一人当たりのネット利用時間の増加という要素も加味しなければいけないのだが、ネット広告市場が足踏み状態にある最大の理由は、ネット広告への期待と需要が過度に高まったこと、つまりオーバーシュートにあるとも考えられる。とすれば、需給の調整にしばらく時間は要するが、いずれまたネット利用者数や利用時間の増大に伴って、ネット広告市場は成長軌道に戻るであろう。
eコマースのポテンシャル
では、インターネットによってビジネスの何が変化したのだろう。
まず、消費者からみれば、欲しい商品に関する情報を収集し、その商品を扱っている店舗(サイト)を探し、さらに価格を比較することが容易になった。これは売り手からみると競争の激化につながる。
また、現実の世界では、より価格の安い店舗があることを知っていても、距離や時間の制約から近くの店舗で購入してしまうことが少なからずあるが、ネット上ではクリック一つで他のサイトに移動することができる。これもまた、企業間の競争を激しくする要素の一つとなっている。
しかし、企業にとってもネットの利用価値は高い。書面、電話やファックスによる取引に比べて、ネット取引の方がコストを削減できるし、人間が介在しないことによってミスも少なくなる。価格を改定するコストも低下するので、臨機応変に価格改定ができる。また、物流の問題は残るが、ネットの世界では距離の制約がないので、ターゲットとする市場を拡大することができる。もし扱っている商品が物流不要の商品、つまりソフトウェア、デジタルコンテンツのようなデジタル財やチケットのようなネットで配信可能な商品である場合、市場は世界中に広がる。
eコマースは、消費者向け(B to C)と企業間(B to B)に分けて議論されることが多く、消費者向けよりも企業間の方が市場規模が大きいこともよく知られている。しかし、より重要なことは、企業間の方がはるかにネット化率が高くなることである。ジュピター・メディア・メトリックスは、2005年には米国における企業間取引の42%がネット取引になるだろうと予測している。
消費者は商品をオンラインで買う必然はない。しかし、企業の場合、ライバル企業がネットを利用することによって、取引コストを低下させると同時に、より品質のよい材料、部品、サービスを調達し、ネットを通じてより広い市場に商品を販売する戦略を採用すれば、それを黙って見ているわけにはいかないだろう。ほとんどの企業にとってインターネットの活用は必須のものになるのである。
eコマースの拡大を支えている企業
ネットバブルが崩壊したからと言って、ネットビジネス全体が崩壊したわけではない。ネットバブル崩壊後、B2C市場を見る目はかなり冷静になっていることは確かである。かつて爆発的に拡大するネット市場が実世界のあらゆる市場に大打撃を与えるだろうと思われていたのだが、実際のネット化率はパソコンのハードウェア/ソフトウェア、書籍、旅行サービスを除けば、10%未満の水準である。
しかし、前述のとおり、現在も消費者向けEC市場は着実に成長している。先に紹介したアマゾンやeベイなどは、典型的なドットコム企業であるが、実際に市場の成長を支えているのは、クリック&モルタルと呼ばれるネット上と実世界との両方でビジネスを展開する既存企業や中小規模のEC系ドットコム企業であるともいわれている。
世界最大の小売企業であるウォルマート、百貨店のJCペニー、シアーズ、メイシーズ、カジュアル衣料専門店のGAP、オフィス用品のオフィス・デポといった企業は、ネット販売にかなり力をいれているし、カタログ販売業者であるLLビーンやランズ・エンド、ビクトリア・シークレットは、着実にネット上での売上を伸ばしている。さらに、CRS(旅行予約システム)のセーバーを運営するセーバーグループが立ち上げたトラベロシティなどのオンライン旅行サービスサイトを利用する旅行客も増加している。
また、中小規模のEC系ドットコム企業は、あまり目立たないものの、収益性の高い商品を扱うことによって生き延びている。例えば、ペット用品を販売しているサイトを見ると、一般的なドッグフードなどの利益率の小さなペット用品を扱っていたペッツ・ドットコムは倒産し、ライバルのペットピアはペット用品チェーンのペトコ・アニマル・サプライズに買収されてしまった。残っているペッツ・マートは最初からクリック&モルタル企業なので、純粋にネット上だけでビジネスを展開している企業は無くなったかのように見える。しかし、犬のための健康食品や医薬品を販売しているシットステイ・ドットコムや高級ドッグフードや入手困難な治療薬などを扱っているワギンテイルズ・ドットコムは、売上高はさほど多くないものの、決算は黒字である 。
【参考文献】
1) スザンナ・パットン:B2C eコマースに失敗しない方法教えます、CIO Magazine 2002年2月号、pp.80-87
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