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ソフト開発を魅力ある職業に (2004年1月)ネット時評

組み込みソフトのバグ

 我が家のハードディスク内蔵型のビデオレコーダーが壊れた。録画した番組の一部が再生不能になってしまったのである。ハードディスクに録画された番組を一覧する画面ではあるのに、再生できないものがあるのだ。メーカーに電話すると、少し症状を説明しただけですぐに取りに来るという。どうもビデオレコーダーに内蔵されたプログラムのバグらしい。1週間で修理を終えたビデオレコーダーは戻ってきたが、結局、録画した映画を含むいくつかの番組はみることができなかった。
 
 組み込みソフトにバグが見つかることはそれほど珍しいことではない。販売されてから不具合が見つかって回収された携帯電話は何種類もあるし、最近では高級デジタルカメラがソフトウェアのバグが原因で回収されている。いずれ組込型のソフトウェアもネットワークを通じて更新できる時代がやってくるのだろうが、まだしばらくの間は、バグが見つかって機器を回収するという事件が起きる可能性が高い。
 
 こうした事件が起きる背景には、組み込みソフトウェアが巨大化、複雑化しているという状況があるのだが、もしかすると日本のソフトウェア開発力が低下しているという可能性はないだろうか。
 

ソフトウェア依存社会

 ソフトウェアのバグによって多くの人が迷惑を被るというのは、ソフトウェアを内蔵した機器の回収騒ぎだけではない。たとえば、2002年4月には、みずほ銀行のシステムにトラブルが発生して、二重引き落としや口座引き落としの遅延が発生したことは記憶に新しい。2003年5月にはオンライン専業のジャパンネット銀行のシステムが全面ダウンしている。また、2003年の11月にも三井住友銀行でシステム障害が起き、他行あての振り込み処理が一部不能となる事故が起きている。事故は銀行以外でも起きている。2003年3月には、航空管制システムの障害が原因で、航空機200便以上が欠航、1500便以上が大幅な遅延となり、約30万人の旅行客が影響を受けているし、2003年8月にはJR西日本の運行管理システムの不具合が原因で電車のダイヤが乱れ、1万5000人の乗客が影響を受けている。さらに2003年10月には東京証券取引所のシステム・トラブルで株取引が正常に終了できないという事件が起きている。おそらく新聞やテレビが報道しないトラブルはもっと大いに違いない。
 
 情報化の進展によって、社会はますますシステムに依存するようになっている。ハードウェアやネットワークについては、その価格性能比の向上もあってシステムの二重化などの対応がとられるようになっているが、それでもソフトウェアのバグによる障害は回避することが難しい。
 
 公共インフラ、身の回りの家電、工場の生産設備やオフィスの事務機器、あらゆるものがソフトウェアによって管理・制御されるようになっており、社会はすっかりソフトウェア依存になってしまっている。

「優れた人が優れたソフトウェアを作る」

 こうした事件を背景に、経済産業省は、高品質のソフトウェアを効率よく生産・保守する技術の向上と普及を図るために、民間での事例収集・分析と新たな手法などの開発を組み合わせ、実践的な技術開発・人材育成を行う拠点として、独立行政法人 情報処理推進機構の中にソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)を設置する計画を進めている。
 
 確かにソフトウェア工学の実践は、ソフトウェアの生産性や質の向上に役立つことは間違いない。しかし、それだけで日本のソフトウェアが抱える問題は解決するのだろうか。1960年代以来の研究によって、ソフトウェア技術者の生産性は個人によって大きく異なることが分かっている。早い時期からソフトウェアの生産性問題やソフトウェア工学分野の研究に取り組んできたエドワード・ヨードンは、その著書『プログラマーの復権』の中で「優れた人が優れたソフトウェアを作る、というのは昔からの考えだ。ツールや方法論も重要で、合理的な管理者や整った作業環境も重要だが、極めて生産性の高いソフトウェア組織となるためのスタートポイントは、何と言っても優れた人材である」と述べている(p.27)。
 
 しかし、日本のソフトウェア開発の現場は、工期の遅れ、徹夜作業、休日出勤というイメージで語られることが多く、とても優秀な人材が殺到する状況とは言えない。恒常的な残業に代表されるソフトウェア開発現場のイメージが、プログラマやSEを魅力のない職業にしており、それが原因で優秀な人材が集まらず、そのためにソフトウェアの生産性と質が向上せず、工期が遅れて残業が慢性化しているとすれば、この悪循環をどこかで断ち切る必要があるだろう。さて、よい方法はないだろうか。
 

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