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ソフトウェアのコモディティ化 (2010年9月)

IT Doesn’t Matter

 もう7年前になるのに、今読んでも”IT Doesn’t Matter”に古さは感じられない。この論文は、ハーバード・ビジネス・レビュー2003年5月号に掲載されたもので、著者はニコラス・G・カーである。
カーは、この翌年にこの論文をベースにして”Does IT Matter”という本を出版している。この本は2005年に日本語に翻訳され「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい」というタイトルで書店に並んだ。
当時、このカーの論文や書籍の結論を(その書籍の日本語タイトルのように)「IT投資はお金の無駄遣いである」だと誤解した人が少なくなかったが、これは間違いである。カーの主張は「ITは、もはや企業にとって持続的な競争優位の源泉ではなくなっている」という点にある。つまりITによってライバル企業と差をつけることは困難になっているというのがカーの主張である。
 カーは、「ITが電話や電力、鉄道などの基盤的技術と同じように技術的な成熟にあわせてコモディティになりつつある」と考えている。では、ITの一要素であるソフトウェアも本当にコモディティ化しているのだろうか。

(注)コモディティ化コモディティ(commodity)とは日用品のことであるが、コモディティ化には「日用品のように誰でも容易に入手できるものになる」という以上に深い意味がある。それは、その商品の差別化が困難になり、買い手からみれば、どのメーカーの商品でもさほど機能や性能、品質に差がなくなることを意味している。商品がコモディティ化すると、価格が商品選択の大きな要素となるため、メーカーはライバル企業より安い商品を市場に投入するようになる。この結果、コモディティ化した商品の利益率は極めて低くなる。

ハードウェアのコモディティ化

 ITの中でハードウェアは、すでにコモディティ化し、低価格化している。これについは、誰にも異論はないだろう。カーは論文の中で、マイクロプロセッサの処理能力あたりのコストを例としてあげている。1978年に1MIPSあたりのコストは480ドルであったが、85年には50ドルに、95年には4ドルまで低下している。ストレージも同様に価格低下が進んでいる。1956年に1MBのストレージは1万ドルであったが、現在、1万ドルもあれば、1TBの外付けハードディスク装置を100台以上買うことができる。
 マイクロプロセッサやストレージだけでなく、メモリーや液晶ディスプレイなどPCの構成部品の価格は劇的に下がっている。

 こうした構成部品の価格低下に加えて、IBM互換のPCは、そのアーキテクチャがオープン・モジュールであったため、PCは完全にコモディティ化してしまった。そしてさらに、Windows NT系のOS(Windows 2000, Windows XP)やLinux, FreeBSD/NetBSDなどのUnix系のOSなど、IAサーバー用OSの登場によって、サーバーも急速にコモディティ化が進んでいる。ここでは詳述しないが、ハイエンドのルーターを除くネットワーク機器もコモディティ化が進んでいるとカーは指摘している。

ソフトウェアのコモディティ化

 さて、問題は、ソフトウェアがコモディティ化しているかどうかである。もちろん、カーはソフトウェアもコモディティ化していると主張している。しかし、カーの論文に異議を唱える専門家は少なくない。彼らは、ソフトウェアは人類の知性を具象化したものであり、コモディティ化することはないと考えているからである。

 これに対してカーはその著作の中で、ソフトウェアは、ハードウェアとは異なり無限の可能性を持っているが、それは抽象的なレベルの話であり、現実にはソフトウェアはパッケージ・ソフトウェアとして販売されていると反論している。

 つまりビジネスの世界では、ソフトウェアは金銭で購入できる商品の一つにすぎない。さらにソフトウェアは開発には膨大なコストが必要なことが多いが、再生産はきわめて安価である。ソフトウェアは一度開発してしまえば、その再生産と流通に要するコストはほとんどゼロに近い。つまり、ソフトウェアの方がより共有することによるメリットが大きいことが分かる。これは、もしソフトウェアがコモディティ化すれば、ハードウェアより低価格になりやすいという性質を持っていることを意味している。

 企業には、ライバル企業との差別化のためにパッケージソフトを利用せず、巨額の費用をかけて独自のソフトウェアを開発するという選択肢も残されているが、ソフトウェアを共有することによってコストを節約した方が、ソフトウェアの独自性を維持するよりもメリットは大きい。実際にERPやSCMなどのパッケージ・ソフトウェアの利用が増えているのが、ソフトウェアがコモディティ化しているなによりの証明であるとカーは主張している。

 問題は、ソフトウェアのコモディティ化がどこまで進展し、ソフトウェアのビジネスにどのような影響を与えるかにある。この問題は、また日を改めて取り上げることにしたい。

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