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今日も小銭入れを差し出す。

チャリン、チャリン。

今日もトレーから直接お金が落とされる。チャリン、チャリン。

用を足すでもない、歯を磨くでもない、電車に乗るでもない。1日はここから始まる...気がする。


社会人になりたての頃、睡眠不足で朝は出勤ギリギリまで寝る生活を続けていた。一人暮らしを始めたのは大学生になってからだが、寮生活で朝晩ご飯が出るところだったから、食べ物に困ることはなかった。
朝から自然と暖かいご飯が出てくるありがたみをひしひしと感じたものだ。大都会東京にたどり着いて、無くして気がついた初めての出来事だった。

朝は憂鬱に埋め尽くされる。
散らかったゴミをひとつにまとめ、シャツとネクタイを選び、革靴を軽く磨く。起きてからわずかの貴重な時間を消費する。昨日、準備を怠った自分を責める。昨晩の自分と朝の自分は別人だと開き直ったりもする。
本当は興味のない星座占いに一喜一憂して、アナウンサーの「今日も元気に、いってらっしゃい♪」が数少ない癒しだった。大好きなスピッツだけど、“ヘビーメロウ”はいま聞いてもトラウマが甦える。

ほんの3年でサラリーマン生活を強制終了し、アルバイトや副業たるもので生計を取り始めた。
その頃から朝ごはんは基本的に変わっていない。バナナジュースと納豆卵ご飯。これだけあれば、昼までは持つし、健康詰め合わせセットだと思って続けている。第一美味しい。

最近では、デブエットを志しているので、朝はゲイナープロテインという炭水化物多めの魔法をかけている。

腹を膨らまして、いざ出勤。いまの職場には出来るだけ1時間前には着くようにしている。始業時間までは休憩所でYahooニュースを見たり、意味なくTwitterをスクロールしたり、時間を無駄にすることが何気ない喜びだ。

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この時間に決まって食べるものがある。それが”ぼうしパン”。名前の通りご婦人が着けそうな帽子の形をしている。スイートブールのような茶色円形のドームから黄色いつばの部分が広がる。ドーム型部分が柔らかくて、最後に残るつばの部分の食感と甘みが至福の時を演出する。
休憩所に併設されたパン屋さんに立ち寄る。値段は108円。ポリ袋で覆われたパンを手に取り、小銭入れから100円玉と10円玉を取り出す。お釣りは2円。店員のおばちゃんがお返しをトレーに乗せるとトレーごとそっと持ち上げる。

チャリン、チャリン。

1円硬貨が音を立ててパックリ開いた小銭入れへと落ちていく。

いつも通りのやり取り。特別この店員さんとも仲が良いというわけでもない。ただ、子供の頃に駄菓子屋さんに行った時のような安心感がそこにはある。


わざと残したぼうしパンの端っこを最後に食べ終えた。

1日はここから始まるのだ。

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