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恋の味は何とおりでも ①〈 オシャレ計画 〉


重力にほぼほぼ逆らった寝癖のまま、生真面目にデスクワークを続ける目の前の杉田をぼんやりと見つめていた。
今日は酷い雨のため作業が中止になり、作業着のままオフィスに戻ってきたのだけれど・・・

顔は決して悪くない。うん。悪くない。
むしろ着こなしや髪型にもうちょっとひと工夫すれば、女性社員の目に止まるくらいの逸材ではある。

あ、あと改善点といえば
必要以上に女性と話さないところと、絶対に目を合わせない、というか話す時に斜め下を向いている。なぜ?そんな、取って食べる訳では無いぞ?

これはちょっと腕がなるな・・・と、1人作戦を練りほくそ笑んだ。


別に杉田に好意を持ってる訳でも、あわよくば関係を持ちたいと思ってる訳でもない。仕事上組む場合が多いため、できることならこざっぱりとした多少なりともイケメンに半分足を突っ込んだ男の子の方が私としても気分がアガるからというのが理由であって。

その日から杉田改造計画というどこかのテレビ番組で聞いたことあるようなミッションが始まった。
まずは服装。普段は外での現場作業が多いため作業着ばかり見ているのだが、私服と言えば・・・
なんか、くたびれたグレーのTシャツによく分からない迷彩模様のカーゴパンツ、色褪せた黒のリュック

却下。

業務終了の17時半、そそくさと着替えて「お疲れっスー」とうっすら聞こえる程度の挨拶をして帰りかけた杉田の背中に

「杉田くん!今日付き合ってよ!」

とストレートに誘い文句を投げつけた。
恐る恐る振り返った杉田は、投げつけられた言葉を素手で受け止めたような顔をしていたけど、そのまま彼の腕をとってエレベーターに乗り込んだ。

「あ?え?あの、相羽さん?付き合うって、あの、どこに、現場何か問題ありましたっけ?」

明らかに動揺している、女性に慣れていないであろう27歳彼女いない歴27年(予想)の杉田を半歩後ろに従えて、中目黒から代官山まで歩いた。
道中私の質問に答える杉田の小さな声と、カツカツと響く私の9センチヒールの音は結構な不協和音を奏でていたが、これからコンプリート予定のミッションに対する期待で私の心は浮き足立っていた。

八幡通り沿いにある、センスはあるけどうるさくない服を置くセレクトショップに入り、店内を一通り見渡す。杉田は慣れない場所で居心地悪そうにとにかく私の後ろにくっついていた。
そこで選んだものはボタンの形がすこし変わってて可愛いモノトーンのギンガムチェックのシャツ、パッと見は普通だけれど形が綺麗で履きやすい黒のデニム、ボディバッグ。

その3点を彼に渡して試着室に押し込み、ソファーで座って想像していた。
体型はいわゆる中肉中背、というか少し細マッチョ系だった。今日改めて見たら。杉田の顔と雰囲気だったらあの手の服が似合うんじゃないかな。まぁ小綺麗な感じにはなりそう・・・

「・・・あの、相羽さん、あまりこういうのよく分からないんですけど、こんな感じで間違ってないですか?」

妄想中の私の耳に気弱そうな声が届き、試着室のドアがそーっと開いた。

あれ?

ん?

えーっと、悪くないというか、全然有り、というか、

いいじゃない。

ほんとにびっくりした時って、声がでないんだなぁ。
試着室で気まずそうに立ってる杉田は、さっきまでの彼とは違い、正直少しかっこよく見えた。私の選んだ服はジャストサイズで形も色合いも杉田にあまりにも似合っていた。改造計画と意気込んでいた私が驚くほど、服装で変わるものなんだなぁ。

「あ、いいじゃん、似合ってるしそれにしよう!」

動揺しているのを悟られないように背中を向けソファーに戻った。
何も伝えられずに知らない店に連れてこられた杉田に
「今日は杉田くんに少しオシャレになってもらおうと思ってお買い物に来ました」
とそこで初めて宣言した所、少し間を置いてから困ったような笑ったような顔をして、
「そーゆーことだったんですね。ビックリしました。相羽さんに誘われるなんて考えたことも無かったから。」
思いのほか素直に私の意図を飲み込んでくれて、レジに向かう。

「あ、今日は私が勝手に連れてきたから私がプレゼントするよ!」
カバンからクロエの財布を出しかけた私に、
「いやぁ、あの、大丈夫です。僕、使うこと無いんでお金結構あるんです。」
と、恥ずかしそうな声で微笑んだ。


センスの良いショッパーを左手に持った杉田の右側に並び、中目黒の駅まで歩きながら色々話をした。仕事でペアを組む機会があった割には彼のことをほとんど知らなかった事にちょっと後悔した。
都内の電気工学トップレベルの大学を卒業してる事、家は由比ヶ浜で両親と暮らしている一人っ子、犬は好きだけど猫は嫌い、今まで彼女はいた事がない・・・

「今日はなんか、ありがとうございました。なんか、えっと。あーゆーの初めてだったので、ちょっと緊張したけど面白かったです」

中目黒駅に着き、改札前でうつむきながら照れた声で言う杉田に

「それ。」

「え?!」

「話す時はね、ちゃんと顔を見てください!部長や市川くん達と話す時はちゃんと顔上げて笑ってるのに、女性と話す時はいつもうつむいてるんだもん」

「いや、そんなわけじゃ。あの・・・すみません、また明日です」

駐車場に向かって小走りする彼の背中を見ていた。
見慣れてるはずなのに、初めて見るような後ろ姿。さっきはなにを言いかけたのかな。


翌日からも改造計画は着実に進んで行った。白スニーカーが流行っているけど彼の雰囲気を踏まえて黒のスニーカーを選び、シャツとTシャツも追加した。
目黒川沿いにある私の行きつけの美容院にも連れていき、中途半端に伸びた髪もサッパリと今風に切ってもらった。朝寝癖があってもワックスで整えればそれなりの形になる髪型に。

女性社員の間で、最近杉田くんかっこよくない?と噂になり始めたある日

「相羽さん、今日付き合ってください」

と帰り際声をかけられた。
返事もしていない私の腕をとってエレベーターに乗り込み、

「今日はね、何の日かわかりますか?」


会社近くで階段を降りたところにある少し洒落たお店に入った。
店内は4割くらいの客入りで私たちは店の奥にある太い柱のかげにある席に通された。

「何の日っていうから杉田くんの誕生日か何かかと思ったら、単にお給料日じゃん」

「そーですよ?そんな、わざわざ自分の誕生日に飲みに行きましょうって先輩を誘いますか!」

2人して笑いながらビールを流し込んだ。

「僕ね、ありがとうって言いたくて」

「別にオシャレとかどうでもいいと言うか、自分なんてって思ってたんです。彼女とかもちろんいた事ないし、大学の時は基本部屋でゲームばっかりやってて友達も少なくて、全然遊ばなかったし」

「会社入っても仕事は嫌いじゃないけどなんか、人付き合い苦手だから自信もなくて。」

「でも相羽さんがこの前連れ出してくれた時に、なんか凄くショッキングで、でも楽しくて、知らない世界を見せてもらえて嬉しかったんです。なんか、あの時から少しだけ何かわからないけど変われた気がします」

両手を膝の上に置いてかしこまった面持ちで彼は一生懸命話してくれた。そこまで一気に吐き出したあと、ふぅっと一息ついて初めて私の顔を見て、微笑んだのだけど

その少しはにかんだ少年のような、それと同時に男の色気さえも感じるような笑顔を見た瞬間、私の耳たぶがブワッと熱くなったのを感じ、目を逸らしてニョッキの皿にフォークをのばした。

「そーかぁ。それならよかった。元々がいい顔してるんだからさ、勿体ないなぁって思ってたんだよね。なんか女の子と話す時も目合わさないしさぁ、それに」

「それなんですけど」

いつもとちょっと違う、力強い声で私の言葉をさえぎり

「気づいてくれてなかったんですね。僕、女の子と普通に話してますよ?」

「え」

「僕が恥ずかしくて目を合わせること出来ないのは、相羽さんだけです」

戸惑うほど心臓が踊っている。鼓動が聞こえるんじゃないかって心配になり、カクテルグラスの氷をストローでカラカラと回した。でもどんなにごまかそうとしても、顔が熱くなってるのは隠せなくて。

「そーゆーの、ずるい」

「いやいや、相羽さんがそーゆーのずるいですよ。初めて見ました、そんな、子供が怒られた時のような顔。

可愛いです。」


上気した首筋をグラスで冷やそうとしたけど無駄だった。

もう始まったのかな。始まっちゃったな。

諦めて、認めて、意を決して杉田の顔を見ると熱っぽい視線が真っ直ぐと私を見つめていた。

そんな顔もできるんじゃん。

柱のかげの席でよかった。テーブルの上に乗ってる彼の左手に右手を伸ばして、近づいてくる彼の唇を迎えるため私は瞳を閉じた。


おしまい