第17講米津玄師「Lemon」考察~Lemonの見立ての真意を解く~
レモン哀歌とLemon
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そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
私の手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関ははそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
高村光太郎『レモン哀歌』
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僕が米津玄師さんの『Lemon』を聞いてはじめに思い出したのが上に挙げた高村光太郎の『レモン哀歌』でした。
この詩には妻の死に際が描かれています。
この曲を聞いたとき、僕は冒頭に書いたように「愛する女性と死別した悲しさを歌った曲」と捉えたのですが、そう思ったのはこの詩を連想したからでした。
じつは米津玄師さんの『Lemon』には直接的に「死んだ」ことを表すフレーズは出てきません。
にもかかわらず、節々から明らかに「死」を連想されるのは、一重に米津玄師さんの言葉選びの妙なのだとは思うのですが、その背景にはこの詩のイメージがあったからこそ、鮮明に「亡くなったあなた」を連想させる歌詞になっているのではないかと思ったので、冒頭で紹介しました。
(因みにその後調べたら、米津玄師さん自身が「レモン哀歌」についてインタビューだかなにかで触れていたそうなので、恐らく「レモン哀歌」の印象を引いた曲という解釈でいいと思います。)
ということであとは前から考察をしていきたいと思います。
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レモンのメタファーに託した「あなた」への深い思い。
〈夢ならばどれほどよかったでしょう 未だにあなたのことを夢にみる〉
Aメロの冒頭に出てくるこの歌詞で、主人公が「あなた」のことを忘れられずにいることが描かれます。
僕はこの歌いだしの言葉選びが天才的だと思っています。
「あなたの死」が〈夢ならばどれほど良かったでしょう〉ということと、「あなたが生きていたときのこと」を〈未だに夢にみる〉という対比で書かれていることで、強烈にあなたがいないことが伝わってきます。
普通「夢ならよかった」と「あなたのことを夢にみる」という言葉を同時に並べてしまえば、ともすれば聞き手に違和感を与えかねない(「何を」が抜けた状態では「夢ならよかった」と「夢を見る」は並ばない)のですが、あえてこの並びにすることで、「もういないあなた」が聞き手に伝わってくるようになっています。
そして続くAメロ後半で〈忘れたものを取りに帰るように 古びた思い出の埃を払う〉と歌われることで、主人公がずっと「あなた」のことを引きずって前に進めないでいることが聞く側に伝わってきます。
(因みにサビのところで触れますが、〈忘れたものを取りに帰るように〉という部分がサビの〈雨が降り止むまでは帰れない〉の部分に繋がってきます)
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そして2回目のAメロとその後のBメロでもあなたのことを今でも思っていることが伺える内容が続きBメロへ(著作権の都合上まるまるアップは厳しいのでカットします。)
そしてサビへ。
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〈あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ 全てを愛していた あなたとともに〉
サビの前半はこうはじまります。
僕がこのサビで注目すべきと思うのは〈あなたとともに〉という部分。
これは、あとになって出てくる〈切り分けた果実〉という表現の伏線になっています。
「それまでは一対の果実のようにずっと一緒にいたあなたが死んでしまうことで離れ離れになってしまった」ということがこのひと言に現れています。
そして続く〈胸に残り離れない 苦いレモンの匂い〉というサビ後半言い回し。
この『Lemon』という歌では、終始愛する人との別れが、「レモンを2つに切る」という行為に例えられています。
初めがこのレモンの香り。
レモンの香りがさわやかでもすっぱいでもなく「苦い」のは、後悔や悲しみの表れでしょう。
レモンを2つに切ったときにフッと沸き立つ「苦いレモンの香り」がいつまでも忘れられないというのがここでの解釈でしょう。
死に分かれたときのつらさが1番のサビでは嗅覚情報として表現しています。
そして〈雨が降り止むまでは 帰れない 今でもあなたはわたしの光〉
〈わたしの光〉という表現に関しては曲中で最期に意味が説明されているので、ここでは前半の部分だけに注目することにします。
〈雨が降り止む〉は自分の心境と考えるのが妥当です。
悲しみが癒えるくらいに僕は捉えました。
それがいつになるかは本人にもわかっていません。
そして、「帰れない」のは冒頭のAメロで歌われている〈忘れたものを取りに帰るように 古びた思い出の埃を払う〉から、亡くなった「あなた」との思い出の世界から帰れないということと考えられます。
「あなた」との思い出が鮮明すぎて、まだ全然前を向けないという感じで僕は解釈しました。
あまり細かく書きすぎると先に進めないので、この辺に…
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つづいて2番のAメロです。
〈暗闇であなたの背をなぞった その輪郭を鮮明に覚えている〉
ここは実際の「あなた」の背をなぞったと捉えることもできますが、辞書的な意味で「輪郭」
を解釈するのなら全体像が把握できなければなりません。
とすれば、ここでいう〈指先でなぞった〉のはレモンに見立てた「あなた」だろうというのが僕の解釈。
1番のサビでレモンに見立てた「あなた」を嗅覚でとらえたのに続き、今度は触角であなたのことを思い出しています。
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著作権の都合で引用は避けますが、この続きのAメロからBメロにかけて、自分の知らない「あなた」の一面に思いを馳せています。
これは一番で自分の隠していた思い出を打ち明けておけばよかったと語る部分と対の関係になっています。
そしてサビに。
〈どこかであなたが今 わたしと同じ様な 涙にくれ 淋しさの中にいるなら わたしのことなどどうか 忘れて下さい〉
2番のサビでは私のことなど忘れてくれと「あなた」に頼んでいます。
ここには「あなた」に苦しんで欲しくないという相手を思う気持ちが描かれます
と、同時に「それくらい自分は苦しんでいる」ということが、聞いている側には伝わってくる。
「忘れて下さい」と頼む形をとることで、むしろどれくらい自分が忘れられないでいるかが表現されているわけです。
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そんな自分の気持ちをCメロで〈自分が思うより 恋をしていた〉と吐露しています。
そして、〈あんなに側にいたのに まるで嘘みたい〉と続くのですが、ここで「側にいた」と1つのカタマリであったレモンをそれとなく暗示する言葉を置くことで、最期のサビで出てくる〈切り分けた果実〉という言葉の印象を強める効果があります。
そして、最後のサビへ。
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サビの前半は1番と同じなので省略。
このサビで凄いのは伏線を全て回収していく後半部分です。
〈切り分けた果実の片方の様に 今でもあなたはわたしの光〉
ここの部分で最初に考えなければならないのは〈切り分けた果実の片方の様に〉という比喩です。
半分に切ったレモンの断面を思い出して欲しいのですが、みずみずしい果汁と放射状に見える部分はまるで輝く光のようになっています。
ここでは「あなた」を見立てたレモンを視覚的に見ています。
しかも見ているのはその断面。
当然ですが断面は「切り分けて」からでなければみられません。
つまり離れ離れになって始めて(というか改めて)あなたの大切さに気付いたということです。
これはCメロの〈自分が思うより 恋をしていた〉からも明らかでしょう。
そして、そんな2つに分かれて(別れて)しまった「あなた」が〈今でもわたしの光〉と歌われているわけです。
2つに切ったレモンに対する情報を並べてみると以下のようになります。
1番のサビ〈胸に残り離れない 苦いレモンの匂い〉
2番のAメロ〈暗闇であなたの背をなぞった その輪郭を鮮明に覚えている〉
最後のサビ〈切り分けた果実の片方の様に 今でもあなたはわたしの光〉
嗅覚、触角、視覚のどの思い出も「忘れられないもの」として描かれています。
ただ忘れられないでなく、様々な器官であなたを「忘れない」と表現することで、「あなた」に対する思いの強さがいっそう明確になります。
しかもそれをレモンに見立てているため、下品じゃない。
僕はこの「言外に思いを伝える」部分こそが米津玄師さんの『Lemon』の凄さだと思うのです。
そしていちいちそんなことを考えなくても、歌を聞くだけでそれとなく全てが伝わってくる。
宮崎駿さんの『風立ちぬ』もそうですが、どの深さで作品に向き合っても楽しめるという部分が本当に凄いと思います。
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