デマをおうひと

星をみるひとには真偽が定かでない噂が現在も飛び交っており、それが本当なのか知りたい気持ちがきっかけで始まった、ホット・ビィ研究活動。

それらの噂の中でも、特にインパクトがあるのが

「星をみるひとのシナリオは劇作家の鴻上尚史氏が手掛けた」

というものです。
もちろんこれはデマです。

このことについては鴻上氏自らがこのように否定をされています。
一体、どうしてこんな噂が立ってしまったのでしょうか。

今回はこの噂について考えていきます。


まず名前を挙げられてしまった鴻上尚史氏の、ゲーム回りのかかわりについて掘り下げます。
鴻上氏はゲームに全く関わっていなかったわけではなく、スーパーファミコンのSF RPG「G.O.D」のシナリオを手がけています。

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※画像提供:レアハンターマラリアさん


G.O.Dは鴻上氏が構想から完成までに五年以上の歳月を費やし、キャラクターデザインに漫画家の江川達也氏、音楽に聖飢魔Ⅱのデーモン小暮氏を起用するなど、多彩なクリエイターを取り込んだことで話題を呼びました。
本作は超能力を題材に、近未来世界を舞台にしたSF RPGです。
この特徴を挙げると、同じ超能力を題材にした星をみるひとと混合されてしまう可能性は考えられます。

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※画像提供:レアハンターマラリアさん

しかし説明書では「『G.O.D』が初のファミコンソフト制作になる。」と記述されており、鴻上氏が本作以前にゲーム(ファミコン)制作に携わったとは考えがたいです。

念のために過去の発言も辿りましたが、本作以前に鴻上氏がゲーム構想を掲げたような記事は見つかっておらず、星をみるひとと比較的近い時期に刊行された広告批評87年7月号(96号)のファミコン特集に掲載された鴻上氏の文章にも、自作をほのめかすようなコメントは含まれていませんでした。
本特集では当時発売してまだ市場の熱が冷めていない「ドラゴンクエストII」を通して感銘を受けた点を筆頭に、「ポートピア連続殺人事件」での印象深い場面などを挙げ、堀井雄二氏の才能や脚本家視点によるRPGの可能性の大きさについて語られています。

そしてドラクエ愛が高じて「ドラゴンクエストIII そして伝説へ…」の頃には大いに活躍を見せました。
ゲーム本編でアッサラームにて劇場の座長として出演したばかりではなく、ラジオ番組企画で読者公募で募った歌詞をドラクエIIIの楽曲に乗せ、自ら歌い(!)レコードを出したことで、ドラクエの世界観やメディア展開に新たな広がりをもたらしました。

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※画像提供:レアハンターマラリアさん

これらの事柄は1988年12月発行の「ドラゴンクエストIIIそして伝説へ…知られざる伝説」にて記載されたインタビューにて言及されています。
このように鴻上氏はRPG、ひいてはドラクエシリーズに対して並々ならない情熱を見せており、「自らRPGを作る」方向へ流れたのはむしろ自然な流れだと感じられます。


そうした背景があり、鴻上氏自らが手掛けた作品となったSF RPG「G.O.D」。
しかし、この情熱と成果がどういうわけか星をみるひとにも結び付けられ、冒頭のような噂が立ってしまいます。
では一体、どこからこの噂が流布されていたのでしょうか。


この頃、ネット発の噂と言えば匿名掲示板の代表格2ちゃんねる(現5ちゃんねる)が絡んでくるパターンが多いのですが、この噂もそちらで扱われており出典についても言及されていました。


鴻上尚史01

鴻上尚史02

鴻上尚史03

(スレッド「【かりう】星をみるひと【ふっかつしゃ】」より引用)

コメントの内容ではamazonのレビューに何かがあるようです。
真っ先に思いつくのは星をみるひとの出品ページですが、そちらを見てもそのようなレビューは見当たりません。

ともすれば、当時のゲーム雑誌や後に本作を取り扱った雑誌書籍か? そういえばユーズドゲームズで特集が組まれたな……と思いつつそれらを総当たりで調べますが、全て空振り。
もしや鴻上氏の書籍に対するレビューか? とも思い、それらも可能な限り洗いましたが、それらしい記述はありませんでした。

ここまでで大事なのは、「2020年現在のページを検索しても一切出てこなかった」ことです。
「もしかすると該当のレビューはどこかのタイミングで削除されたものなのでは?」と思い、way back machineを通して改めてamazonレビューを遡ったところ……とうとう特定が叶いました。


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(2013年5月3日保存のamazon「星をみるひと」商品ページより)

2003年4月19日に投稿されたこのレビューは、確かに鴻上氏の関与について言及していました。
この書き込み以前より情報が広まっていた可能性もありますが、我々が辿れた限りではこの情報が最古のものとなります。
ここが発端だとすれば、恐らくこの方は「G.O.D」と記憶が混合してこのレビューを書いてしまったのでしょう。
しかしこの些細な間違いが、少なくとも2ちゃんねる上では後に続く噂の発端となってしまいました。
これと言ってソースが示されるわけでもなく、しかし確固たる自信で「知る人ぞ知る裏話」のように綴られたこの一文が2ちゃんねるで拾い上げられ、更にあらゆるサイトやコミュニティを通して流布されていきました。

そしてこの噂が原因かは定かでありませんが、思いもよらない形で同様の話を取り入れた事例が存在します。

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コナミのクイズゲーム「クイズマジックアカデミー(以下QMA)」に問題として登場していました。
QMAの最初の稼働は2003年の7月24日に開始しており、件のamazonレビューが登場するよりは後となるため、時系列的にこの噂は少なくとも「QMAが発祥ではない」と言えます。
調べた限りでは2007年1月24日に正式稼働開始した「QMA IV」のタイミングでは既に採用されていたことが分かりました。(以後のバージョンで修正されたかどうかは定かでありません。)
現在では同作をベースにした家庭用移植版「QMA DS」(2008年2月16日)でその問題を実際に確認することが可能です。

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この問題で〇を選ぶと正解になります(もちろん事実と異なります)。
この問題の派生で「ファミコンで発売されたRPG『星をみるひと』のシナリオを書いたのは三谷幸喜である。」という問題も存在しており、こちらは×が正解となっていました(こちらは事実通りです)。

このようにQMAが問題として採用したこの話を、QMAの問題を扱ったbot等のSNSアカウントが拾って拡散していたところを鴻上氏が見つけ、最初の氏の発言につながります。
それ以前よりご自身でこの噂を否定されていたようですが、少なくともSNS上での拡散はこの時の発言を機に該当のbotは訂正文を拡散し、噂の拡散は止まりました。

これらはあくまで状況証拠を集めたにすぎず、決定的な証拠は得られていないことを明記します。
amazonレビューとQMAの因果関係もまた同様で、本問題はもしかすると別のクイズゲームで採用されていた問題をレビュアーが発見したり、QMAが問題として吸い上げたりした可能性も考えられます。
このように完全な震源地を特定することは困難ですが、この噂が広まった原因はこの二件の事例が多いに関わっているといえます。


amazonという不特定多数が書き込めるレビュー記事で投稿された一文が多くの人の目に留まり、一方でクイズの問題にまでなってしまっていたことには驚きを隠せませんが、それだけ魅力的な噂だったと考えられます。
ゲーム的に多くの問題を抱えつつも、シナリオ面で光る一面を持つ星をみるひとだったからこそ、著名な作家の名前が出てきても「そうかもしれない」と思わせる説得力があったのかもしれません。
それに人というのは「正しい」「間違っている」より先に、「そうであってほしい」を優先して信じたくなる気持ちをどこかにもってしまいがちです。
ビッグネームが関わっていた意外性と、「それならシナリオがよく出来てるのも納得だ」と信じたくなった人たちの心の隙間に、すっと入り込んでしまうような巧みな噂だったといえましょう。
(だったら「星をみるひとのBGMはデーモン小暮閣下が作った!」と言い出す人がいてもおかしくなかったんですがね……。)

いずれにせよ、冒頭で記した通り現在は鴻上氏自らが噂を否定する発言をされており、該当のレビューも現在は削除されているため、もうこの噂が広まることはないでしょう。
都市伝説の正体は暴かれ、砂のように消えてしまいました。


しかし謎は残ります。

「では一体誰が星をみるひとのシナリオを書いたのか」

このことを発信したい気持ちを現在まんだらけオークション目録ZENBUにて連載中のゲームコラム「RESTART」に込めており、12月1日に発売した101号でシナリオの件も含めて触れることが叶いました。
これまでネット上のどこにも記されることのなかった情報をご覧いただければと思います。


今回は「星をみるひと発売日問題」にてご協力を賜りましたレアハンターマラリアさんが、本件とは別にこちらの噂に興味を抱かれ、調査の大部分を進めて下さった結果、このような形での発表が叶いました。
改めて、この場をお借りして感謝申し上げます。



余談ですが、QMA DSを購入してから該当の問題を引き出すまでに半月くらいかかりました。(一日一時間プレイ)
最新バージョンではこの問題が残っていないことを願います……。


2020年12月15日追記

記事冒頭で、2012年のTwitterでの鴻上氏の発言が本件の否定根拠として取り上げていましたが、その以前である2006年の段階で明確に否定するソースをご提供いただけました。

オトナファミ2006年夏号鴻上

※画像提供:ナポりたんさん

オトナファミ2006年夏号において紙面上のインタビューでこのように言及されており、少なくとも「QMA DS」のベースになった「QMA IV」2007年1月24日の段階では問題の誤りを辿れる状況であることが判明しました。
ネット上でも、2006年末に「鴻上氏が関与を否定していた」と言及したページが存在しており(hipclip所謂孫ニュースより)、時期的に恐らくこの記事を根拠にした発言と読み取れます。
正しい情報が出ていながらも、冒頭の通りご本人がTwitterで触れるまでは誤った情報を信じる方が一定数いたところに、この噂の魅力の強さを感じさせずにはいられません。
そしてデマを拡散することに注目されがちなTwitterのようなSNSで、デマを収束させた事例としても興味深く感じました。

現状では「QMAがいつの時点でこの問題を組み入れたか」「QMA以前にこの問題を採用したクイズゲームが存在したのか(QMAがこの問題の初出でない可能性がある)」等の要調査点が残ります。
ゲームの特性上初出を辿るのは困難と思われますが、もしも特定が叶いましたら本記事で更なる追記として補足する予定です。


参考文献(順不同)
マドラ出版「広告批評96号 1987年7月号」
アスキー「TECH Win1996年1月号」
エンターブレイン「オトナファミ 2006年夏号」
マイクロデザイン出版局「ゲーム批評vol.2 1994年冬号」
エニックスプロダクツ「ドラゴンクエストIIIそして伝説へ…知られざる伝説」(1988/12/1初版)
イマジニア「G.O.D目覚めよと呼ぶ声が聴こえ」(1996/12/20説明書)
アスペクト「G.O.Dpure公式ガイドブック 」(1998/4/8初版)

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