まわる、かわる

ハギレがたまる


手芸が趣味だとハギレがたまる。作品を作った後の切れ端、作ろうと思ったけれど途中で方向転換して手つかずになった布、服を買ったときに付いてきた補修布。

ストックが無尽蔵にできる。



手触りのいい布が好き


触覚過敏を持って、うっかり手触りアタリの貴重なシャツを汚してしまうことがままある。少々の汚れならそのまま着続ける。ただまあファストファッションの汚れたり破れたりした物を着続けると「それはどうかと」と自分でも思ってくる。



古布、お繕いの世界


手芸本のコーナーで手に取ったのが古布、リメイクの本だ。気持ちよく当たったツギ、丁寧に修繕された袖口・・・これだと思った。貧富を服が表す、着たい服をずっと着る技術。縫い目の細かさや配置が豊かな感性を育むと。おお。そういえば気に入りの服がどういった平面から立体になるのかわからない。

自分がどういう服を着たいのかもよくわからないままなんとなく三十何年も過ごしてしまったのに思い至る。これが私だ、という服はない。

幼い頃に展示会で見た、何十にも継ぎを当てて正方形ではなく立体になった風呂敷を思い出した。語り出しそうなシミ、綻び、縫い目、ツギ。

あれはまさしく生きてきた布で、この人に使われてきましたというものを持っていた。



私を作っていくこと


「これが私だ」という服を育てていくこと、本当の私を表現しながら生きること、着る事に着たい服を着る、主体性を持つ。

日常の”服を着る”という動作にも私がいたりいなかったりしたのだなと思った次第である。

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