芸人になりたいことを親に告げた日

僕が芸人なると決めたのは大学3年生になった頃、同学年の友人達が一斉に就職活動を始めた時だった。

周りの皆は「もうお遊びはおしまい」というような顔をして急に大人になっていた。僕もその中にいて、皆と一緒に就職活動ガイダンスなどを受けていた。
芸人になりたいとは誰にも言えなかった。

そもそも僕が芸人になりたいと最初に思ったのは、小学生の時に熊本のおばあちゃん家で吉本新喜劇を見た時だ。
東京に住んでいたらほとんど見れない大阪の吉本新喜劇が九州では土曜のお昼にやっていた。それを見て大笑いしている僕をおばあちゃんが見つけて、それから毎週ダビングして東京まで送ってくれていた。
小学生5年生までの休日は一日中吉本新喜劇を見て過ごし、その頃の作文にも中学校を卒業したら、よしもとに入ると書いていたくらいだ。

しかしその後小学校5年生からバスケットボールにハマってしまい、高校3年生まではバスケットボールのことしか考えていなかった。
そしてバスケを引退した頃に、また急に小学生の時の思いが蘇ってきて、芸人になりたいと思い始めた。

それから大学に通い、3年生になった時芸人になることを決めた。
問題はここから、親にそれを伝えなければならない。ただどうしても言い出せなかった僕は、しばらくの間就職活動をしているふりをしていた。スーツに着替えて家を出て、近くの喫茶店で一日中時間を潰してから家に帰るという生活をしばらく続けていた。早く言わなきゃと思いながらも、ずっと言い出せずにいた。

数ヶ月たったある日、たまたま夜遅くまで母親が起きていたのでなんとなく話しかけてみた。
「大学卒業したらやりたいことがあるんだけど…」
母親は僕の気持ちに気づいていたのか、何も言わずに話を聞いてくれた。
「あの、なんていうか、芸人さん…お笑い芸人になりたい」

それを聞いた母親は
「自分でお父さんに言いなさい」
とだけ言った。

僕は小さい頃から親父のことが少し怖かった。まさに九州男児、無口で物静かだが、怒るとめちゃくちゃ怖い人だからだ。

そこで僕は親父にどう言えばいいか作戦を考えた。
そうだ。お酒を飲ませて酔っ払ったところで言おう。なんなら覚えてないくらい酔っ払ってもらおう。

作戦も決まり、母親に言えたことでテンションが上がっていた僕は、次の日の朝親父に
「近いうちに夜ご飯食べに行く時間ありますか?」
と聞き、その3日後の夜に焼肉屋さんに行く約束をした。

そして3日後、18時ごろ一緒に家をでて2人で家の近くの焼肉屋さんに向かった。
作戦開始だ。焼肉なんかよりもお酒をとりあえず飲んでもらおうと、親父のグラスが半分以下になったらすぐに次のチューハイを注文して、中々のハイペースで飲んでもらった。

そして親父もいい気分になってきたころ、勇気を出して言ってみた。
「大学を卒業したら、お笑い芸人の道に進みたいと思ってます。」

酔っ払っていた親父もさすがに真面目な顔になり

「決めたなら頑張りなさい」

と言われた。そこからは色々、親父が仕事を始めた時の話や大変だった話などを聞かせてもらった。そしてある約束をした。
僕の作戦がうまくいき、親父も僕も結構酔っ払っていたと思う。
その焼肉屋を出てから今日まで親父とは真面目な話は一切していない。あの日話したことを、親父が覚えているかもわからない。
ただ、あの日の約束だけは、僕は絶対に忘れない。

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