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「夜天一族」第三章

チャネリングファンタジー小説

第三章 「沈まぬ月の都」シズマヌツキノミヤコ



月と地球間には次元を越えるためのミクロトンネルが存在している。
そのトンネルを通過することで、地球と月との次元移動が可能となっているため月の人間だろうが、地球の人間だろうがトンネルを越えれば身体は星々の重力に慣らされる。
二人を乗せた高速シャトルに月面空港到着を告げるアナウンスが流れた。
「着いたー!久しぶりのツッキー‼」


月面都市空港 「MOON CITY AIRPORT」


月は地球の衛星である。
直径は地球の四分の一、質量は八〇分の一、自転しながら約一ヶ月で地球を一周している。
自転と公転の周期がほぼ同じなのでいつも同じ面を地球に向けている。
月面の空港は全面クリスタルガラスのドームで造られている。
大気圏のある地球のようには太陽の光が反射してはいない。
その代わり、クリスタルドームの屋根が光を反射させ、室内はキラキラと明るくまばゆい。
「うわー、明るい、眩しい、お腹空いたー」
旅支度をキャリーケースに詰め、ガラガラと取っ手を引いて歩く菫青が声を上げる。
「うちに着くまでガマン出来ない?誰か迎えに来てるはず」
しぶしぶ妥協するが、納得はし兼ねる。
「あっ、連絡来た。はい、僕、星葉だけど。今、エアポートに到着した。えっ、迎えが?そう、遅れるの。うん、分かった。また連絡して・・うん、僕らは大丈夫。それじゃあ、なるべく、早くお願いね」
片耳イヤフォンタイプに小型化された電話機で、通話を終えた星葉が菫青に向き直る。
「なあに?あんまり好い予感しないんだけど?」
会話の内容から察する、菫青は眉間にシワを刻む。
「当たり!マシンの故障により迎えが遅れるってさ、どうする?腹ごしらえする?」
不機嫌極まりない顔付きとなりつつある菫青の顔色を伺う。
「ホワイトムーンのアフタヌーンティー。それで手を打ってあげる」
不敵にニコリと笑う菫青に、星葉は全身に寒気を感じずにはいられなかった。
「了解!」
敬礼のポーズで了承する。
この同じ顔した兄弟は怒ると超したたかに豹変するから怖いのである。
耳に装着している携帯から、菫青要望のアフタヌーンティーセットの予約を容れた。
「予約完了!Let’s Go!」
「やったー!今日はどんなセットかなぁ、タノシミ~~♡♡」
現金なもので菫青のテンションは一気に上昇してゆく。
何はともあれ菫青の機嫌が直りホッとする星葉である。

月面都市は大小のクリスタルドームが縦横無尽に延々と連なっている。


Afternoon tea Salon 「WHITE MOON」
アフタヌーンティーサロン「ホワイトムーン」

「おかえりなさいませ。お嬢様、お坊ちゃま。ご予約のお名前は?」
サロンの入口にてドアマンに迎えられる。
「こんにちは、夜天星葉、夜天菫青の二名です」
「ありがとうございます。では、こちらでお座りになってお待ち下さいませ」
入口に入ってすぐの位置にある待合室に案内された。
「今日はどの紅茶にしようかなぁ」
菫青が待合室のソファに腰かけながら、早く空腹を満たしたいと思うばかりである。
「ん~~呑めればなんでもいいよ。今のところは・・・」
特に空腹感に襲われているわけでもない星葉がなんとなく答えるに留めた。
「お待たせ致しました。お嬢様、お坊ちゃまお席へご案内致します」
ドアマンに再び案内される。
テーブル席に案内されると、専属のお世話係が二人の担当となった。
諸々の説明の後、それぞれにメニューを渡される。
「お決まりになりましたら、お呼び下さい」
テーブル上に置かれてある呼び鈴を鳴らすのだ。
「ありがとう」
メニューを渡し終えたお世話係(フットマンと云う)が一礼をしてその場を立ち去る。
「僕は、今日はフレーバーティーにしよう。どれにしようかなぁ」
意外に紅茶好きの星葉は数種類のフレーバードティーを迷いながら、メニューとにらめっこを始めた。
「アタシは月のドーム産の茶葉にしようかな。ムーンドロップにしよっと」
菫青は迷うことなくスッパリ決めたのに対して、星葉は即決出来ずに迷いのドツボにはまっている。
「悩め悩め、迷え迷え、でも、早くして」
まるで「慌てず急げ」と云ってるようだ。
「ん~~、どうすっかなぁ。うーん、決めた!キンギョと同じのにする」
結局、どこか流され気味の星葉である。
「今までの迷いはなんだったの・・・」
呆れながらも卓上のベルを鳴らす。
"チリン”と鳴らされた呼び鈴が澄んだ音色を奏でた。
「お決まりでございますか。オーダーを伺いましょう。では先にお嬢様から」
現れたフットマンに菫青がオーダーを訊かれた。
「アフタヌーンティーセット、αセットで」
「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか」
「ムーンドロップでお願いします」
「ムーンドロップですね。かしこまりました。それではお坊ちゃま。オーダーを伺います」
菫青のオーダーを取り、次に星葉の番だったがここでまた迷う。
「うーん、αセット、βセット、γセット、うーん、どれにしよう」
「食べたいのにすればいいじゃない」
メニュー選びは一度迷うと出口のない迷宮と化す。
「だって、全部、美味しそうじゃない?」
「だったら、アタシがαセットにしたから、セイはβとγにしたら?もういっそコンプリートしましょ」
優柔不断さにウンザリして来ていた菫青が決断を促す。
「分かった。キンギョの云う通りにする。βセットとγセットでドリンクは僕もムーンドロップでお願いします」
「かしこまりました。βセットとγセットとお飲み物はムーンドロップですね。βとγの2セットですので、お飲み物も2セット分オーダー出来ますが、いかが致しますか?」
やっと決まったオーダーを受け、再び迷いそうな質問をされた。
「えっと、同じのでお願いします」
「ムーンドロップですね。かしこまりました」
今度は迷わず決めた。

アフタヌーンティーとは、地球の英国で考案された食事や飲み物を飲む習慣の一つである。
午後四時頃、来客が来た時や休日にケーキやサンドウィッチやスコーンなどの軽食を用意して飲む紅茶のことをアフタヌーンティーと呼んでいた。
食する順番としては、「サンドウィッチ→スコーン→セイボリー」と決まっていたが、今となっては食べたいものからが主流だ。
折角、温めたスコーンが冷めないうちに食べると美味しさも倍増する。
「そう云えば、パパとママはまだ火星にいるのかしらね。久しく逢ってないなぁ・・・逢いたいなぁ」
アフタヌーンティーセットを待ちながら、菫青はメランコリックに呟いた。
「うん、気ままな夫婦だからね。もしかしたら、気が向いて月に来てたりするのかも知れないよ?」
「有り得る~~。パパとママとも逢いたいのはもちろんだけど、月の声の主も気になるから、そっちをどうにかしないとならないかも・・・」
珍しく気落ちしている菫青をなぐさめる訳ではないが星葉が気遣う。
今回の旅の目的を思い出す。
「まあ、師匠にも云われて来たことだし、キンギョの月の声が誰なのか捜さないとだし、でも、せめてコン兄に逢えたら好いなぁ」
「まあ、それもそっか」
菫青の言葉に納得する星葉であった。

やがてお待ちかねのアフタヌーンティーセットが運ばれて来た。
三段重ねの専用のケーキスタンドの下段にサンドウィッチ、二段目にスコーン、上段に甘いケーキ類が定番だ。
菫青がオーダーしたαセットは苺がメインのセットである。
こちらも定番のキューカンバサンドと苺のホイップサンドがプレートに乗せられている。
二段目のスコーンにはドライ苺が生地に練り込まれて焼かれたものとプレーンのものが乗っている。
最上段にはケーキなどのスイーツが数種類。
苺のショートケーキ、苺のムースとゼリー掛け、そして、苺のジャムがサンドされたマカロンだ。
『絶賛!苺祭り』開催中である。
紅茶は月面ドームで生産された「ムーンドロップ」だ。
苗を地球から持ち込んだお茶の木を栽培し続けたものが代々受け継がれているのだ。
水色(すいしょく)はダージリンティーのファーストフラッシュの如く淡めであるが、味は甘みがあるがスッキリとした咽ごしで飲みやすい。
「アタシはスコーンから食べることにする。せっかくの焼き立てアツアツのうちに食べたいの。セイはどれから?ってゆーか、どっちのセットをシェアする?」
オーダーに迷い、菫青が頼んだものとは別のものをオーダーしたのだ。それも二セット分も。
βセットはチョコレートがメイン素材として使用されている。
下段にはやはりキューカンバサンドとチョコホイップサンドの乗ったプレートがセットされている。
二段目は苺と同様、スコーンがプレートに乗せられていた。
チョコがテーマだけに、チョコチップ入りのスコーンと紅茶葉が生地に練り込まれたスコーンの二種類。
それに付け合わせのプリザーブも二種類、クロテッドクリームと柑橘系のジャム。
上段のスイーツもチョコ尽くしである。
チョコのケーキは表面ツヤツヤのオペラ、チョコのテリーヌ、チョコのマカロンにはチョコクリームがサンドされた三種盛りである。
「うーん、チョコも捨て難いよね」
星葉はまたも迷い始める。
γセットはサロン名の「ホワイトムーン」の名前から取り上げられた「白」がテーマとなっている。
下段はどのセットもキューカンバサンドが定番で、口溶け滑らかな生乳を使用したホイップの中にはキレイに半分にカットされた黄金色のぶどうのフルーツサンドが実に美味そうに光輝いて視えた。
「おお!これは伝説のムーンシャインマスカット!キンギョも食べたい?」
「うん」
「それじゃ、僕はチョコセットを食べよう。こっちのぶどうセットをシェアしようか」
「やったー!」
いつの間にやらセット名が変わっている。
そんなことは気にせず菫青は素直に喜んだ。
「スコーンはホワイトチョコのとキャラメルナッツの二種類。んで、ケーキはフロマージュブラン?ああ、レアチーズケーキみたいなのと・・・シュークリームだ」
視ただけでは内容が分からない時の有り難いヘルプ、メニュー表を視る。
「アタシ、シュークリーム食べたい。あとはどれでもいいよ。セイが食べたいもの食べればいい」
「うん、そうする。んじゃまずは僕もスコーンからゆこう」
チョコのセットからスコーンのプレートを手に取りテーブルの上に置いた。
スコーンは直接手に持ち横半分に割って、割った面にプリザーブを塗って食べるのが主流だ。
「もう何百年か昔に考えられたんですって、アフタヌーンティーって見た目にも優雅で美しいよね。スコーンも好きだけど、マカロン様も好きだな」
菫青が呟きウットリとする。
「紅茶も美味しいし、大満足。ムーンドロップも美味で香りもイイね。地球でも飲めるといいのにな」
スコーンは口の中の水分を吸収しパサパサになるので紅茶で流し込む。
ガバガバ飲み込むので紅茶の消費量が半端ない。
「お嬢様、紅茶をお注ぎ致しましょう」
空になったカップを目にしたフットマンが菫青に声掛ける。
「お願いします」
カップに注がれた紅茶の香りが鼻腔に届く。
「うーん、イイ香り」
「お坊ちゃまもお注ぎ致しましょう」
「うん、ありがと」
星葉のカップにも紅茶が注ぎ足される。
「それでは失礼いたします」
一礼してその場を立ち去る。どこまでも優雅で礼儀正しい。
「僕は美味しければ何でも好きだな。チョコチップスコーンはフツーにウマウマ。次はサンドウィッチにしよう」
ひたすらスコーンを食べ尽くした星葉が次のプレートに手を伸ばした。
「なんだ、結局、セイも空腹だったんじゃないの」
月面到着直後はそんなに空腹感はなかった星葉であったが、実物を目の前にして一気に食欲が増したようだ。
「うん、さっきはね。空いてなかったんだけど、一口食べたら後引くね。それにこれ、超絶ウマウマサンド」
キューカンバ=胡瓜(キュウリ)サンドである。
細かくみじん切りにしたキュウリをマヨネーズと少々の塩で和えたものだ。
酸味と塩味が甘味の口直しにもちょうど好い。
「へえ、この苺ホイップサンドもウマウマ~~苺とホイップクリームはゴールデンコンビだわ」
苺のホイップサンドを頬張る菫青はご満悦だ。
「月で生産されるフルーツって、どれも美味しいんだよねぇ。地球と同じものなのに」
着々と二人は己のノルマを消化しつつある。
「失礼します。紅茶をお注ぎ致しましょう」
再びフットマンが現れ、それぞれのカップにポットの中の紅茶を注いだ。
「「ありがとう」」
二人同時に礼を云うと、フットマンは応えて一礼した。
「そんじゃ、これより本日のスペシャルゲストのムーンシャインマスカットサンドさんの出番でーす。これ二個あるから一個ずつ食べよう」
チョコメインのβセットを完食した星葉が次のセットへと手を掛けた。
サンドウィッチの乗ったプレートをテーブルの中央に置く。
「うん、やっぱ、ムーンシャインマスカットはウマウマ~。本日の最高かな」
ムーンシャインマスカット一つ分(3カットサンドされてある)にかぶり付く星葉は大満足だ。
「私もαセット終了。ムーンシャインマスカットのそんなに美味しい?」
星葉の今にも蕩けそうな幸福感に溢れた顔を視ながら、菫青もムーンシャインマスカットホイップサンドに手を伸ばす。
「うん、超ウマウマ」
人は美味し過ぎるものに対しての語彙力(ごいりょく)が欠乏するらしい。
「もう分かったから訊かない」
菫青は自分の口で確かめることに決めた。
そして、
「うーん、ウマウマ~~サイコー」
同じ穴のムジナと化す。
時間を掛けてすべてを食べ干し、すべてを飲み干して、フットマンとドアマンに見送られて二人は「ホワイトムーン」を後にする。
「いってらっしゃいませ。お嬢様、お坊ちゃま」
「「いってきまーす」」
どちらも常套句で締めくくる。
「あれ?ねぇ、あれってばコン兄じゃない?」
サロンを出たところで、ドーム内の大通りを横切る見知った姿を視付けた。
「えっどれどれ?あっホントだ。あれ?でも一人じゃないね。誰かと一緒だ。誰だろう?」
遠目ではあるが、見覚えのある姿形は忘れるはずがない。
年齢は放れているが、双子が生まれてからずっと一緒にいるのだ。
今でも地球での住居は同じ屋根の下である。
「えっうっそ・・・まさか、こんなとこいるなんて」
兄を視付けたのも驚きであったが、そこに同行している人物にはサプライズと云えるほどの驚愕と感動に見舞われた。
「ん?どしたの?コン兄本人みたいだけど、後追う?」
立ち尽くし一点を視つめたまま動かなくなった菫青を覗き込む。
「・・・ユージン様よ。コン兄と一緒にいるなんて、本当にユージン様と知り合いだったのね、すごいわ」
感動の余り、一人別次元にトリップしてしまったようだ。
「そんじゃ、追い掛ける?」
「もちろん」
星葉の問い掛けに菫青は即答する。
「Let’s go!」
二人そろってダッシュする。
荷物が少々邪魔ではあるが、出来る限りの全力疾走で実兄達の後を追ってゆく。
月天人が地球と波動をほぼ同じ次元に合わせてから、地球にいるのと同じ行動作が可能となっている。
要するに重力差がなくなっているのである。
それでも月の方が地球より軽い。
猛ダッシュで駆け抜ける二人の前に突如として集団が現れた。
その集団は華美に装飾された衣装を身にまとわせ、音楽に合わせて踊りながら行進している。
一見、何がテーマなのか理解し難い一団に足止めを喰らう。
「いったい、なんなのよー!この集団はー?先に進めないじゃないの」
長兄の後を追う双子の行く手をはばむ謎の集団は、仲々途切れることなく後から後から着飾った参列者が続いている。
「なんかのパレードみたいだね。銀河系の色んなとこから集合した感じかな?地球人、月天人、火星人、それ以外にも多数いるね」
先に進めなくなったために、ただの見学者と化して集団観察を始める。
「もう早く通り過ぎてくれないかしら、コン兄達、見失っちゃうじゃない。きっともう、どこかへ行ってしまったわね。ユージン様・・・」
菫青の目的はあからさまだ。
最早、兄よりも憧れの存在の方が重要なのである。
「もう諦める?きっと邸に帰ればコン兄にも逢えるよ。そんときにユージンサマのこと訊けばいいんじゃね?」
慰めると云うより諦めるようにが妥当な言い回しに菫青はムッとしながらも、旅の疲れがどっと押しよせて来るのを感じていた。
「うーん・・・その方がいいのかなぁ。でも、自力で帰宅は嫌よ。ねぇ、迎えはどうなったの?」
疲労の影も濃くなりつつある菫青はうんざりする。
「分かってる。でも、まだ連絡ないから、もうちょっと待ってよ。どっかに座って休む?」
「ううん、いい、大丈夫・・・あっ!」
星葉の言葉に応えて振り返った瞬間、何かにぶつかった。
「おっと、これは失礼、お嬢さん」
「あっ、こちらこそ、ごめんなさい」
どうやら、何かは誰かであったようだ。 
「お怪我はありませんか?」
ぶつかった時に少々、よろめいた菫青を声の主が両手で支えた。
「あっ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
自分より頭一つ分は優に高い長身の男性と目が合った。
「それは好かった。では失礼しますよ」
「はい。どうもすみません」
菫青から一歩放れ、深々と会釈して、その場を立ち去ってゆく。
「・・・はぁ、なんて紳士的・・・それに、かなりイケてるメンズ」
思わぬハプニングにウットリする。
「ずい分とキザなやっちゃなー。キンギョ大丈夫?」
ほぼ放心状態の弟を覗き視る。
「だいじょう・・ぶ・・じゃないかも・・・」
魂が完全にどこかへ行ってしまっていた。
「ダメだ。こりゃ・・・」
やがてパレードが通り過ぎ、前方が開かれ視界が広がった。
「あーあ、コン兄見失ったわね。やっぱどっかに座りたい」
「そんじゃ、あそこの植え込みの前のベンチが空いてるから、そこで休もうか。迎えまだか連絡入れてみるよ」
テンションだだ下がりの菫青を気にしつつ、星葉が迎えの様子を訊くための連絡を取り始めた。
ベンチに座り菫青は目を閉じた。
地球と月の星間移動は多少なりとも疲労感を伴うことも有り得る。
特に切っ掛け一つで精神的な疲れが現れると一気に身体的疲労感につながる。
今がまさに菫青の状態がそうだった。
目の前の状況をシャットアウトすると同時に、今度は耳から聴こえてくる「音」が鮮明だった。
『やっと来てくれましたね。アナタを待っています。どうか、ワタシをここから連れ出して下さい。ワタシを早く見付けて欲しい』
「えっ・・・セイ、今なにか云った?」
問い掛けてみれば、星葉は何やら会話中だ。
「・・・」
再度、目を閉じる。
『もしかして、アナタは昨日からアタシにメッセージをくれた人なのかしら?』
『そうです。ワタシはここにいます。でも、アナタに逢いにゆくことは出来ません。ですから、アナタにワタシを救って下さい。待っています。わたしは・・・』
『・・・・・』
言葉が途中で遠のく。
菫青の意識が持たずにブラックアウトを起こしたのだ。
目の前が漆黒の闇に代わる。
近くで星葉が何か云っている声が、やたら遠くで聴いているようだ。
「あらら、キンギョくたばった。疲労ピークかな」
目の前でベンチに伏せっている菫青を眺めつつ今後を思案する。
「星葉様。お待たせさせてしまいまして申し訳ございません。菫青様は如何なされましたか?」
やっと、迎えが現れた。
「うん、ちょっと疲れたのかも知れない。このまま、家まで運んでもらえる?」
「かしこまりました。ではお連れ致しましょう。」
「あっ、アルク、荷物は僕が持つ」
「ありがとうございます。星葉様」
二人の迎えに現れたのは「夜天家」の月面の邸に従事する使用人の一人であった。
意識を失くした菫青をアルクと呼ばれた迎えの者に託し、星葉は荷物を運ぶ役目を買って出た。
月面は大小異なるクリスタルのドーム型の屋根が連なる都市である。
主に地球に面した表側に都市設計が成されている。
では裏側は、それはまた別の領域。
触れてはならない禁断の花園があるとかないとか。
クリスタルドームの屋根から視える地球は、地球から視える月よりも大きく視える。
なので月見より地球見の方が天体観測をしている気分が味わえる。
星葉が視上げたドームの外の地球はとても美しい青色をしていた。


「・・・ちゃん!キ・・・ン・・・ちゃん!キンちゃん!」
遠くで誰かが自分を呼んでいる。
「キンちゃん!」
やがて声は近くまでやって来たと思ったところの大音量に意識が一気に浮上する。
「ん・・・アレ?ここどこ?」
目蓋を開けば自分を視つめる心配気な顔がそこにあった。
「キンちゃん、よかったですの~気がついたですの~~~♡」
「ぶはっ!」
嬉しさの余り喜び勇んだ声の主が菫青の顔面に張り付いた。
貼り付けたまま菫青は上体を起こし、顔から声の主を引きはがした。
「ちょっと、コザル王女ってば苦しいよ。もう、熱烈歓迎、嬉しい~~!おうじょぉぉぉぉ!」
「キンちゃーーーん!逢いたかったですのぉ」
引きはがした物体を思いっ切り抱きしめる。
だが、その姿形は人間の体型とは異なっていた。
顔の下、首の部分には衿のようなフリル、そして、二本の手と四本の脚には指はなくツルンとしている。
顔の大きさは菫青と同じくらいで、目は大きく、鼻にあたる部分はのっぺりとしていて、おちょぼ口が愛らしい。
耳は先端がトンガリ、髪の毛はピンク色でお下げに結ばれたツイン。
頭の左右にはアンテナのような触覚が一つずつ。
彼女「コザル王女」はコザル星出身のコザル星人でもあるのだ。
そして、彼女の他にもう一人。
「キンちゃん、気が付いたニョロね。ヨカッタニョロよ」
コザル王女がもう一人、否、もう一匹?現れた。
「コザル王子!久しぶりね、元気そうで好かった」
宙を浮きながら感動の再会を喜ぶ二人の前に現れたのは、やはり姿形はコザル王女であり、顔面のパーツが異なるだけの異星人であった。
「ボクはゲンキニョロよ。キンちゃんはお疲れだったニョロね。もうダイジョウビニョロ?」
コザル王女と同型の異星人の名は「コザル王子」と云う。
「うん、アリガトウ、王子。もう、大丈夫よ。それより、セイには逢った?」
自分を労わるコザル王子に菫青が訊ねた。
コザル王子もトンガリ耳に頭には二つの触覚アンテナを持っている。
触覚アンテナは実に優良なアイテムで、テレパシーで他者とのコンタクトも可能な手段だ。
虫の知らせのような予感も感知する。
それはテレパシーのようなものなので直接思考に届く。
そのため、特定の言語は必要としない。
実に利便性に長けていた。
もちろん、地球人と話す時は必要言語を直接言葉で話しもする。
「セイチョンにも逢ったニョロよ。ドーナツの材料もらったニョロ。サーターアンダギー作ってほしいニョロって云われたニョロね」
コザル王子は地球に棲息していたことがあり、その時に地球の日本にてドーナツ修業をしたのだ。
現在のコザル王子とコザル王女は「夜天家」の月の邸に常駐している異星人の兄妹だ。
兄妹と云っても、兄のコザル王子から細胞分裂したのがコザル王女なのだ。
コザル王子もまた自分と同じ兄弟、もしくは親子の細胞分裂だったりする。
天然のクローンと云えるかも知れない。
だが、遺伝子は同じでも性格の異なる双子のように、クローンであっても個としての性格は全く違っていた。
「コザル王子、いる?」
部屋の外から顔を覗かせたのは星葉である。
「セイチョン、ボクはここにいるニョロよ。キンちゃん、目が覚めたニョロ」
「ああ、ホント?そりゃ好かった。キンギョ大丈夫?」
ベッドに上体を起こしてコザル王女と再会を喜んでいる姿にひと安心だと確信する。
「ええ、もう大丈夫、ちょっと疲れちゃっただけだから。寝たらすっかり元通り、王女にも王子にも逢えて元気が出て来たもの」
「キンちゃーん!元気になってヨカッタですの」
王女が嬉しさ全開と云った喜びを全身で表現する。
「ほんとニョロね。キンちゃんのためにオヤツつくるニョロね」
「そうそう、今から王子とサーターアンダギー作るんだ。王子、キッチン使えるよ」
「わかったニョロ、それじゃあ、キンちゃん、あとでオヤツたべてニョロね」
王子を呼びに来た星葉と共に部屋を出て行く。
「キンちゃん起きられる?」
「うん、もう大丈夫よ。そうだ、王女と一緒にやろうと思って持って来たの。シートマスク。あとで、パックタイムしましょ」
「うわぁ、うれしいですの♡キンちゃんありがとうですの~~」
実は美容に命懸けなコザル王女である。
美意識高い系の異星人なのだ。
「それよりも王女にお願いがあるの、月に来たのもね。昨日いきなりここに来るように云われたの。[私はここにいます。アナタを待っています]って感じのチャネリングをした訳なのよ。それが誰なのか知りたいの。その人がどこにいるのか一緒にさがして欲しいの」
「はい。キンちゃんの頼みなら大歓迎ですの~~~」
何よりも心の友とも云える菫青のためならば、協力はいとわないのである。
頭部の二本の触覚の先端がランプのようにピカピカと光り始めた。
「あっ、なにかハンノウしたですの」
早速、反応したアンテナにコザル王女が何かをキャッチした。
「はやっ、さすが王女・・・あっ、アタシの方も何か視えて来たよ」
菫青の右目に映り出されたヴィジョンは、人の形をした影のようだ。
影がやがて鮮明な人の姿へと変わる。
それは少女の姿をしていた。
頭のアンテナより受け取ったコザル王女の脳内にも、菫青の右目のヴィジョンと同じものが視えている。
「あなたは誰?なぜ、アタシを呼ぶの?そして、あなたはどこにいるの?教えてちょうだい!」
散々、焦らされているせいか、菫青が少しイラ付いた口調になっている。
『ワタシの名はイーシャ。ワタシは月の塔にいます。そして、ここから出ることが出来ません。どうか、ワタシを助けて下さい。ここから連れ出して・・・』
「えっ、それって、どーゆーこと?もしかして閉じ込められてたりするの?」
まさか、自分を待つ理由が救助だとは思わなかっただけに菫青は驚きを隠せない。
『はい、その通りです。ワタシは閉じ込められています。ここ月の塔にワタシはいます』
「月の塔ってどこにあるの?月には何度も来ているのに初めて聞いたわ」
少なくとも、菫青の記憶には月面ドーム内に「月の塔」なる建造物は見当たらない。
「月の塔は月の裏側にありますの。人魚族の人々が棲んでますの~~」
二人の会話を聞いていたコザル王女が口を挟む。
「月の裏側?そこって立ち入り禁止区域のはずよね」
月には地球に面した表の領域と、地球側からは視えない裏の領域がある。
コザル王女の言葉が本当であれば、禁止区域へ立ち入らねばならないことになる。
『はい、特に危険がある訳ではないのですが、見付かれば捕まってしまうかも知れません。それでも、ワタシはアナタに来て欲しいのです』
なぜ、そこまで自分を要望するのか、菫青には理解不能だ。
「アタシじゃそんなに役立つことが出来るかは分からないわ。でも、困難があればあるほど・・・萌えるわ~~~!」
なんだかんだでやる気満々だ。
「その代わり、条件が一つあるわ」
『なんなりとおっしゃって下さい』
「アタシ一人じゃ心細いからコザル王女と他にも同行者を連れてゆくわ」
横で聞いていたコザル王女が睛を輝かせた。
王女は未知なる体験や冒険が大好きなのだ。
そして、大好きな菫青と一緒にいられることが嬉しくて仕方ない。
「キンちゃんと一緒にゆくですのぉワクワクしますのぉ」
コザル王女のテンションが一気に上昇する。
『それは構いませんよ。何人でもお連れ下さい』
「そうなの?ありがとう。それじゃあ、そうさせてもらうわね。にぎやかな方が楽しめるしね」
気分はすっかりハイキングかピクニックである。
「日時は明日、セイにも云っておこう。コザル王子にも同行してもらおう。それじゃあ、また明日」
『はい、お待ちしております。』
菫青が目を閉じ、再び開くと右目の星印は消えていた。
コザル王女の頭のアンテナも色を無くしていた。
「キンちゃん、あした「人魚の国」へ向かうですの?」
ひと段落したところでコザル王女が口を開く。
「「人魚の国」ってなに?そこにイーシャが閉じ込められている月の塔があるの?」
「そうですの、月の塔はそこに建ってますの。それと「人魚の国」の人々はとっても美しくて優しい女性達ですの」
思い出しながらコザル王女が語る。
「へえ、そうなの。イーシャも人魚なのかしら?そこまでは分からなかったけど、それならなんで月の塔に閉じ込められているのかしらね」
話していて不意に疑問に思う。
「分からないですの。それと全部の人魚族に尾ヒレがある訳ではないですの。人間の姿の人魚族もいるですの」
月面には何度も訪れているのに、月の裏側の人魚の話のほとんどが初めて耳にすることばかりだった。
「月の塔は月の裏側のどこにあるのかしらね」
いくら月が地球より小さいと云っても人の大きさからすれば広大である。
裏側へ向かってもすぐには見付かるものではないだろう。
「月の塔は「人魚の森」の中にあるですの」
また、聞き慣れない言葉が出て来る。
「「人魚の森」?人魚なのに森に棲んでいるの?不思議ね。海ではないのね」
森の中にある塔と、森にいる(泳ぐ)人魚?なんともファンタジーなシチュエーションである。
「地球の海と森が一緒にあるのですの。とてもキレイでとてもフシギなところですの。アタシはとっても好きですの」
「王女がそこまでゆうのなら、そこがどんなところなのか、この目で確かめてみたいわ。明日が楽しみね」
「はいですの」
もう完全に二人の思考は「人魚の国」へと飛んでいた。
実際の状態を知っているコザル王女の思考が、菫青の脳裡に伝わり右目の星が金色に輝いている。
右目に映るフォログラフィには不思議な光景が広がっていた。
全体が緑色の景色は森の中にいるようだった。
しかし、緑の森の中に漂っているのは、地球では海にいる生物達である。
海月や熱帯魚のカラフルな彩りと森の緑が妙にマッチしている。
その中には森に羽ばたく蝶の群れもいる。
そして、森の海を漂う人魚達が優雅に尾ヒレをヒラヒラとさせていた。
「今、視えているのが「人魚の国」の姿なのかしら、森と海が一緒になっている感じなのね」
「はい、そうですの。「人魚の国」は海と森が同じ空間にありますの。そこに人魚族が棲んでますの、アタシもお兄さまも彼女達が大好きですの」
両手を口に当て「ふふふ」と笑うコザル王女は夢視る乙女そのものだ。
「そうなんだ。明日が楽しみね。それじゃあ、今日はもう止めにしてリラックスタイムにしましょうか」
「はいですの」
ある種のチャネリング状態から脱して、二人はそれぞれバスタイムの後、再び菫青の部屋へと集合していた。
「もう、本当に急に月に往くから準備もバタバタしちゃって、王女にお土産選んでる余裕もなかったの、ゴメンネ、王女。その代わりに美容グッズいっぱい持って来たから一緒に使いましょ」
「わー♡ありがとう、キンちゃん。大好きー!アタシ、とってもウレシイですのぉ」
大好きな菫青と一緒にいられることが何より嬉しいのだ。
月にある「夜天家」の邸は広大なので、普段は使用人のオリオン三兄弟とコザル王子、コザル王女など数人が常駐しているだけなので、普段は静かで淋しい限りなのだ。
オリオン三兄弟の一人が迎えに来た使用人である。
・アルニタク/ゼータ星より、この月面にやって来た。彼もまた、異星界人である。
呼び名は「アルク」である。
色素の淡い青色の頭髪と同じアイスブルーの睛が特徴だ。
「そう云えば、コン兄はこっちに来てるのかしら?コザル王女はコン兄と逢った?」
シートマスクに顔面を被われた二人が室内のソファに並んで腰掛けている。
「コンちゃんは何日か前に帰宅してたですの。コンちゃんと一緒に月の貴公子もやって来ましたの」
「え!?なんですって、ユージン様が来たの?ここに?コン兄と?」
思わぬ王女の返答に立ち上がり叫びにも近い大声を上げてしまう。
「はいですの、コンちゃんが来た日に月の貴公子も一緒にいらっしゃいましたの。コンちゃんが月にいる間は月の貴公子も滞在してますの」
コザル王女の告白は菫青にとっては寝耳に水である。
「えー、なにそれぇ、アタシ全然知らないことばかりだわ、それじゃあ、今もうちにいるってこと?」
シートマスクを顔に貼り付けたままの会話はしゃべりずらい。
「はい、おりますの・・・」
「そう・・・」
「「・・・・」」
それから15分間は無言でジッとしている二人だった。
「うわぁ、オハダ、モチッモチッツルッツルッですの。キンちゃん、アリガトウですの」
シートを顔からはがし、肌質がグンッと上がった自分の顔を両手で触った感触が明らかに違う。
「ふふふっそうでしょ、やっぱ違うわよね。室温管理されている月面ドーム内でも乾燥しているから、必須よね」
ホームウェアに着替えてすっかりリラックスモードに突入している。
「はい、そうですの。キンちゃんが月面に来てくれると、地球のモノがたくさんためせるからタノシイですのぉ」
シートに残ったローションを顔以外の手脚にも塗布する。
「ウンウン、そうでしょそうでしょ!でも、今回は本当に急だったものだから、あっそうだ!これから、通販でお買物しましょうか。王女も欲しいものあったら云ってね」
菫青の言葉に宙へ舞い上がってコザル王女は狂喜乱舞していた。
「うわぁ~い。キンちゃん大好き!ウレシイですのぉ」
異星人と男の娘、二人の奇妙な女子会はまだまだ続く。

部屋全体に映し出された数々のアイテムと、きらびやかなヴィジョンに睛の中の星がキラキラと光り輝いている。
「どれもみんなステキですの。あのピンクの頭ものもカワイイですの」
コザル王女はキレイなものや、可愛いもの、キラキラと光沢のあるものが大好きなのだ。
「白いレースとピンク色のリボンコーデが王女に似合うわね。このヘッドドレスにする?」
「はいですの。キンちゃんは?ゴシックなら白黒か黒かしら?」
菫青がゴスロリを好むことはコザル王女も周知している。
「うん、色違いで王女とおそろにしようかしら。王女はどう思う?」
「ステキですの。キンちゃんとおそろいウレシイですの」
映し出されたアイテムを手に持ったモニターでポチってゆく。
地球に本社がある通販会社には月面にも大型倉庫があり、地球で製造された商品を月でも注文可能にするべく常備しているのだ。
それから、他にも美容やらファッションアイテムをポチリながら、二人の女子会はテンションもアゲアゲに続いてゆくのであった。

「あっ、そうだ、忘れるとこだった。セイとコザル王子に明日のこと云っておかないと」
女子会も終わり就寝しようとベッドにもぐり込んだ瞬間に思い出した。
「キンちゃん?どうしたですの」
同じベッドで眠ろうとしていたコザル王女が訊ねる。
「王女は寝ててね。明日のことセイ達に伝えて来るわね。おやすみ」
「はいですの。おやすみなさいですの」
菫青がベッドから下り立つ姿を見送り、コザル王女は目を閉じた。
部屋を出ると菫青は星葉の部屋へと向かう。
「セイ、いる?」
ノックをして返事を聞く前に扉を開ける。
「ああ、キンギョ、どうかした?」
「キンちゃん、サーターアンダギーできたニョロよ。たべるニョロ?」
星葉の部屋にはコザル王子が一緒にいた。
「うん、明日、月の裏側の「人魚の国」に往くから、オヤツもその時に持ってゆくわ」
「えっ、月の裏側?明日って急だね」
その言葉を聞いて「どの口が云うか?」と心の中で思いつつ。
「ええ、急に月に連れて来られたくらいにはね。それで明日はセイとコザル王子も一緒に来て欲しいの」
彼らが座る向かい側のソファに腰かける。
「ボクもニョロ?月の裏側には人魚族がいるニョロね」
コザル王子がサーターアンダギーを食べながら菫青に応える。
「ええ、それは王女から聞いたわ。人魚の森にある月の塔に囚われているイーシャを助け出したいの。だから二人にも協力して欲しいのよ」
「そう云えば、アルクトゥルスの師匠に云われた月へ往けってのは、このことだったのかね。うん、いーよー。月の裏の塔?いこいこ」
なんとも軽いノリの星葉に、拍子抜けしつつホッと胸を撫で下ろす。
「あっ、ねぇ、それよりも、コン兄と逢った?ユージン様もうちにいるらしいんだけど、ホントかしら?」
コザル王女の話では長兄と月の貴公子がこの邸に来ているとのことだった。
「僕は今日来たばかりで、王子とオヤツ作りしてて気付かなかったけど?王子はコン兄達と逢った?」
星葉がここへ来てからの記憶を探る。
王子とキッチンでオヤツ制作に没頭していたからか、長兄にも月の貴公子にも面会した覚えはない。
「コンちゃんは三日前に来たニョロよ。その時いっしょにユーちゃんもいたニョロね」
「「ユーちゃん!!」」
さすが双子と云う訳でもなく、只々、驚いた二人は同時にハモった。
「コン兄は仕事以外に何か用があったのかしらね」
「うん、気になるけど、明日は月の塔へ往かねばだから、僕達のやるべきことをしてからコン兄の方はそれからにしよう」
「うん、分かったわ。おやすみ」
たまには兄らしい言動も出ることもある。
なんとなく諭された菫青は納得する。
「おやすみニョロね」
「おやすみ。三兄弟にも話しておくよ。誰か同行してくれると助かるよね」
「ええ、お願いするわ」
コザル王子と星葉に後のことは頼むとして、自室に戻ることにした。
部屋に戻るとコザル王女はすでに夢の中にいた。
起こさないようにそっと隣りにもぐり込むと目を閉じた。
「地球―月」間移動での疲れが残っている菫青も秒で眠りの底へとたどり着く。

目覚めれば冒険の始まりが待っている。


第三章 「沈まぬ月の都」 完了


第四章 「楽園の向こう側」へつづく


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