アフターエンド

外来意志研究センターは上潮(カドウシオ)博士が生前に創設したカド研究所の後継施設で
元々は芹沢博士が発明した「記憶を有する金属」や「記憶をエネルギーに変換する液体」等
特に世界バランスを揺るがす「芹沢ナンバーズ」を補完、研究する機関であったが
一羽のペンギンが起こしたあの事件以後はナンバーズの脅威度は著しく下がり
現在は芹沢ナンバーズ絡みの事件に付随した「外宇宙から来た意志を持つ青い石」に特化した研究、観察を行っている
研究センターの現在の主な役割は目下宇宙から飛来したとされる1辺10cm程度の金色の箱を目視する事だった
簡素な作りの真っ白い部屋の真ん中で箱は光を放ち続けてる
それを一人の黒いスーツの中年男性と白衣の若い女性が部屋の端で立ったまま見ている
「何かわかったか?上博士?」黒いスーツを着た短髪の中年男性は
白衣の女性、上梓(カドアズサ)博士に話しかけると
上博士は分厚い眼鏡のレンズを左手でくいっと上げると
「ずっと光ってるようにものすごい速度で明滅を繰り返してまして
それが一定間隔じゃないってとこまではわかっています」と答えた
上梓博士は上潮博士の孫である、と言っても血は繋がっていない
潮博士の息子の上司(カドツカサ)が両親を事故で亡くしてしまった梓を養子にしたのだった
父の司は研究には全く興味が無かったが娘の梓は祖父の研究に興味を持ち
そのままここ外来研究センターで研究をする立場になった
「ランダムに点滅しているという事か?」と黒いスーツの中年男性は梓博士に問う
「いえ、ある程度の周期でリピートを繰り返しています。恐らくこの1フレーズに何らかの意味があるかと」
「その根拠は?」と聞かれると梓博士は分厚い眼鏡のレンズを左手でくいっと上げると
「ありません、勘です」と四角い箱をまっすぐ見ながら即答した
黒スーツの男谷村は言われた事の意味をかみ砕くのにすこし時間をかけてから
「勘と言ったのか?この研究所にはそれなりの助成金を払っているんだぞ?」と梓博士にイライラしながら言った
本来こういった研究機関は文部科学省の所轄機関である事がほとんどだが
ここ外来意志研究センターは環境省の所轄研究所だった
谷村は環境省の研究セクションの課長、つまりこのセンターのパトロンである
その谷村の意には介せず梓博士は「勘と言っても経験則に基づく物ですよ
あなたよりは私の方が世界のイレギュラーには対応しているつもりです
まぁペンギンさんやにわとりさん、あるいはアリクイさんがいればもうちょっと
明確な助言も頂けて勘も確信に変わるんですけどね」と答えた
「どうにも的を射んな、何が言いたい?」
「つまり協力が必要なんですよ」
「協力?なんのだ?」
「だから、勘を確信に変える為のですよ」
「君はいつも回りくどいな」
「父に似たのかもしれないですね、だから根回しには長けていましたけど」
「…………それでどんな根拠でどんなメンバーを集めればいい?」
「おそらくこの光の点滅は二進数なんですよオンが1でオフが0」
「数学者が必要という事か?」
「いえ数学者も必要ですが言語学者も必要かと、おそらくこれはメッセージなんですよ
だからどんな言語体系であるとかの考察の必要性が出て来るはず」
「それは勘か?」
「そうですね、ただある程度の根拠もありますよ、このキューブって地表に出る形で埋まってたんですよね」
「そうだな人里離れた山奥の車道でたまたま通りかかった農家が見つけた時には半分くらいアスファルトに埋まった状態だったそうだ」
「かと言って空中から飛来した様子は観測されてないわけですよね?」
「あぁ当日の上空の目撃証言は一切ないらしいが、それが君の根拠と関係あるのか?」
「この金属こう見えて相当な硬度と質量を有しているんですが宇宙から降って来た場合アスファルトなんか余裕で貫くはずなんですよ
って事は跳躍してきたんじゃないかと思うんです、このタイミングで発見者に見つけてもらう為に」
「何のために?」
「もちろん、見つけてもらう為ですよ。私はこのキューブは宇宙からの何らかのメッセージだと思ってるんですよ」
「何故そう思う」
「例えばこの発光が二進法だとしてですよ、二進法ですよ?地球の技術に翻訳してくれてるわけじゃないですか」
「なるほどつまり二進法の解析及びその解析した文章の解析が必要だと」
「ええ、ただ言語学者は必要ない気がしますけどね」
「何故だ?」
「日本で見つかったんですよ?日本語のはずですから」
「それは勘か?」と谷村が聞くと
梓博士は分厚い眼鏡のレンズを左手でくいっと上げると「えぇ、勘です」と答えた

後日同室に二人の学者が派遣された正しくは二羽の鳥である
「どうして君達が?」と梓博士は二人に聞いた
梓博士は二人の事を良く知っていた
一人はアデリーペンギンを縦に2倍横に4倍に引き延ばしたような白黒のペンギン
「プログラム分野に明るい数学者が必要って聞いたから僕が来た」
一人はペンギンよりさらに一回り大きい円筒にちょこんと赤い突起が乗っているまっ白いニワトリ
「必要なさそうだけど言語学者を連れてこいって言われたんで俺が来た」
「これは予想外だわ、久しぶりねセンター長にひよこくん」と梓博士はそれに答える
ペンギンはかつて雛鳥だった時にある機関のセンター長という立場だった為に
そのままセンター長と呼ばれていた
ニワトリの方はその頃にまだ雛鳥だったのでそのままひよこと呼ばれていた
その当時は別のペンギンとニワトリがいたためにその呼び方になりそのまま定着してしまったのだ
「まぁ僕もうセンター長ではないんだけどね」
「誰が雛鳥だ」と二人は否定するが慣れているのでそのままにしている。
「それで本題なんだけど」
「うん解析出来たよ、思ったより簡単だった」とセンター長はディスクを取り出す
「えっなにこれ?」と梓博士は見た事がない黒いディスクを受け取った
「噺には聞いてたけど俺も初めて見たよフロッピーディスク」とひよこは相槌を打つ
「昔の記録媒体ってこと?なんでわざわざこれに?」と梓博士が問うと
「キューブの光の波長が二進数である事はすぐにわかってなんらかのプログラムである事はすぐにわかったんだけど
なぜかその数列を保存しようとすると保存出来なくて色々なメディアで保存を試したら何故かフロッピーだけは保存出来たんだ
僕には意図は良く分からないけどそういうプログラムみたいだ」とセンター長は答えた
「それでどんなプログラムなの?」
「それは俺が答えよう、表示されたのは日本語の文章だった文章というよりこれは」
「これは?」
「日記だな」
「日記?」
「もしくは遺書、まぁ俺にはその意図はわからないがとにかく読んでみてくれ」と言いにひよこは梓博士に
解析した文章をプリントアウトをした物を梓博士に手渡した

まず地球のみなさん初めまして
この様な形でごあいさつさせて頂く事大変心苦しいのですが
まずは私が侵略の様な意図でこれを送ったわけではないという事をお伝えさせてください

私はあなたの星から遠く遠く離れたある星の話を伝える為にこのキューブを送りました
星の名はソノス、地球に似た肥沃な大地に住む人間の様な種族と多種多様な動物が生きていました
私はこの人々が付けたソノスという名前をとても気に入っています

私はソノスの上に生きる人々や動物達をとても気に入っていました
そこで私はソノスの人々へ友好の証としてある生物を送りました
地球で言えば白い文鳥のような生命体、縦長の楕円の体にピンクの嘴と足がついた生き物で
攻撃性はなく人々にも従順な生き物でした
新種の生命を見つけたソノス人の学者はこの種族をフィンブレと名付けました
フィンブレは人懐こく鳥ではありますが飛ぶ事は無いのでソノス人はフィンブレを飼育しはじめました

そこまでは良かったのですがそこから私の想定とは違う事が起こりました
ソノス人はフィンブレを大型の食用肉として食べ始めたのです
人に従順なフィンブレはどんどんソノス人の食卓を占めて行きました

私は大変その事を悲しみましたがそれでもソノスの人々の選択を尊重しました
ここで更に私の想定とは違った事が起こりました
ソノス人の文明は大きく発達し続けてその代わりに惑星の大気は汚染されていました
私が遣わしたフィンブレはその大気を浄化する機能を持っていました
これは全くの偶然でした人々が作った大気汚染と私の作ったフィンブレがたまたま噛み合った結果でした
ソノスの人々がその事に気付き始めた頃にはもう手遅れでした

効率よく生産するために遺伝子を操作されたフィンブルは何故か雄しか生まれなくなって行きました
つまりフィンブルは絶滅に向かっていた、ソノスの学者はその事を広めようとしましたが
ソノスの権力者達は滅びに向かっているフィンブルの肉を高価で買い始め滅びは加速して行きました
私にはこれをどうにかする力はもう残されていなくてただそれを見る事しか出来ませんでした
フィンブルが最後の1羽になった時にそれは起こりました

ソノスの汚染された大気があらゆる生命に襲い掛かり
あらゆる生命はその日に消滅しました、大気に耐性のある1羽のフィンブルを除いて。

残されたフィンブルは状況が理解できませんでした
急に星の上に残された彼はうろうろと彷徨いますが
友達だと思っていた人々がいなくなってしまったので
何年も何年も彷徨いました
幸か不幸かフィンブルは光さえあれば長い年月を生きる事が出来ます
彼はこの星の人類が残した建物を探索したり
人々が生きていた文化の真似事をしてみたり
遠くの街へ歩いてはまた同じ事を繰り返しましたが
彼の思う友人はどこにもいません

彼が最後に辿り着いた小さな集落の家の中で
彼は奇妙な物を見つけました
それは小さな木の様なオブジェ
地球にあるブロッコリーという植物と似ているそれを手に取り
フィンブルは高くかかげました
この星の生物は全て滅び、それは植物も例外ではありませんでした
何年も何年も歩き彷徨い、彼はついにこの星で久々に植物に出会ったのです

彼の旅路の最後に訪れた集落は
この星の人類の天才が住んでいました
彼はいち早くこの星の異変に気付き星からの脱出を考えていました
そこで奇妙な植物の呼吸に着目しある装置として培養しました
植物の呼吸はフィンブルの循環機能に触れると一度だけ活性化し
その植物が生きる事の出来る環境までワープするという装置でした

植物を掲げたフィンブルは青い粒子に包まれ
やがて植物ごとこの星から消えました

私の唯一の懸念が消えましたこれで安心して滅ぶ事が出来ます
さて地球のみなさんあなたたちにお願いがあります
一方的なお願いだとは思いますがどうかフィンブルに優しくしてあげてください
彼はあなたたちを友人だと思うはずです
対価というわけではありませんがこのキューブを親愛の証として送ります
私は

「どういう事?途中で切れてるけど?」と梓がプリントされた文章を訝しげに見ていると
「僕は解析を頼まれただけだから」とセンター長が答える
「だから言ったろ遺書だって」とひよこが答える
「でも、文面通りに読むとこの星って全ての生命が滅んだんでしょ?誰の遺書なの?」と梓がひよこに向きながら聞くと
「もう一人名前が出てるだろ?」とぶっきらぼうに返した

遡る事10数年前
ほとんど草木で覆われた土地に細い一本道が伸びて夜の闇で覆われている中
一羽の白い文鳥がブロッコリーを上に掲げてブロッコリー越しに月の光を見ている
「なぁあんた何してんだ?」とその後ろから声をかける者がいる
それはアデリーペンギンを縦に2倍横に4倍に引き延ばしたような白黒のペンギンだった
文鳥は聞こえているのかいないのかブロッコリーをかかげ月を見ている
「ブロッコリーが好きなのか?好みってやつは色々あるな」とペンギンは言い一緒に月を見上げている
それからしばらくして月の数センチ横でオレンジ色の流れ星が見えた
「流れ星か、随分でかいな。理屈は良くわからんが願い事が叶うって聞いたぞ」と文鳥に話しかける
そして「そうだ」と言うと文鳥の手を引っ張って歩き始める
「この先に美味い飯を食わしてくれる仲間がいるんだ、お前も来いよ」と細い道を歩き始める
月光の下、細い路地を二羽の影が歩いていきやがてその姿は小さくなって消えた

私は惑星ソノス
今しがた滅んでしまった星だけど
どうやら私の最後の願いは叶ったようだ

研究室の端でぼんやりと光りながら回転するキューブを見つめ
梓博士は途方に暮れる「星の遺書、スケールが大きすぎるわ」
「まぁ文面を信じるならこのキューブにも何か秘密があるはずだが今わかるのはこんなとこだな」とひよこは言う
「僕らの世代で解析出来るかもわからないし今日はこんなとこかな?ところで良いの梓?」とセンター長に言われた梓は
「良いって何が?」
「今日3月16日でしょ?」
「えっそうなの?まずいわ、お父さんの誕生日じゃない、忘れてたなんて知られたら拗ねるわあの人」

都内のある公園前に
週に2度くらい気まぐれに開かれるおでんの屋台がある
そこで一人のスーツ姿の中年男性が店主のペリカンと話している
「上司さん飲み過ぎじゃないっすか?」とペリカンは中年男性に話しかけると
「まだ3杯だろ?」とぶっきらぼうに答える、上梓博士の父。上司(かどつかさ)その人だ
「いやもう7は飲んでるっすよ元々そんな酒強くないんすから」
「今日は俺の誕生日なんだぞ」
「いやそれ飲んでいい理由にはなんないっすから…」
「いいんだよ、それよりトマトとしめじそれからがんも」と上司が注文をしようとした時に
彼の携帯電話が鳴る
「なんだ梓か?誕生日?覚えてたのか?ほんとは忘れてたろ?」と上司の矛先は電話の相手に変わったので
ほっとしたペリカンはふと空を見上げるとかつて上司と同じく常連だったペンギンの影を見た気がしたが
それも一瞬だったので見間違いかなと思い食材に目を戻す
どうやら目の前の電話のやりとりで客が3人増えるので忙しくなりそうな事がわかりやれやれだと思いながら出来る仕込みを始める

屋台の上空で二つの影が空をかすめて行く
一つはセンター長にそっくりなアデリーペンギンの影
一つはミナミコアリクイの影
「いいんですか?ペンギンさん上司さんに声かけなくて」
「いいんだよ、俺が生きてる事を知るとまだ迷惑がかかるしな」
「そうですか、まぁあの人拗ねてそうですしね」
「まぁそれはどっちでもいいけどな、まぁとりあえず」と一呼吸を置き
「この世界を救ってからだな」と言い二つの影は上空を飛んで行きやがてプツリと消えた

あとがき:上司の誕生日が知りたいというマシュマロが多かったので
雑に書いた二次創作です。

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