食べたかったマカロニグラタン
先日、長男が通う幼稚園でクリスマス会があった。
毎年その日は特別な給食メニューが出る。今年はケーキに可愛い動物の焼き菓子がついていたそうだ。
長男は「僕はトラのお菓子ついてた!」と嬉しそうに話してくれた。
その日の夕方、ちょうど次男の保育園のお迎えに行っている時間に、着信履歴がスマホに入っていた。ーー幼稚園からだ。私はドキリとした。
幼稚園からの電話というのは、たいてい何か忘れ物をしたとか、帰る前に遊んでどこかぶつけたなど、マイナスな連絡しか来た事がない。ーー何かあったのだろうかと心配になる。リビングの畳スペースに寝転がって動画を観ている長男を見た。
「幼稚園から電話来てたんやけど、何か連絡することあった?」
「んーん、なにもないよ」
他人事のようにすげない返答が返ってくる。そんなに重要なことではないのだろう。私は夕食の準備があったので、いつ電話がかかってきても良いように着信音のマナーモードを解除だけして手元に置いていた。
今日の夜ご飯は先日長男が給食で出て美味しかったと言っていた、こんにゃく入りの炊き込みご飯である。これに揚げ物と汁物をプラスすれば完成だ。
おかずを揚げている時、カウンターキッチンの向こうで、長男が声を上げた。
「マカロニグラタン!」
「え?」
「マカロニグラタン作って!」
急になにを言い出すのだ。「今日は炊き込みご飯やで。長男くんがこないだ作って欲しいって言ってた」
「そっか」
長男はそれ以上何も言わずに、再びタブレットに視線を向けた。
ちょうど、夕食の準備ができた頃、スマホの着信音が鳴った。画面に幼稚園の名前が表示されている。私は通話ボタンを押すと、応対しながらキッチンからリビングへと移動した。
「すいませんお忙しいのに」
一通り挨拶を済ませた後、先生がそう切り出した。
「実は、今日給食でマカロニグラタンが出たんです」
「はい」
「長男くん、それがすごく美味しかったみたいで、おかわりしようとしたんですね。だけどもう残ってなくて」
「はぁ…」
「それがとても悲しかったみたいで、ロッカーの中でちょっと泣いてしまっていたんです」
「ええっ!?」
先生曰く、他のクラスにも残ってないか見に行ったそうなのだが、どこもマカロニグラタンは人気で、残っていなかったそうなのだ。
長男は、とにかく野菜が嫌いである。その中で、おかわりができる数少ない献立がマカロニグラタンなのだった。その美味しかったマカロニグラタンがおかわりできなくて、相当なショックだったようだ。
幼稚園の小さなロッカーに縮こまって泣いている長男の姿を思い浮かべて、私の目にも涙が溜まる。
「なので、私が長男くんに、『じゃあ、おうちで作ってもらえるように、先生がお母さんにお電話するね』って約束したんです」
「あっ」
先生のその言葉にハッと気がついた。さっき長男が私に投げかけた言葉を。
「さっき、長男が『グラタン作って』って言ってました! そのことかぁ」
「それです! ちゃんとお伝えしておきたくて」
特別な日の、大好きなマカロニグラタン。きっと、長男にとっては、特別だったのだ。そう思うと、知らず涙が溢れる。
「わかりました、今度作りますね。お忙しいのにありがとうございました」
通話を切った私は、ティッシュで涙を拭い長男に笑顔を向ける。
「先生がマカロニグラタン作ってあげて欲しいって言ってたよ」
「あ、そうそう! 先生でんわするって言ってた!」
長男は、笑顔でそう言った。「こんど作って!」
「わかったよ」
数日後、私は約束通りマカロニグラタンを作る。
子どもの喜ぶ顔を思い浮かべながら。
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