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『カメレオンのための音楽』トルーマン・カポーティ

Pardon, monsieur. 失礼ですが、人生は暗い夜のほたるの光です。冬に野牛の吐く息です。それは草原をさっとかすめ、日没には姿を消してしまう小さな影なのです。

どこへ旅したと自慢して、それがなにになりましょう。それを競うのも愚かしいことです。どこであれ、汝のくつろげるところこそ汝の王国なのですから。

おとこは凝った細工の銀の杖で床をコツコツと叩くと、ひとつだけ旅の思い出話しをしてくれました。

マルティニーク(この島はかつて画家のゴーギャンの持ち物だったとか)では、クレオールの老嬢がピアノを弾くと、赤や緑や紫のカメレオンが集まってまいります。そうして、床の上にモーツァルトの手書きの楽譜よろしく並ぶのです。

みんな、黙り込んでしまいました。これまでそんな旅はしたことがなかったからです。みんな、きっといつか、そんな旅をしようと心に決めたのでした。

グラスを持った手をあんまり強く回したので、あちらこちらでカラカラと氷が音を立てました。

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