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『わたしが・棄てた・女』遠藤周作

ぼくは、自分の気持に確証を与えるために、屋上の手すりに靠れて、黄昏の街を見つめた。……そこには、数えきれない生活と人生がある。

その数えきれない人生の中で、ぼくのミツにしたようなことは、男なら誰だって一度は経験することだ。

ぼくだけではない筈だ。しかし……しかし、この寂しさは、一体どこから来るのだろう。

ぼくには今、小さいが手がたい幸福がある。その幸福を、ぼくはミツとの記憶のために、棄てようとは思わない。

もし、ミツがぼくになにか教えたとするならば、それは、ぼくらの人生をたった一度でも横切るものは、

そこに消すことのできぬ痕跡を残すということなのか。寂しさは、その痕跡からくるのだろうか。

そして亦、もし、この修道女が信じている、神というものが本当にあるならば、

神はそうした痕跡を通して、ぼくらに話しかけるのか。


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