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千葉文学賞・大賞受賞に寄せて     ー『おばーのゲルニカ』ー 鳥光 宏

2020年7月15日 千葉文学賞・盾

 小説を書くのは木の彫刻を掘るのに似ていると思う。

「これだ!」と思う素材を探しに森に行き、何日も何日も薄暗い森の中を彷徨い歩く。彫刻家は、とうとう疲れ果ててしまい、絶望感にひざを折り、大木に寄りかかって、「もうだめだ」と呟き、暫くの間茫然と時を過ごす。

 どれほど時が経っただろうか。ふと気が付くと、自分の頬が妙に濡れている。「涙?」いや違う、何気なく見上げると自分の寄りかかっていた大木から滴り落ちる朝露だった。するとどこからともなく声がする。

「俺の手足の好きなところをお前にくれてやる。お前のこれまでの人生をそこに注ぎ込め!」。

 男は驚きと共にその声に引き上げられるかのようにして、自分の心をもう一度鼓舞して立ち上がる。神託にも似た木霊の声を心に刻み、男は大木から伸びる太い一枝を切り落とし、それを背負って家路を急いだ。そして、男は心を鎮め、天からの声を己の魂をノミに託し、全身全霊を込めて第一刀を打ち込んだ。


 さて、作家は彫刻家に似ていると先述したのだが、では、その違いはと言えば、小説家は、素材探しのためにわざわざ森に行かずとも、生きていることそのものが自己体験であり、小説の素材になるのだと私は思っている。さらに言えば、人生そのものがドラマであり、小説以上に面白いことに気が付くことになる。そして、そのドラマを書き上げることが、生を受けたことへの恩返しになるのかもしれない。

 今回、この栄えある大賞をいただいて様々な思いがある中で、先述の彫刻家の話を踏まえながら三つのことをお伝えしたいと思います。

 一つ目は「継続は力なり」というあまりにもよく耳にする言葉です。しかし、人は分かっていながらついつい継続することが出来ないことは皆が承知のことだと思います。私は現在、予備校、大学の教壇に立つ毎日を送っています。そうした中で、私も含め、教師というものは、学生にはあれこれ言いながら、自分自身はどうなのだろうかと反省する毎日が多いのではないかと思うのです。私自身、さほど模範になるような教師ではないのですが、それでも、「小説家と胸を張って言えるような賞を獲ろう」と決めた以上、毎年一つのけじめをつけようと思い、千葉文学賞に応募させていただいて参りました。その間には随筆部門でファイナリストになったり、小説で審査に残していただいたりはしながらも、一等賞を獲ることが出来ず、その難しさを十分に知りました。「いつになったら空が晴れるのかな?」そんな気持ちを毎年振り払いながら手にした一等賞は、梅雨明け空に出て来た輝く太陽のようにまぶしく光っています。これからは、「継続は力なり」の実証を果たした大人として、胸を張ってその格言を伝えられそうです。

 さて二つ目は、先述の彫刻家の耳にこだました「天からの声」についてお話したいと思います。私は、沖縄で過ごした九年間の想いを、様々な体験の中で、どうしてもゲルニカに託したいと思い続けてきました。今回、千葉文学賞の作品は純文学という、小説の世界では直球勝負にあたるものを書き上げて自分を試してみようと心に決めていましたが、どう形にしていこうかと迷っていました。そうしたある日、書棚の整理をしていると、ゲルニカの絵葉書がハラリと落ちてきたのです。すると、しばらく忘れかけていたあのゲルニカが、「おい、俺を書けよ」と言った気がしたのです。しかし、何をどう書いたらいいものか悩んでいました。そんなある日、城の崎温泉に行く機会があり、そこの文学館に立ち寄ったのです。そこで志賀直哉の「城の崎にて」の中に出て来る名文が書かれた大きなパネルに出会ったのでした。すると、心に「ドン!」と何かが突き刺さり、その文字がにこやかに微笑みながら、純文学・私小説の神様、志賀直哉の声となり、「君は私小説を書きなさいよ」と背中を押してくれたような気がしたのです。「そうだ、沖縄での人生を辿ってみよう」私は、そう心に決めて城の崎を後にしました。家に帰り、来る日も来る日も例のゲルニカの絵葉書を眺めていました。すると、数日が過ぎたある日の夕暮れ時に、今回の作品、「おばーのゲルニカ」の書き出しとなる「昔、リンゴの色は黒だった」というフレーズが天から降りて来たのです。私はこれまで、古文の講義の中で「古代の人々は絵や動画が無い分、文字を駆使して読み手に色彩を想像させたんだよ」と繰り返し学生に伝えてきました。「そうだ、自分自身が、日本古典で使われている『色彩をうまく文字で表現する手法』を使ってこの作品を書き上げてみよう」そう決断したのです。すると、「ああ、これは天が与えてくれる一等賞なのかもしれないな」と思えてきて、取り付かれたようにこの作品を書きあげることが出来ました。「天の声」などというと気違いじみて聴こえるのかもしれません。しかし、実際チャンスは世の中に常に流れていて、それを掴むのは自分自身の研ぎ澄まされた感覚なのではないだろうかと私は思っているのです。

 最後に、「縁」ということばについてお話したいと思います。今回の題材は沖縄を舞台にしています。幼い頃、電気・ガス・水道が止められてしまうような貧しい家に育った私が、沖縄に行ったことで人生が大きく変わりました。「沖縄がいつも僕を見守り、助けてくれる」そう思って人生をコツコツと歩いてきました。こうした沖縄との大きなが私の想いの中には常に息づいています。そして、沖縄から帰ってきた私が一番最初に住んだのが千葉県市川市で、その後、船橋市に移り、現在は松戸市に十五年ほど住んでいます。実は、私の姓「鳥光」は船橋辺りが地元であると聞いたことがあるのです。きっと、私の魂の何かが、そうした縁に引き寄せられて、この千葉の地で文学賞をいただくを作ってくれたのではないかとも思っております。
 今回の受賞をさらなる精進の糧にして、文学の持つ責任を果たしてゆきたいと思います。これからも、皆様の応援に応えられるよう作品を世に送り出してゆこうと思います。
 この度は、私の作品をご高覧いただきまして誠にありがとうございました。
               2020年 7月15日  鳥光 宏

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この15年、東南アジアの貧困地域の教育活動をしています。学習支援のサイトを構築しています。ご支援を宜しくお願いします!!https://eizoulibrary.com