宮本むなし

関東育ちの二人によるお笑いコンビ令和ロマンがラジオで、大阪に仕事で行った際にご飯を食べたという定食屋「宮本むなし」の話をしており、その店名でひと笑いしていた。面白い店名の由来を二人がその場で調べ、その内容にまたひと笑いしていた。その会話で初めて宮本むなしの由来を知った。

宮本むなし、関西を中心に展開する定食屋チェーン。だと思っている。大学時代、最寄りである石橋駅の改札を出てすぐのところに宮本むなしはあった。商店街のちょうど中腹、かつ十字路のちょうどそばになっているその立地、ショーケースの中にあるてかてかの蝋の食品サンプルからにじみ出るチェーンの定食屋としての風格、その安心感から「ご飯を食べたいけどそんなに考えたくもない」状態の人間が自然と吸い込まれやすいようになっていた。自分は食事の選択に対してかなり意識が高いという自覚があり、明確な意思を以て「今日の夜飯はここ」と決めて食べることが多く、それは一人の時でも集団の時でも自分の意見を主張しやすい空間であれば飯の選択において主導権を握るタイプなのだが、その意思を以て宮本むなしに吸い込まれていた。理由は安くて白米をたくさん食べられるからである。やよい軒を完全に意識したご飯おかわり自由スタイル、関西でやよい軒に触れずに生きてきた人は男性ブランコの旅館のネタで「創業以来継ぎ足しのしゃも水」ときいたとき、宮本むなしのクソデカジャーエリアをイメージするのだろうか。ちなみに自分もそうだった。やよい軒のことを言ってるというのは頭でわかっているものの、ご飯おかわり自由で結び付けられる"場"としては宮本むなし、もとい宮本むなし阪急石橋駅前店のあのY字型の座席配置のYの股部分を想起する。人生においてやよい軒より宮本むなしにお世話になっているからだ。

石橋のスーパーでのバイト終わり、22時の閉店までのシフトの時は同僚である鵜川や藤本さんと「飯行きましょう」と言って石橋のチェーン飯屋によく繰り出していた。みんな酒も好きなのに飲むことはせず、安めのご飯で外食というイベントを成立させようという貧乏学生ならではの財政意識があったのだと思う。候補地は餃子の王将、松屋、なか卯、たまに天下一品など。その中でも一番いったのが宮本むなしだった。率先して「むなしにしますか~」と言ってむなしに仕向けていたような気がする。俺は定食が好きだ。品目が多ければ多いほどお得に感じる。昭和のハムカツ定食を頼み、むなしのキンキンに冷えた麦茶を5時間レジ打ち立ちっぱなしの体に浸透させていた。

そう、昭和のハムカツ定食が好きだった。ハムカツが好きだったのと、500円だったからである。やよい軒でもそうだったけど、こういうおかわり自由システムの定食屋に行くとき俺が頼むのはチキン南蛮定食か豚の生姜焼き定食が500円で定食を成せるチェーン飲食店は日本でもそんなにないだろう。500円って。めっちゃいいね。

就職で大阪を離れた後、未練がましく何度も何度も大阪に遊びに行った。1年目は2か月に1回ぐらい。その時、限られた飯チャンスの中でどの店をチョイスするかは非常に頭を悩ませる課題だ。宮本むなしを選ぶ順番がまわってくるのは相当時間がかかった。日常ではなく特別感を以て大阪を訪れてしまうと、お酒を絡めずに飯を食うタイミングが少ない。店の前を通るたびに「あ~むなしもいいな~~~~」とか大声出しながら過ぎていたと思う。そうしてやってきた2020年の冬、うめだにある宮本むなしに入り券売機の前に立つとそのパネルのデザインもさることながら、液晶に映し出される商品の写真とその右下に表示される、当時より200円ぐらい高い値段設定に「あれ?」となった。そしてどこを探しても昭和のハムカツ定食がない。俺が大阪をしっかりパトロールしていなかったせいで、宮本むなしはもう俺の知らない、なにものでもない単なるお店になってしまった。がっかりしながら注文したカツ煮定食、味が濃かった。

昭和のハムカツ定食がある場合は教えてください。


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