【Outer Wilds二次創作】航跡と足跡と

・ひよっ子視点
・一部ネタバレあり
・とあるエンドのネタが少々
・Feldsparにはまだ会えてない



 運がよかった! ホワイトホールステーション経由で戻ってきた矢先に、またしてもまたしてもブラックホールに落ちたと思ったのだけど、その途中でどうにか光のエスカレーターに合流した。

 ちょうどそこでバンジョーの音が聴こえた。Riebeckのキャンプが近いとわかって、酸素とジェットパックの燃料を補給させてもらいに立ち寄ろうと思った。お返しに新しく探索できたNomai遺跡の話を聞かせたら、きっとすごく喜んでくれるだろう!

「ついに飛び立ったのか! たいしたもんだ、よくやったな。ということは、私がここに来てからかなり経つんだろうな」
 ……前に話したことでも、すごく喜んでくれるのだけど。覚えてないから。

 実のところ、脆い空洞で最初に会ったときは少し気まずかった。私はその、私だけじゃなくてHalとかもそうなんだけど、Riebeckのことを陰でいろいろ言ってた連中のひとりだったから。
 ただ、こうしておたがい旅の途中で会って話してみて、わかったことがあった。

「古い居住地を見たんだね、素晴らしいだろう? あれを見ると、木の炉辺のような場所で暮らせてることを心からありがたいと思えるよ」

「彼らは木の炉辺に辿りついていたのに、あの星に本格的な居住地を築かず、ブラックホールなんかのある危険なこの星にとどまり続けたんだな。それは、木の炉辺にはもう私らの祖先がいたから」

「……そう、Nomaiは私らがいずれ進化して文明を築くようになると信じて、あの星の鉱物を取り尽くさないよう心を配ってた。すごいと思わないか? 彼らが私らの未来を思ってくれたおかげで、私らはいまこうして星々を旅して彼らの歴史を思うことができるんだ」

 焚き火を囲んでRiebeckと交わすNomai談義は、すごく楽しい。ツールを使って翻訳しただけでは内容がさっぱりだったNomai文書も、Riebeckと話すうちに意味が見えてきたこともある。彼らがどれだけすごい文明を築いていたか、まだ小さく無力な生き物だったHearthianをどれだけ愛おしんでくれていたか。いろんなことを気づかせてくれる。

 Riebeckはたしかに怖がりだ。けれど本当に探求心旺盛で、思慮深い考古学者だ。

 あと、私が「わかったことがあるんだ!」と言うたびに顔を輝かせるのがすごくいい。まるで自分がちょっとだけ、英雄Feldsparになったみたいな気がする。

 ただ、落ち着かない気分にもなる。Riebeckですら(これはその、ループとかでやりなおしがきかない身でという意味だ、そういうことにしておいてほしい)目指す星に一度で無事に着陸できたっていうのに、私の初飛行ときたら……。
 いや、それはいい。ひとに話すようなことじゃない。
 
 ちょうど、ずっと探していた南部観測所への足がかりの道を見つけたところだった。道を見つけただけでまだ辿りつけてはいない。ジャンプが届かなくてブラックホールに落ちたり落ちたり落ちたりを繰り返してた。進めたと思ったら幽霊物質で死んだりもした。あれはほんとに痛いからもう嫌だ。
 その話を、あまりRiebeckを怖がらせないように伝えようとして、とりあえず南部観測所の外にあったレコーダーの件からきりだしてみた。
 Riebeckはうろたえた。
「うわあ、聞いたのかい? ちょっと恥ずかしいな。いや、あとから来る旅人が参考にできるように置いていく記録だから、聞いてもらえたほうがいいんだけど」
 こういうことをGabbroはほとんどぜんぜんやってくれない。この点だけをとっても、Riebeckはじゅうぶん尊敬に値する。

 Riebeckはバンジョーの演奏を止めて、マシュマロを焼き始めた。
「そうだな、あれを聞いたなら、誤解を招かないように言っておいたほうがいいね」

 観測ドームみたいな大きなヘルメットを傾けて、この場所からだとほとんど見ることのできない空を見上げる。

「あのレコーダーの中で、『これでFeldsparも笑ったりしないだろう』と言ってただろ、私は。いつもね、ああやって自分を勇気づけてたんだ。怖くて怖くてたまらないときに。Feldsparならこんなことで怖がったりしない、こんなことで怖気づくなんて、Feldsparに聞かれたら笑われるぞ、ってね。
 本当に笑われたことなんかないんだよ。初飛行のずっと前、どうしても宇宙が怖いって話してみたことあるんだ。そしたらFeldsparはこう言ったんだ」

 ──じゃあ、Riebeck。お前が自分の目で見て歩きたい星に、つぎに私が行ったとき、ジェットパックのボンベをひとつ置いておくよ。うっかりして燃料がすっからかんになった時に、ちょっとばかり助かるように。これでひとつ怖いのが減るだろう?

「そうやってひとつずつ、少しずつ、怖いのをなくしていけばいいんだって。まあ私はまだその場所に行けてないから、いまのところお世話になってないんだけど……」
「ありがとう、Riebeck」
 私は勢いよくRiebeckの両手を握った。
「え、何、何」
「あれは本当に本当にいつも助かってる」
「わ、私がお礼を言われることかなあ?」
 何万回でも言われていいと思う。もちろん言えるならFeldspar本人にも言いたいけど、なにせそっちはまだ会えてないし。

 Riebeckは困惑と照れくささを混ぜた顔で笑った。
「うん、でも、そうだね。私が怖い怖いと言ってたおかげで、お前の旅が少し楽になったなら、なにかを怖がるのも無駄じゃないってことなのかな」
 そうだと思う。あのホワイトホールステーションも、ブラックホールに落ちることをNomaiたちが怖がってくれなければ、存在しえなかったから。はじめてあそこに逃げこめたとき、中に満ち満ちた空気と、死ぬことなしにもとの場所に戻って探索を続けられることに、どれだけ心が救われたか。
 まあ何度も何度も繰り返すたびに「ようこそじゃないよ」「来たくて来たんじゃない」とつい零したりもしたけれど。

 ふたたび、Riebeckはバンジョーを奏ではじめた。穏やかな演奏に重なって、火山岩が着弾する音がどこかで響く。地殻がまたひとつ静かに砕けて、黒い深淵に沈んでいく。先人たちの遺したものもろとも、ばらばらに崩れていくこの星。その中で、この臆病な旅人の音色が与えてくれる安心感は、本当に唯一無二のものだ。
 
「そういえば、Eskerが気にかけてた。月の展望台からバンジョーの音がしばらく聞こえない時があったみたいで、『あのばか、心配させるなよ!』って」
「うわあ、帰ったらみんなに怒られるかな!? 無線機をなくしちゃったから報告を入れようにも入れられないんだよ。ねえ、よかったら管制局に伝えておいてくれないか、私はなんとかうまくやってるって。ここでもう少し調査を終えたら、ちゃんと帰るよ!」

 私は思わず黙った。

「ああ、ごめん、面倒でなければでいいんだ、お前だっていろいろやりたいことがあって忙しいんだから」
「あ、いや……伝えるのは全然、構わない」
 不思議そうにするRiebeckに、言い淀みながら答えた。
「ただ、うん、その、本当に無事に帰れるのかなって心配になって」
「ひどいな!?」

 一瞬の当惑をごまかしたことは、ばれなかったみたいだ。
 私がRiebeckの無事をだれかに伝えても、みんなは忘れてしまう。Riebeckはここから動けない。永遠に。このループが繰り返されるかぎりずっと。

 いつかその先に進むことができるんだろうか。太陽が爆発せず、この星系が吹き飛ばされることなく、みんなが生きている22分の先を、見ることができるんだろうか。
 まだ何も、わからない。
 知りたい。

 Riebeckに別れを告げて、何度も何度も行き来した道を進んだ。

 死ぬのはまだ怖い。最初の頃よりずっと慣れたとはいえ、痛いのも苦しいのも感じなくなるわけじゃない。Feldsparへのあこがれが私の原動力のひとつだったけれど、私はまだ、何度でもやりなおしのきく時間を手に入れた今ですら、あんな風に宇宙を飛び回ることはできない。けどその英雄は、自分の速度で進んでくればいいんだと言わんばかりに、しるべと謎を残しておいてくれている。
 いつか必ず探し出して会いたい、会って話をしたい。ボンベのお礼も言わなくちゃ。

 そして──いまの私が思うよりもずっと宇宙を恐れた人達が、それでも宇宙の謎を愛してやまなかった人たちが、かならずどこかに足跡を残してくれている。道の途中、進む力をなくしてしまった時のために。だから私はたった100メートルを進むだけのために命を掛けられるんだ。

 ブーストのボタンをしっかり構えて、地面を蹴った。横たわるブラックホールを飛び越えて、まだ見ぬ場所に続く足場を目指して。

[航跡と足跡と■了]



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