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annda- (未完)

annda-

漆黒が広がる宇宙、あたりにはありったけの小さな星々が散りばめられていて白い光を放っては消えそうに瞬いている、遥か遠くの方では太陽がごうごうと静かに炎を揺らし燃えている。そんな厳かな太陽の周りを惑星群は規律を守るようにいつも同じルートを通って回っていた、優等生の太陽惑星諸君…しかしその中で規律を守りつつもなんだかにぎやかな青い色の星が一つプカプカと浮いている、まるで隠れ非行少年。その表面から頻繁にロケットやら衛星やらを可愛らしくぴょこぴょことあたりに打ち上げている。この慌ただしい青い星はその名を地球という、そしてその周りを第三者みたいな冷たい目をして回っているのは、月だ。そんな宇宙の片隅に浮かぶ稀有な星、地球にぐーっと画面をピンチアウトして拡大していくと、その表面を細い銀色のレールがメロンの網目のように複雑に入り混じって重なっている。
これは一体なんなんだろう、大変興味深い。

その銀色のレールをワタクシは一人部屋の隅に置かれたベッドの上でねころびながら窓からボーっと眺めておりました。
十年ほど前から急速に普及したこのレール、今やこの街、いや世界中のあらゆる窓から望む景色にはこのレールが映り込んでることでしょう。
深夜の雨降りの後のよく晴れた朝などには太陽の光がキラキラとレールについた雨粒に反射して、この街全体がスノードームのように輝き始めます。私はその景色が好きなのです。昨日の夜は外で雨音がしてたので今朝は大変期待してたのですが雨はすぐに止んでしまったようでした。
「今日のスノードームはキラキラ少なめですね」と私は思いました。
すると四角い窓に切り取られた景色の右側から音もなくスーっとそのレールの上を滑りながらこれまた銀色の乗り物がフィギュアスケート選手のように軽やかに登場してきました、これはリニアモービルです。そう、この銀のレールは彼らが移動するためにあるのです。目的地に着くと自動でレールから切り離されその瞬間リニアはホバーカーへするりとトランスフォームします、目的地の屋上までふわふわと移動しⒽマークの専用ポートの上まで着くと微かな唸りをあげながらそこへ軟着陸をするのです。私はこの一連の流れを窓から顔を出しじっと眺めておりました。
「今日もまたいつもと同じ一日かな」
いつもこの時間に母がリニアで帰ってきて、そして『ただいま、おはよう』という謎のご挨拶をして、またすぐにどこかへ行ってしまう。働き者の母に私は寝ぼけた声で「あぁうん」というだけ。
時刻はもう朝八時目前、朝は時間が早回しになってる気がする。窓の外のリニアは通勤通学でどんどん数が増えていき右から左からビュンビュンと高速で通り過ぎてゆく。それにしてもリニアモービルの形の全く無駄のないこと、デザイン性より機能性、カドがあれば徹底的に削り上げ空気抵抗を減らす。最初こそ未来的だともてはやされたけど、今やただの銀色の楕円体。
「なんだかお米みたい、たくさんのお米が高速で街を駆け抜けてる、へんなのっ」
景色に飽き飽きして私はベッドの上で靴下を履くみたいに義足をカチっとつけてようやく立ち上がります、義足は手放せません。これがないと歩くこともできない。一番文明に助けられているのはこのワタクシです。
トントンと扉をノックする音が聞こえました。
「ただいま、おはよう」

朝のリビングはカーテンがおもいっきり明け放してあり、太陽のやさしい光が部屋をいっぱいにしています。お揃いの白いカップに母は甘いコーヒーをたっぷり淹れてくれます。お母さんはとてもやさしいのです。朝の青く冷えたテーブルがコーヒーの熱でオレンジ色にじんわりと暖まっていくのが見えるようです。「ありがとうございます」と心の中で呟き、熱いコーヒーを火傷しないようにちょびちょびと口にしていると、突然、テレビの騒がしい音が耳の穴にガーっと流れこんできました。
「ここはどかないぞー‼」
「こっちは法律に基づいてやってるんですよ」
「うるさい!街を壊すだけだろ!さがれこの、コラ」
おじさんやおば様が「建設反対」や「no scrap no build」といったプラカードをもって自治体の方と激しく言い争って揉みあっています、よくみると私と同い年くらいの子もほんの少しだけいます。なにやら大ごと。ふーむ………少し興味深いです。
ふと、私は視界の隅でぼやぼやと上下に動く物体に気が付きます。カメラみたくクーっとピントを合わせるとそれは母の手でした。見ると私のことを心配そうにのぞき込んでいます。
「大丈夫?ぼーっとして、誰かここに知り合いでもいるの?」
「いや、多分いないと思うけど、こういうデモみたいなことが今でもあるんだね」
「うーん、そうね、でもこの町、案外ここから遠くないのよ。リニアで三十分くらいかしら、遠いっちゃ遠いけどね」そう言ってテーブルの向かい側に座ると母は熱いコーヒーを火傷しないようにちょびちょびと少し口にしてまた話をつづけました。
「アンダーノースっていうのよ」
「アンダー…?」
「ノース。でもね、、結構ディープな雰囲気の町だから『アンダーノース前』ってポートがあるけどリニアでもあんまり降りる人はいないみたいよ」
「へぇ」
私はまた熱いコーヒーをちょびちょびと口にしました。
母は言いました「世間じゃ叩かれてるみたいだけど、私はちょっとかわいそうだって思うわ、だってこの人達はただ暮らしていただけじゃない、一つも悪いことはしてないわ。それで突然立ち退けだなんて、ちょっと乱暴よ」
「うん」
母は一通りしゃべり終えるとまたコーヒーをちょびちょびと口にしました。
「ねぇ、熱いコーヒーを口先で少しずつ飲むときって、左手の置き場がわからなくない?いつも右手でカップをもって、左手はどうしようもなくて仕方なくカップに触れないぐらい、でも熱さは感じるぐらいの距離にそえるようにしてるけど、この左手って意味のない動作だなあって思うの」
言われてみれば確かにそうかもしれない、母はたまに不思議な考察をします。試しに左手を使わずに飲んでみよう。。うむ、問題なく飲むことができます、でも。
「でも無いとなんか寂しいって気もする、左手を添えて飲むこの形が好きなのかもしれない、いやむしろこのフォーム込みでコーヒーを飲むという行為が好きかもしれない」と私は閃いたように言いました。
「うそぉ」と母。
無くてもいいけど、無いと寂しい。こんな何気ない会話で私はふと自分の足のこと思い出しました。…私の足どこへ行ってしまったのでしょう。

寂しい気持ちというのは歌を書く上では最も必要な気持ちかもしれない。
リニアモービルのトランクに死体みたいに力なく横たわるギターを見て、ふと僕はそう思ったのだ。音楽なんて続けてたって金にもいい思い出にも将来のためにもきっとならない、浪費した時間は絶対に取り戻せない、成功しなければきっと皆から笑われるのだ。そうわかっていても時間の無駄かもしれなくても、こういう寂しい気持ちに襲われるとむしろ逆に自分の音楽を作りたいという気持ちがどうしようもなく湧いてきてしまうのだ。
どうして、こんなに、面倒くさい人間になったんだろう。
僕は純粋に音楽が好きなんだよな?(わからない)
誰かに自分の感性を認めてもらいたいわけじゃないよ。(本当に?)
(将来はどうするの?試験は?仕事は?就活は?結婚は?) …知るか。
寂しくなんかない。「それは嘘だ」
 複雑に交差して伸びる植物のつるのように絡み合う僕の思考はキリがない。遂に自分ではどうしようもなくなってしまったそれを力づくで断ち切るように僕はトランク思いっきり閉めた、バンッという音ともに僕は自分の脳みそに無理矢理だがなんとか終止符を打つことができた。リニアは僕が乗り込むとやがて静かな唸りをあげながら浮かび上がり、昨夜の雨の粒がまだ夏の太陽の光できらきらと光る銀のレールの上へ滑らかに着陸した。
リニアは目的地を指定すれば自動運転なので特にしなければいけないことはない、中はリクライニングできるシートが付いていてすべて倒すとベッドのようになる、少し天井が高めだがいつか泊まったカプセルホテルみたいだ。左右の壁の真ん中あたりには宇宙ステーションについてるみたいな小さな丸い窓が一つずつだけ一応ついている。この丸い窓は可愛らしくて気に入っているのだが残念ながら機能性は全くない。なぜならばリニアの早すぎるスピードに景色が流されて形を留めることができないから、よって窓に映る景色は皆から「砂嵐」と揶揄されている。
「しかし全く意味がないのに何故この窓は付いてるんだろう、これを設計してる会社はこの窓を気に入っているのかな、窓がなければこの機体はもっと速く移動できるんじゃないか?どう考えても必要は無さそうだけど…」僕は指先で丸い窓枠をゆっくりとなぞりながらボンヤリとそんなことを考えた。
窓には僕の不細工な顔が映ってる。
 ふと、僕は「カメラで超高速連写でもすれば窓の向こうの景色が写せるんじゃないか」と閃きました。閃きというのは不思議なものです。自分では何も考えていないつもりでも脳みその片隅では無意識に何かずっと考えていて僕の意識にやがてピピっと連絡をくれる、僕の中にもう一人誰かが住んでるみたいだ。さっそくカメラを鞄から取り出し、実験を開始してみる。僕はいくらかワクワクした気持ちになった。
なんと僕の一万fpsのカメラは見事に景気を映し出すことに成功した。一秒ほどの連写はおよそ五分ほどの動画になった。でも予想していた通りそんなに素晴らしい景色は撮れなかった、テトリス棒みたいな縦長タワーマンションがあちこちに乱立していて、青い空を無作為に直線で切り取ってしまっている。小さく切り取られた空には窮屈そうな雲が切れ切れに見える。
「また僕は無駄なことをしたなあ」と思った。でもシートにもたれて動画をしばらく見ているとあることに気が付いた。タワーマンションの一室に窓から顔出している同い年くらいの女の子がいるのだ、しかも確かにこちらを見ているように見える。目が合っているみたい、いやでもそんなはずは絶対ないのだ。彼女が映っているのは十数秒程度、つまり一瞬の出来事だ、だからこれは偶然そうゆう風にみえる映像なのだ。でも偶然ならなおさら素晴らしいじゃないか。僕はスイッチを押したみたいにまたワクワクした気持ちを取り戻しておもわずシートからで身を起こした。なぜならば彼女が可愛い子だからである。
 髪型はボブとミディアムの間くらい、すなわち僕が一番好きなやつだ。朝の寝ぼけた顔が可愛らしい。名前も知らない、声も聞いたことのない彼女にこれだけ浮き足立てる自分はかなりの変態なのでは、と自分で思う。
 改めて今の自分を想像力で俯瞰してみると呆れるほどばかばかしいな。一人で盗撮に成功して楽しんでいる哀れな男だ。でも、もし彼女みたいな子が今自分の隣に居たらどうだろう、きっと僕の単純な心は月曜日の憂鬱など簡単に吹き飛ばしてしまうだろう、そしてこれまでの人生の恥ずかしかった思い出、夜のベッドで突然思い出してしまうつらい記憶などは全て報われるんじゃないかなと思った。一人はつらい、僕はこういう妄想でもしないと死んでしまうんだ。僕は目を瞑った。暗闇の中で、今目を開けたら彼女がそこにちょこんと座っていて欲しい、そしてハグでもしてくれればいいのにと僕は本気で思った。僕の脳みそはやましいことばかりだ。もう我に返ろう。
何かの本で読んだな、この世界は可能性の世界で僕らの周りは可能性でひたひたになっている、僕らはそこから可能性を現実世界へと引きずり込む、それが実行だと。実行をしなければ現実は変わらない、僕がどんなに想像力を使おうと現実は変わらないのだ。ならば今すべきことは画面に映し出された乙女に現を抜かすことではない。僕は自分に嫌気がさしてカメラを放り投げた。そしてひとつの可能性を現実にした。目的地を「大学」から「アンダーノース」へ変更したのだ。
「学校なんて、おさらばだ」

もう母は先に仕事へと出かけて行きました。一方私はまだ家で一人出発までのほんの十分ほどの時間を持て余して制服姿でリビングを訳もなくうろうろとしておりました。私は現在、私立の高校に通っています。もうそろそろ行かないといけない時間なのですが正直、行きたくありません。実は母には内緒で今は保健室登校をしています。
原因はこの義足です。いろいろと事情がありまして、自分ではそんなつもりは無かったのにどんどん勝手に黒いものが大きくなって、もうどうしようも無くなるということが閉鎖的な集団生活のなかではしばしば起きます。今は母にどんな風に説明したらいいか分からなくて言えずじまいな状況です。それに安くない学費を払って貰っているので出来ればなんとか「卒業」という肩書きは貰わなくては、と考えています。
保健室でも出席は貰えます、それに授業で先生が話していることは実は教科書にすべて書いてあるということに最近気が付きました。あとはテストを受けるだけそれで卒業。「余裕、余裕、大丈夫、大丈夫」と私は心の中で唱えました。

 リニアは「ひがしきた高校前」で静かに停車しました、ここではレールがプラットホームに沿っているからホバーカーに変わることなくそのままスムーズに降車ができます。乗り捨て式のリニアは私が降りるとすぐに行ってしまって、みるみるうちに小さくなってやがて見えなくなりました。透明のプラットホームをおりると坂道があって校門へまっすぐ続いています。
少し遅れて登校する学校は授業がもう始まっていて校門の先に見える校舎は誰もいないみたいに静かで少し不安な気持ちになります。校舎のてっぺんの真ん中に付いた大きな丸時計から自分の影に視線を落とします。自信無さげに揺れる私の影、風に吹かれたらふらーっとどこかへ行ってしまいそうです。
「大丈夫かなあ、わたし」
 校舎へ続く緩やかな傾斜の左手には校庭が広がっています。見ると体育の授業をやっていました。大きな校庭に一クラス分の小さな生徒の集まりがポツンと出来ています。先生が体育座りをしている皆の前に立っています、おそらくルール説明みたいなことをしているのでしょうか。一人で砂をいじっている男の子がいる、可愛らしいポニーテールの女の子が二人ひそひそと楽しそうにおしゃべりしてる。夏の太陽の光は白い校庭をジリジリと照りつけていて、でも時折優しい風が頬を撫でて行く、今日はそんな陽気です。その時、黒い大きな影が一瞬、校庭を右から左へとびゅぅんと横切って行きました。空を見上げると飛行機が一機通り過ぎて向こうのもくもくと立ちのぼる入道雲のほうへと飛んでいきました。青く晴れわたる空に切り傷みたいな飛行機雲だけが細く遠くへスーッと線を引いていきます。
「きれい」
 もし私も普通に高校生活を送れていたらどんなに幸せだっただろう。ふと私はこんな白昼夢を見ました。私はさっき見たポニーテールの女の子と仲良く話している、先生に見つからないようにひそひそと。それでその子の話すことがおかしくてふふふと静かに笑ってその子もつられて笑っちゃう、そしたら先生にバレちゃって「聞いてるのか」と少し怒られる、「はーい」と言って少し首をすくませる、そしたらまたその子と顔を見合わせてふふふと笑い合う。そんなことすごく幸せなんだろうな。
 白昼夢はそこで終わった。
「入っていいわよ」
 そう言ったのは保健室の先生でした、二十代後半くらいの若い女性の先生です。気が付くと目の間に先生がいたので私はもう無意識でも保健室の前まで勝手に来れるようになったんだと驚きました。保健室の窓際にはベッドが二つあって今日は誰も来ていない、シーンとしている。「よかった」と思った。保健室の窓は閉め切られてるけど校庭にいる生徒の声と先生のホイッスルの音がやまびこみたいに遠くからひびいて聞こえてくる。もう試合が始まったんだ、サッカーかな、さっきの女の子はシュート決めたのかな。

 保健室での学校生活は時間経過があっという間だ。午後三時半を過ぎたあたりで先生が「もうそろそろ終わりね」と言った。
「あ、もうそんな時間ですか」私は数学のテキストから顔をあげた。
「そうなの、もう終わりなの。ホント学生の一日って短いよねぇ。だって学校が終わると一日が終わったって感じがしちゃうでしょ?でもまだ三時なんだよ」そういって先生は窓際まで行ってうーんと伸びをしました。「私は皆が帰ったあとも実はここに残ってて帰るのは六時くらいなんだ」
「そうなんですか、それは…おつかれさまです」
私がそういうと先生は少し笑った。
「いやいや、私は好きで居るからいいんだけどさ。午後に自由な時間があるってすごく幸せなことだよなぁって思ってね、大人になると作ろうと思わないと作れないからさ。…帰ったらいつも何してる?」
私は少し悩んで「いえ…特に何もしてないかな」と若干はにかんだ。
何もしてない自分が恥ずかしかったからかな。そういえば放課後なにかしようなんて考えた事がなかった。友達がいない弊害かもしれない。
「まぁ何もしないでぼーっと過ごす時間もいいよね」と先生は言いました。

「先生に気を使わせてしまったなぁ。ダメだなぁ。」
 帰りのリニアで一人さっきの会話を思い出して少し恥ずかしい気持ちと変な空気にしてしまった申し訳なさでなんだかみぞおちのあたりがモヤモヤとしました。こういうときはため息をつくといいんだ。「ため息をつくと幸せが逃げるよ」なんて言葉聞いたことがあるけどあれは嘘だと思う。ため息をつくと胸の奥の重さが少しだけ軽くなる気がする。私はふーっとため息をついて、シートを全部たおして仰向けに寝転びました。天井をただボーっと眺めていると、不思議な気持ちになる。私は何してるんだろう、何者なんだろう、誰も私を気にかけていないし、人とほぼ関わってないから誰も姿を見てない。今私が死んだとしてもきっと誰も気が付かないくらいだ。「大丈夫だって、思ってたけどほんとはすごくさみしいのかもしれない」と気が付いてしまいました。「はぁ」とひとつため息をついて私は体を横向きにしてお腹の中の赤ちゃんみたいな格好になりました。
その時シートの端っこにカメラが落っこちているの気が付きました。
「わっ」なにこれ忘れ物かな?
こんな高価なものを置き忘れるなんて、今頃どこだどこだと同じポッケを何回も探ったりして慌てふためいてることでしょう。どうしよう。近所の交番に届けようかと思ったけど、それではきっと発見が遅れたりしてちょっと気の毒かも。それにリニアはどのくらい遠くの街まで巡っているんだろう。もし遠くの街の人ならなおさら大変なことです。私はふとさっき先生に言われたことを思い出しました。確かに私はいつでもまっすぐ帰宅している。たまには少し遠くに行ってみよう。

本来降りるべきところから二十分ほど行ったところに「忘れ物集荷センター」はあります。施設は海沿いにあるとっても大きな四角い箱のような倉庫型の建物で本来はリニアの整備をする場所なのですが忘れ物をする方は意外とたくさんいるようでそこに忘れ物センターは併設されているのです。ここならあらゆる忘れ物がきちんとデータ化されるようなので近所の交番に届けるよりも確実です。
カメラを届けると受け付けのお姉さんは「ありがとうございます」と笑顔で受け取ってくれました。私はそれに対して「はい」と小さく答えただけだったけど良いことをすると自分の器が少し大きくなったような気がして心がパッと晴れやかな気持ちになりました。海沿いの空は青く広く、穏やかな潮風が私の頬をなでて髪をサラサラとすり抜けていきます。今日はいつもより少しいい日になったかもしれない。
「ありがとう忘れ物、きっと無事に届きますように」

私を忘れてはいませんか?
 たいへんご無沙汰になるけど、冒頭で地球を外側から眺めていた者です。その後も私はこの地球という星の周りをぐるぐると回りながら観察を続けています、というよりかはその美しさに随分と長いこと見とれていました。遠くから見た時は青く美しい星だと思っていたのだけど、望遠鏡で詳しく見るとまぁ不思議。顕微鏡で見る微生物みたいに地球の上を沢山の生き物がうじゃうじゃと蠢いているじゃありませんか!いや、実際このように沢山の個体が一つの星で共存してるというのは遥か遠く離れた私の星でも変わりはないのですが同じように営みを続けてきた生命体がこの宇宙に本当にいる、しかもこんなに生き生きとしていることに感動して、宇宙という世界の膨大さに頭がおかしくなりそうになっているまさにその真っ最中であります。
「いやぁマジかよマジでいるのかよ!本当に文明を持った奴らが私たち以外に」と興奮して思わず喜びが声になって口から溢れだしました。私が目を瞑ってこの感動を噛み締めているとこのプレーンの唯一の同乗者が口を出しました。
「ちょっと、大丈夫か?私たちの任務はこの光景にみとれることじゃない、宇宙植民地のため第一観察部隊として本部から送られてきたんだ」
「当然、心得てるよ。でも見てよ、太陽から隠れた夜の街、色んな物体がきらきらと瞬いて綺麗でしょ。血流みたいに地球のあちこちへ流れていくの」
「あちこちってたいした距離じゃないだろ」
「でも彼らにとっては途轍もない冒険かもしれないでしょ。ほら見て、あそこで子供が泣いてる、迷子かな。宇宙から見られてるなんて知る由もないだろうなあ」
「そんなのあたりまえだろ、馬鹿だな。彼らはかなり文明が遅れてるんだ、野蛮な星だ。大きさや環境、生物密度などのデータを取ってさっさと帰るぞ」
「でも確かに暮らしてますよ。ほら見てくださいって」
 そういうと少し呆れながらもようやく望遠鏡を除き込んでくれた。するとふむふむと頷いて静かに「まぁ、確かに綺麗だな」と呟いた。

帰り道、プラットホームの案内板を見ているとあることに気が付きました。ここから少し行ったところに「アンダーノース前」というポートが設置されているようなのです。朝のニュースで見た町だ。お母さんは「ディープな街だ」って言ってたけど、どうなんだろう。なぜだか私はこの町に少し興味を持っていました、異世界みたいで私の予期しない出会いがたくさんありそう。そうか、私はきっと今の生活に退屈してるんだ。忘れ物を届けて少しだけ気が強くなった単純な私の心が「ちょっとだけ見てみたい」と言っています。何もないかもしれない、いやほぼ確実に何もせずに「あぁこんな感じなのかぁ」って言って終わりそうな気がする。でもここまで迷ってもし行かなかったらなんかみぞおちがモヤモヤしそう。うーん。
「とりあえず…行ってみるかな」
乗り場みるとリニアが一機すでに扉を開けてポツンと停車していて、その銀色の胴体を太陽に煌めかせながら私を待ち構えてるみたいだった。

…つづk

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