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初秋の出会い、そして別れ。(イン マイ キッチン)

昨晩、キッチンに行くと、彼がいた。今年見た中で一番大きく黒く、ツヤツヤと光っていた。
わらわは、あれがとても苦手だ。苦手な人は多いと思う。

一度発見した限りは絶対に、確実にやってしまわなければならない。
見失えば、いつ出会うかわからない、家の中で繁殖するかもしれない、という恐怖の中で生活しなければいけなくなる。
そのため、倒しにかかるのは躊躇なくできる(最近の駆除スプレーは非常に優秀で、めちゃくちゃ速く効くから心強いね。うちはアースさんのを使っているよ)。

しかし、問題は彼が息を引き取ったあとだ。
放っておくわけにはいかない。
よく見ずに済むようにできるだけ遠くから割り箸で掴み、素早く不透明のビニール袋に入れ、袋の口を縛り、ガレージのゴミ箱に捨てることにする。
計画はしたし、割り箸とビニール袋を用意したものの、割り箸で掴む勇気が出なかった。
お箸から感触が伝わるのが怖い。もし無事に掴んでも、震えてしまってビニール袋に入れられず自分の近くに落としたらどうしよう。

夫に頼むことにした。夫もそれが激しく苦手なため、無理だと言われた。
「それを処理するのは無理だけど、協力はする」と言って、とりあえず共に雑談などして気を紛らわすのに付き合ってくれた。
夫と話し、一度つらい現実から逃避して元気と勇気を出そうと思ったが、ずっと頭の隅にそれがひっくり返った姿があるため、雑談しても気持ちは切り替わらず、ダメだった。
時間が経てば経つほど怖くなった。
いくら直接触るのでなくても、特有のいろんなものがやっぱりしっかり見えてしまうし、手に感じてしまうし、掴む時の音とか袋に入れる時の音とかもうなんか、まだ全然やってないのに想像だけ膨らんで怖くて怖くて動けない状態に。

夫が、わらわに「落ち着いて」と言い、「かんじーざいぼーさつ」と落ち着かせるために唱え出した。
え、なんかちょっと本当に落ち着く。
「それだ!」
YouTubeで般若心経を検索して欲しいと夫に頼み、それを流してもらった。


2人の僧が並んで読経してくれていた。

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時」
心が静かになる、良い響き。

(なんか、わらわは自分が感じる恐怖のことばっかり考えてた気がする…)

「照見五蘊皆空 度一切苦厄」

わらわは、自然に手を合わせていた。キッチンの隅に横たわる彼に…

「舎利子 色不異空 空不異色」

(わらわの恐怖心など、なんだっていうのだ。彼は命を奪われたんだ。そしてその命を躊躇なく奪ったのは、他の誰でもない。わらわじゃないか)

「色即是空 空即是色 受想行識やく復如是」

(命を奪った者が、彼の遺体を怖いとか気持ちが悪いとか、そんなことを言うなんて。非道すぎると思わないのか)
わらわは自分を責め、反省した。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そっと彼にティッシュペーパーを被せ、また手を合わせ、そしてできるだけ丁寧に、割り箸でそのご遺体を拾った。

「舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減」

(ご遺族にも申し訳ない。どのような気持ちで彼の帰りを待っているのかと思うと…)
遺族の皆さんの存在を具体的に想像した瞬間、少し恐怖心が戻ってきて彼を落としそうになったのですぐにその想像はやめた。

袋に納めさせていただき、割り箸もそこに入れ、袋の口を閉じたとき、わらわはとても穏やかな気持ちになっていた。

最後にもう一度、手を合わせた。
弔う。
その気持ちに自然にさせてくれた般若心経。
わらわはまったく、熱心な仏教徒ではない。普段、神のことも仏のことも考えない。
それなのにこんなに助けられるなんて。勇気をもらうのとはまた違う方向から。


とてもおすすめなので、今ちょうどそのシチュエーションで困っている方はぜひ試して欲しい。



ききょう

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