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女性カメラマンのリアル現場4:捕まるなという忠告


今日のお店について書かれたオーダーシートには、備考欄に担当の営業マンから珍しいメッセージがあった。

“こちらの店主さんは、大変おしゃべり好きで、撮影時間は言ってありますが、次の撮影のためにも、捕まらないようお気をつけください。最初にカメラマンさんからも時間をしっかりと説明し、終了時間が来ましたら、切り上げて下さいますよう宜しくお願い致します。”

おしゃべり好き?
ほうほう。
この仕事はとにかく時間厳守。お店の希望通りのシーンが撮れれば早く終わることはあるが、延長は次に行くお店の時間もあるので絶対に断るという決まりがある。
今までのお店で、延長したことはない。
それぐらい、必要カットに充分な撮影時間を組んでくれている。そして次のお店までの移動時間。これは渋滞などあまり考慮されてない日もあるので、手際よくこなして早く終えるに越したことはない。
大丈夫大丈夫。いかなる相手でも、私は自分のペースで進行して退店出来るはずだ。
営業マンは捕まったんだろうな、そのおしゃべりに。
ちゃんと忠告してくれるとは、よっぽど大変だったんだろう。
お察ししますと思いながら、お店へ向かう。

そのお店は隣の県の小さな町にある理容店だった。
隣にはコンビニがあり、理容店のトレードマークのくるくるが見えた。1階だけの小屋のような小さな理容店は、外壁もボロボロで、ボロを隠すようにどこかの政治党の真新しいポスターが貼ってあった。そのポスターが、やけにド派手な色で、この理容店の古き良き雰囲気は台無しに見えた。
外観撮影時には、もちろんはがさせてもらおう。

お店に入ると店主が奥のテーブルでパソコン作業をしていた。
「お世話になります。撮影にきました。」
私は名刺を差し出す。店主は、
「遠いところありがとうございます。ボロですいません。」
と言い、私は慌てて「ノスタルジックで趣きがあります。」と返した。
はははと笑いながら店主は、まず外から取ってほしいんですよ。と続けた。
ヒョロリと細身で背が高く、白髪頭はもこもことボリューミーで、肩まである。個性的。背が高いから男性とわかるが、小さかったとしたら女性のように見える長さだ。
ぱっと見は学者、音楽家、うんそうゆう感じ。

私は素早くカメラを取り出して、店主に付いて外に出る。
「このポスターはボロ隠しで。今取りますので。」
察してくれてありがたい。
「ありがとうございます。」私は素早く数カットアングルを変えて撮影し、店主に見せてOKをもらう。
店主は手に持っていたポスターを同じ場所に貼り戻す。

次は内観の撮影。壁にかかった大きな鏡の前に一席だけある革張りの椅子は、皮の色が年月を匂わせていて、なんともいい味を出している。その鏡を囲うように、ごちゃごちゃした物販が陳列されている。シャンプーとかワックス、ボディークリーム?これはサプリ?とにかくすごい量だ。
造花やこけし、招き猫にどこかのお土産らしき郷土人形。
可動式のワゴンにはドライヤーや、髭を剃る時に使う物、よくわからない物までなんだかごちゃごちゃ乗っている。
「このワゴンは少しよけておきますね。と私はそれを画角から押し出す。店主は「いらないものはどけちゃってください。」とお任せモード。
「なんか物が多くてねー。売れないのにこの商品良いなと思ったらすぐ仕入れちゃうから。」店主が商品の埃を払いながら言った。
さっそく撮ってみると、商品が多くてチラつくが、椅子がやはり良い味を出していて、存在感がある。細々した商品に負けていない。なかなか個性的な配置だったけど、写真上では別に悪くなかった。
店主に見せると、
「お!思ったよりまともに見える。良かった。」
店主もごちゃごちゃして映るだろうと思っていたようだ。
「じゃあ次は僕のプロフィール写真をお願いしたいんだけど。」
撮影予定には無かったが、
「ご入用なら撮りますよ。どんな感じのが良いですか?」
例えば凛々しくカメラ目線で、とか、カットしている様な動作で、目線を外し、笑顔の感じとか。
私は撮影例をあげてみた。
店主はうーん、どうしようかなーと少し考えて、
「お!そうだ!カット練習用のマネキンの頭があるから、それを切ってるとこだったらお客さんぽく見えるかな?」
ナイスアイデアだ。
「いいですね!高さ合わせれば頭のてっぺんぐらいしか画角に入らないので、お客さんに見えますよ!」
店主は奥の部屋から、セミロングぐらいの髪型の頭とそれを立てるスタンドを持ってきた。
お客さんが座った時の高さに合わせて、髪を少量掬いハサミを構えたところを撮影。
顔の方へあたるように少し離して立てたライトが少し強かったので調整。
目線は手元ではなく、少し顔が見える様に鏡越しでお客さんと会話してる様なとこを見てもらう。
そしてまた数カット撮影。
「めちゃ良い感じですよ!」
店主に画像を確認してもらう。
「お、少しはましに見える。」ホットして店主は笑った。
店内のごちゃついた感じが、逆にカラフルなボケ感を出し、なんか垢抜けていて良い感じだった。
「それを使います。ありがとありがと。」
ふー。よし、良かった。

「あとはこの商品たちが何とか売れるように撮って欲しいな。」店主は棚を指差してにっこりと笑った。
「承知しました。ではこっちのテーブルをお借りしてセットしますね。」
私は窓際にあった小さなテーブルを使わせてもらうため、移動した。
店主は棚の商品を、それぞれの商品説明をしながら運んできた。
「これはね、髪がサラッサラになるトリートメントでね、ココナツオイルが入っていてね、」
などなど。セールストークがすごいが、買わないですよ?私は。
あくまでもセールスに乗らない姿勢で、
「そうなんですねー、このシリーズだけ先にまとめて撮っちゃいますね。」と淡々と切り返す。
そしてやっと思い出す。オーダーシートに記載されていた忠告。おしゃべり好きとはこのことなのかな。まあでも普通の範疇だろう。
それから髪の毛に関係のない商品まで随分たくさん撮影した。
予定終了時刻より少し早めに終えれそうだ。
借りたテーブルを元の位置へ戻し、自分の機材をバラし始めた時、店主が聞いてきた。
「どっか会社に配属してるわけではなく、個人事業主なの?」
今度撮影が必要になった時のために、個人でも仕事を引き受けてくれるのか聞いてくれる店主は多い。よく聞かれる。
でもこの聞き方はちょっと違っていた。

「個人事業主なら当たり前に知ってると思うけど、インボイス、どう思う?」
え?
なんだなんだ。急に。
「あーあんまり詳しくは勉強してないんですよ。すいません。」という感じにごまかした。
そしたら先ほどまで普通の範疇だと思っていた店主がへんげした。
「ちょっと!君ね!そんなことじゃこの先危ういよ?!」
大声に一瞬でひいた。
「え、あのー、そうですね。帰ってからよく調べてみます。」
「まさか選挙で自民党にいれてないだろうね?!あなたみたいなわかってない子が自民党にいれるんだよ!」
えーっと。今回投票できなかったんですと言えばさらに説教喰らいそうだ。
さてどうしよう。
さっさと荷物をまとめよう。それしかない。
「僕はね、そうゆう無関心な人のせいで、変な制度を打ち出す政党が日本人を騙してると思うんだよ!」
「みーんな騙されてるんだよ!」
迫力ある演説を始めた。
いよいよ相槌なんて打ってるだけでは帰れなくなる。
「僕はね、この党に救われたんだ!」
と言いながら、店の外観撮りの時に見たあの政治党の、A4サイズぐらいのパンフレットを手に持ち、胸の前で掲げている。
単に外観のボロ隠しではなく、めちゃくちゃ推しなのね。
「…ああ、そうなんですねー。」
私はすでにカメラマンとしてではなく、思いっきり人間らしい冷ややかなトーンで返してしまった。だけども察しず、自分が救われたという経緯をコンコンと話しだした。
熱いといえば聞こえは良いが、この勢いが狂ってるようで怖い。何より別人のように、まるで何かが憑依したように、目の前の人がへんげした現実に、動揺しないように必死だった。
反論も煽ってもいけないので、一応一説を終えるまで静かに耐えた。
その間、やっと理解した。営業マンからオーダーシートに書かれた忠告、全然想像と違った。政治持論を1人で披露するということだったのだ。おしゃべり好きというレベルではない。随分丁寧な言い方をしてくれたものだ。
しかしこれは営業マンなら、契約してもらったし、切りがつくまで聞く以外なく、さぞ地獄だったのだろう。

さて、私は撮影も終えているし、片付けも済んだので、店主がガンガン話を続けているが、「ほうほう、」とか相槌を返しながら機材のリュックを背負った。
「個人事業主ならこれは聞いておいた方が自分の身のためだぞ?この党は本当にすごいんだから!」
などと、まだ続ける気でいるようだが、
「すいません。ありがたいお話ありがとうございました。次の現場がありますので失礼します。」
私は一礼しスッと入り口に向かって歩く。
「これ!これあげるから!帰ったらじっくり読んで勉強しなさい!」
バッと差し出されたのは、先ほど店主が持っていたA4のパンフレット。グイッと押し出され受け取る以外逃げ道はなかった。
「ありがとうございます。」と言ってそれを持ち、一礼。
すると店主は我に帰ったように、すーっと最初の落ち着きを取り戻し、細い静かな声で
「今日は綺麗に撮って下さってありがとうございました。」
と丁寧に礼をした。
何事もなかったように、一気に我に返った姿がなんとも怖かった。
この子をこれ以上は引き止められない、捕まえていられないと察してくれたようで、本当に良かった。

この党がいい党であれ、いい政策を掲げていたとしても、この店主のせいで、1票投じれない気がした。
コインパーキングまでの道、急にまたあの大声の怖さが蒸し返してきた。はあ。よく切り上げれた。

おしゃべり好き、いえいえ、そんな可愛いものではありませんでした。こちらから営業マンに出す撮影申し送りに書きたいぐらいだ。
ここに髪を切りにくるお客さんは、毎回あの演説を聞くのか少し心配になったが、討論が好きな人もいるだろうし、
まあ、私が考えることでもない。

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