【掌編】足先

骨は折れて長くなる。
そうやって、きっと、長く、長くなってしまった、私の足指。足の親指よりずっと、ずっと長い、足の人差し指。



「ここらへんの木はさ、みんな太いよね」
「そう?」
「うん。おれんちなんか、埋立地にあるじゃない? まわりほっそい木しかないよ、ほんとに」
駅前ロータリーに、数本の松の木が立つ中洲がある。直輝が見入るそれを、私も見た。
松は二階建ての駅舎ほどに高く、枝を張っている。でも、太いのか。松が? 足の人差し指が痛い。
「こっち側に住んでると、よくわからないかも」
むかし松林の向こうに、海が広がっていたのだろう。この足元はさらさらとした砂浜で……。
駅から陸側を歩いて七八分に、私と直輝が通う高校がある。最近、よく二人一緒に駅まで帰る。
別れて私はバスに乗り、ゆるやかに陸を上がったり下がったり、三十分ほど揺られる。直輝は松と駅を越え、海のほうへと平らに歩いて行くのだ。
「じゃあさ、見においでよ。おれんちに行こう」
またそれかと、笑ってしまう。足先は痛いけれど。
「絶対何もしないから。するとき同意とるから」
「何もしないんじゃないの?」
「同意があれば大丈夫」
手を繋いだこともないのに、いったい、何を言っているのだろう。でも直輝はたしかに、どさくさにまぎれ、私にふれることは一切なかった。並んで歩いて、偶然手がふれることもない。
手くらい繋いでも、いいのになと、ずっと、思っていた。
制服姿で、制服に囲まれてそうしたくはないけれど、直輝もそうで、だから直輝の家なのか。でも駅を通り過ぎればそれだけで、制服はだいぶまばらになるはずだ。だから、でも。
「足が痛いの。たぶん、もう、私に合う靴はこの世にない」
そうなのだ。もう。
「足が、足の一番先っぽが、ずっと痛いの。ときどき、あれ痛くないって気づくけど、でもまたすぐ痛くなるから、もう、ずっと恐くて、ずっとほっとできない。もう、歩けないし、歩きたくない」
「うん。だから、おれが千佳の靴になるよ」
ほんとに、何を言っているのか。直輝は。
「足じゃなくて?」
「靴のほうだね。おれは、千佳の足になれないし。千佳にはなれない」
「靴にもなれないでしょ」
「いけるでしょ。皮はあるんだし」
「……リアルで恐いよ」
「夢じゃないよ」
「夢じゃ、なかったんだ」
そうか、これは夢じゃない。若い、あの頃の直輝と、あの頃の私。結局、ふれることなく終わった思いと、後悔。今が最後だ、ほんとうの。
「手、繋いでもいい?」
「うん。いいよ。おれこそ、繋いでもいい?」
「うん」
「ちゃんと、同意あるかな」
「ある」
ようやく、私たちは手を繋いで行く。
あわい薔薇色がかった、うすだいだい色の、ひかりに包まれた。

視界がひらけた。見渡す限りの雲海が輝いている。足は軽やかに、天まで舞い登ったらしい。
一人、立っていた。
もうすこし一緒にいられるものと。でも、もう痛くない。私はそれっぽい薄物をまとい、裸足で、靴もなかった。
さて。
今生は、まだ残っていたようだ。ダンジョンではないけれど、きっと何か、攻略すべきミッションが待ち構えている。直輝もたぶん、そうしてやってきた。
きっと、前へと歩く。
もう、よろこびに充ちている。