『麻雀漫画50年史』表紙に描かれた龍門渕透華さんについての考察

V林田さんの同人誌をまとめた書籍『麻雀漫画50年史』が、5月31日に発売されます。

『麻雀漫画50年史』(V林田/文学通信)

公式サイトなどで冒頭部分の立ち読みもできますので、百聞は一見に如かずで読んでみてください。

一麻雀漫画ファンとしても実に楽しみなのですが、何より一『咲-Saki-』ファンとして大いなる驚きがありました。それは、小林立さんが表紙を描き下ろしていたことです。

普通の人からすれば、「人気の麻雀漫画を描いてる人が表紙を描いたのね」「ああ咲の人なんだ」というくらいのことであろうと思います。しかしながら、かねてより小林立さんは「さまざまな仕事を依頼されるが『咲-Saki-』以外描く気がない」と明言していました。ファンとしては、それは非常に嬉しく頼もしい言葉でした。

それを体現するように、『咲-Saki-』シリーズはどんどんスピンオフも出て拡大していき、今月24日に発売するものを含めると

『咲-Saki-』25巻
『咲日和』7巻
『咲-Saki- 阿知賀編episode of side-A』9巻
『シノハユ~dawn of age~』17巻
『立-ritz-』1巻
『怜-Toki-』11巻
『染谷まこの雀荘メシ』3巻
『咲-Saki- re:KING'S TILE DRAW』2巻
『咲とファイナルファンタジーXIV』2巻

とシリーズ累計で77巻にもなり、麻雀漫画史上でも屈指の広がりを見せてくれています。それ故に、こんな風にシリーズ関連書籍や企画以外に絵を描き下ろすということは10年単位で見ても非常に珍しいことなのです。

しかし、確かにこれはまぎれもなく『咲-Saki-』ではあります。『咲-Saki-』シリーズではないものの、関わりがあるもので『咲-Saki-』の絵を描いてもらう。「そ……ッッ そうきたかァ~~~ッッッ」と、思わず烈海王顔になって感嘆してしまいました。


そんな『咲-Saki-』シリーズにおいてはたった1枚の絵の中にも物語や意味が込められていることが多く、それについてあれこれ妄想を巡らせるのもファンの楽しみのひとつです。

小林立さんは、このように発言しています。

本編漫画の扉絵や表紙などの多くは時系列が違ってはいても起きたことと思ってます。

dreamscape

そうなると、この『麻雀漫画50年史』の表紙で透華が和了している様子もいつかどこかで行われたものではなかろうかと自然と想像されます。

では、これはいつの、どのような状況なのか。

いくつかあるヒントを元に考察していきます。



服装

着ているものとしては、透華の衣装として最もメジャーであろういつもの服です。

ただし、透華のこのいつもの服には「長袖」と「半袖」の2種類が存在します。

長袖 長野県予選、阿知賀との練習試合(原作)など

『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)2巻より

半袖 四校合同合宿、阿知賀との練習試合(アニメ版)など

『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)7巻より

なお四校合同合宿において、特にいわゆる「冷やし透華」になった時は浴衣を着ていました。アニメの卓球シーンや、他での回想なども含めて合宿時は浴衣でいる時間が多い印象です。宿舎に着いてすぐに衣が遊び=麻雀に誘ったときには、まだ着替えていなかったのでこの半袖姿で打っている時間もあったでしょう。

夏の私服姿も複数あり、最近出てくるときも概ね私服姿が多いです。ということはやはり四校合同合宿のとき……?


椅子と雀卓とサイドテーブル

服装よりも、大きいヒントは背景にありました。

我われは…この椅子に見覚えがある…

そう、ここ10年以上ずっと見守り続けてきている、全国高等学校麻雀選手権大会出場者たちが座っている椅子です。

『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)11巻より


『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)20巻より

2回戦でも決勝戦でも椅子は同じです。

カラーで描かれている場面は多くないですが、色も合っていますし、よく見るとしっかり描かれている2つの半楕円=肘掛けの形状や、雀卓の特徴からもおよそ間違いないでしょう。

サイドテーブルも僅かに見えています。

つまり、明らかにここはインターハイの会場なのです。
しかし、今年の龍門渕は長野県2位で団体戦には出場しておらず、また個人戦も透華に出場権はありません。

となると、濃厚なのは前年の透華たちが1年生であったころのインターハイです。
透華が個人戦に出ていたかどうかは定かではないですが、今年の個人戦の上位は清澄やモモなどニューフェイスが大部分を占めていたことを考えて彼女たちを除外すれば、キャプテンに次ぐ成績である透華が出場していた可能性も十分にあります。

「1年生の透華」「インターハイ」といえば、何よりすぐ思い浮かぶのは臨海のダヴァンとの対決でしょう。冷やし透華となったことで強豪校のダヴァンすらも怯えさせ、ダヴァンが合浦女子をトバすことで強制的に終了させたというあの対局です。

メタ的に考えても、何でもない一局が描かれているよりは何か意味を持つシーンである方がしっくりきます。となると、脅威の和了率を誇り「名試合」とも謳われたダヴァンとの対戦はうってつけでしょう。

改めてダヴァンの回想を見てみると……

『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)7巻より

ツモったときのポーズもほぼ一致!

ただし、透華は長袖を着ている!
非常に惜しいですね。
状態的にも冷やし透華ですが、表紙の透華はノーマル状態に見えます。ただ、人から見たら非常に恐ろしく見えた咲さんが実はトイレを探していただけという事例もあるように、見る人から見れば変わらないのかもしれません。

そして、ダヴァンのイメージの中では長袖になっているものの実際には半袖を着ていた、という可能性もロンオブモチあります。マンガ版とアニメ版で袖の長さが違ったことがあることも考慮すれば、イメージの差ということで許容範囲内でしょう。

色々な可能性を残しつつ、他の要素も検討してみましょう。


点数状況

点数を見ると、透華が29200点+リーチ棒の1000点、対面が28600点、透華の下家は文字に隠れていて見えづらいですが25700点か29700点。上家は百の位の5しか見えませんが、他家からの差で推測できます。

ここで、前述の通りこれが前年のインターハイ、第70回全国高等学校麻雀選手権大会であると仮定するならば、ルールは第71回である現在と大きく違うはずです。すなわち、『シノハユ』の団体戦でも用いられている30000点持ち30000点返しが採用されていることが予想されます。

それを前提に考えると

透華 -800点
対面 -1400点
下家 -4300点 or -300点
上家 +6500点 or +2500点

起家マークは見えている部分にないので、透華の下家にありそうです。
そうなると透華がラス親で、東4局0本場か南4局0本場。

もし、これが上記のダヴァンとの対戦シーンであれば、ダヴァンは上家。透華が途中から変わって恐ろしくなったということは、裏を返せば途中までは恐ろしくはなかったということ。点数状況的には、上家のダヴァンがリードしている展開であったということはしっくり来ます。その場合、まだ大きく点数が動いていないことと、ダヴァンがこの後に合浦女子をトバそうとすることを考えると東4局である可能性が高いかもしれません。


捨て牌から見えるもの

見たところ鳴きは入っておらず、透華が8巡目に親リーをかけて10巡目にツモ和了りしたことが見て取れます。ドラ表示牌は1mなので、リーヅモ平和ドラ1。逆転してトップに躍り出ることができる良い和了ですね。

ここで興味深いのは、リーチの前巡に5pを切っていること。リーチ宣言牌は4sなので、恐らく445sか344sと455pがあるところで5pから切ったということでしょう。もし第71回大会におけるルールであれば赤5があるはずで、赤受けを考えるなら通常は4sから切り出しそうなものです。

これが仮に阿知賀女子学院との練習試合で松実玄さんと打っているのであれば、赤5pは絶対に来ないのでむしろ自然なのですが。ゆえに、赤5pがない第70回大会以前のルールで打っていることがここでも濃厚になります。

また、透華の対面の打ち回しにも意図を感じます。まず、3巡目に4mを捨てているにも関わらず、手には2枚の3mが見えること。また1sと5sがあるのに3sを捨てていることもあり、初めから対子手を決め打っているように見えます。
そして、透華のリーチに対しては現物がなく、8m切りを選択していることも興味深いです。確かに透華は5,6,9mを切っており、直前に透華の下家が9mを切っていることも合わせて考えると8m待ちはかなり薄そうです。しかし、もし捨てた後に再度ツモったのでなければ8mは対子落としであり、他に3p・7p・3mの対子と白の暗刻がある状態、七対子リャンシャンテンの状態から落としたことになります。攻めを残しつつ軽くオリたいのであれば、透華は4sを切っているので同じく筋でありタンヤオのつかない1sから切るのも有力ではあろうと思います。その次に切ることになりそうな9sも、透華が8sを早めに切っており下家も1枚8sを切っているので比較的安全に見えそうです。
何らかの能力を持っているのか、あるいはプレッシャーを感じて打ち筋を曲げられているのか。それをダヴァンに見越されて、トバされた合浦女子の誰かである可能性もありそうです。

また、捨て牌の整い方に着目して見てみると、透華と対面と上家は少々乱れているのに対して、下家の捨て牌は綺麗に整っています。


これは基本的なおさらいですが、『咲-Saki-』シリーズにおいてはキャラによって明確に捨て牌が描き分けられています。

最も顕著なのが、こちらでしょうか。

『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)3巻より

綺麗な捨て牌
綺麗だが上下はランダムな捨て牌
やや乱れた捨て牌
非常に乱れた捨て牌

四者四様ですが、どれが誰の捨て牌か解るあなたは『咲-Saki-』マイスターです。

この目線で、ダヴァンの捨て牌はどのようなものだったかを振り返ってみます。

『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)14巻より
『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)14巻より

それぞれ由暉子の下家、絹ちゃんの対面のリーチをしているのがダヴァン。やや乱れた捨て牌で上下は揃っています。和は常にきっちりと揃えており、実に性格が出ていますね。

ただ、ダヴァンは暗闇を使用した際には捨て牌も上下がランダムになります。

『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)14巻より
『咲-Saki-』(小林立/スクウェア・エニックス)14巻より

このダヴァンの捨て牌の特徴は、最新25巻で描かれるであろう決勝副将戦でも同様に描かれています。

従って透華の上家の捨て牌は、ダヴァンの捨て牌であると仮定しても矛盾しないものになっています。


まとめ

結論から言えば、第70回インハイのどこかであろうということは高い確度で言えるが、それがどこかまでは断定できない。

ただし、ポーズや場況からダヴァンとの対戦で覚醒した瞬間である可能性は否定できないし、個人的にはそうであってくれたら美しくて嬉しいです。

「『咲-Saki-』なんて、ただ美少女がメチャクチャな能力麻雀をやってるだけでしょ?」
といった認識の方も、未だに少なくないでしょう。
しかし、このようにたった1枚の絵からですらもさまざまな物語を汲み取ることのできる深い奥行きを湛えた優れた麻雀漫画なのです。こういった細やかな描写の積み重ねを作者ただひとりで長年作り続けており、そこに大きな魅力を感じています。

咲-Saki-Vita全国編においても、並み居る強豪を上回って最強キャラだった冷やし透華。彼女たちが、今シリーズで描かれている強豪たちと真正面からぶつかったらどうなるだろうかという興味は尽きません。

圧倒的な力を持っているものの、その真価を発揮できぬ間に他者間のやり取りで試合を終えられてしまったというままならなさも、また麻雀。彼女が麻雀漫画50年の歴史の顔として描かれているというのも、趣深いです。

次号のヤングガンガンからは、遂に総決算となるインターハイ決勝大将戦が始まります。歴史的な戦いをリアルタイムで応援して行こうではありませんか。

絶対優勝阿知賀!

5月17日追記

新子憧さんお誕生日おめでとうございます!
『咲-Saki-』本編があまりにもすばらな今日この頃いかがお過ごしでしょうか。

本日、版元の文学通信さんから見本誌のチラ見せがありました。

この動画で見える下家の上下紫色の服装は、沢村智紀さんを強く思い起こさせますね……。
ただ、ともきーの捨て牌は本編を見る限りだとその理知的でクールな印象とは違ってかなり荒いんですよね。
しかし、この表紙絵の下家の捨て牌はかなり綺麗なものに見えます。
果たして、どうなのか。

もうすぐ答え合わせができそうです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?