見出し画像

『ホール・アース・カタログ』断章~カウンターカルチャーの時代~


 『ホール・アース・カタログ』 Whole Earth Catalog(WEC)は1960年代後半から70年代にかけて、世界の多くの人々に多大な影響を与えた伝説のアメリカ雑誌だ。 

Whole Earth Catalog, Fall 1968 

  2005年にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学での講演でWECに言及し、「それはまるでグーグルのペーパーバック版」のようなものだったと賞賛し、ふたたび注目を集めた。
 
 今回は、その『ホール・アース・カタログ』を断章風に紹介してみよう。

スチュアート・ブランド


 WECの創始者。1938年生まれ。スタンフォード大卒。当時アメリカで増えていた自給自足のコミューンでの生活者ための情報カタログとしてWECを1968年に創刊。access to toolsというサブタイトルどおりに、DIYに必要な情報と具体的な入手方法を網羅して紙面が後に「紙のグーグル」と呼ばれた所以だ。現在85歳。今もサン・フランンシスコで廃船(タグボート)に住んでいる。 

 Stewart brand in 2022 by Christopher Michel /CC BY-SA4.0

 

バックミンスター・フラー


 スチュアート・ブランドがWECを思いついたきっかけが、1966年に聞いたバックミンスター・フラーの講演だった。WECの最初の号の冒頭にはこう記されている。「バックミンスター・フラーによる洞察、これがこのカタログが伝えることだ」

 バックミンスター・フラーは「20世紀のレオナルド・ダビンチ」とも称される思想家、建築家、発明家、デザイナーなど様々な肩書きをもつ異能多才な人物。WECにはフラーが「宇宙船地球号」と呼んだ地球の有限性を前提にどう生きるべきか、という問題意識が根底に流れている。ちなみにWECの表紙の宇宙に浮かぶ地球という象徴的な写真は、ブランドの運動によりNASAが公開に踏み切ったものである。

参考:『バックミンスター・フラー~宇宙との調和の意志~』
 

Whole Earth Catalog, Fall 1968  page3

L.L.ビーン


 具体的なWECの紙面は、L.L.ビーンのカタログがその元になっているといわれている。ブランドの父はカタログマニアだった。WECに象徴的に使われているwindsorという書体は、L.L.ビーンのカタログに使われていたものだ(L.L.Beanの1969年のカタログがA Continuous Leanというサイトに掲載されている)。
 

Whole Earth Catalog Fall 1968 page48-49

ヒッピー、ドラッグ、カウンターカルチャー


 スチュアート・ブランド本人はヒッピーではなかったが、LSD実験(当時は合法だった)の体験、ケン・キージー(『カッコーの巣の上で』の原作者)によるメアリー・プランクスターズ(ドラッグ&ミュージックによるサイケデリック・バスツアー)への参加、ビート世代と呼ばれたアレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズとの交流など、カウンターカルチャーに深くコミットしており、ブランドは当時、その中心にいた人物だった。 

「すべてヒッピーのおかげ」


 スチュアート・ブランドは、スタンフォード研究所のダグラス・エンゲルバートが、マウス、ハイパーテキスト、グラフィカル・ユーザー・インターフェイスなど、今のパソコンの原型となる技術を提示したといわれる1968年12月の伝説的なデモンストレーション(「すべてのデモの母」と呼ばれている)の手伝いなど、人間の意識の拡張や新しいネートワーク社会の可能性としてのコンピューターの存在にも早くから注目していた。ブランドは「すべてはヒッピーのおかげ」というエッセイで「カウンターカルチャーが中央の権威に対して持つ軽蔑が、リーダーのいないインターネットばかりか、すべてのパーソナル・コンピューター革命の哲学的基礎となった」と書いている(”We Owe It All to The Hippies,” Times, special issue, spring 1995)。

 

『遊』、『宝島』、『POPEYE』


 『Made in U.S.A. Catalog』(1975)、『別冊宝島 全都市カタログ』(1976)など、70年代の日本で出版されたカタログ系のムックや雑誌の多くがWECの影響を受けている。『遊』、『宝島』、『POPEYE』など、その後の日本の主要サブカルチャー系雑誌のルーツのほとんどはWECにあるといっても過言ではない。 

“Stay hungry, Stay foolish”

 
 “Stay hungry, Stay foolish”(ハングリーであれ、フーリッシュであれ)。スティーブ・ジョブズが先のスタンフォードでの講演で卒業生に送ったこの言葉もWECに書かれていた言葉だった(『ホール・アース・エピローグ』1974の裏表紙掲載)。

 
 今、世界の全員がこの言葉に深くうなずき、勇気づけられ、耳にするたびに思いを新たする時、1960年代~70年代のカウンターカルチャーの影響、そしてその象徴であったWECの存在の大きさに改めて感慨を覚えざるを得ない。
 
  

 
*参考文献
 
『ホール・アース・カタログ<前編>』 spectator 2013 vo.29
『ホール・アース・カタログ<後編>』 spectator 2014 vo.30
『パソコン創生「第3の神話」』 ジョン・マルコフ 2007

*初出:zeitgeist site(加筆改変)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?