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あと半分とまだ半分

 ここ数日、嫌なことが続いている。身内の付き添いで病院へ幾度となく行く用事もあったし、親類が亡くなったりもした。その他にも仕事でミスをして怒られたりと散々な日々。……ちなみに、左の頬には大人ニキビもできている。しかもかなり大きめときた。

 基本的に物や他人には過度の期待はしないようにしている。自分勝手に期待をするから、それが叶わないと悲しくもなり、怒りの感情もわくというものだ。物事もなるべく全体を見るようにして不測の事態にそなえる。

 それでも悪いことや嫌なことは訪れる。しかも悪いことはたいていの場合は連続して続く。それらが重なると前に進むのが嫌になる。そんな時は心に棲む自分の姿を覗き込む。そこには幼い姿をした自分が両足を抱えてじっと坐っている。

 ジンクス? というのかな。昔からネックレスを身に着けている。金色で細いタイプのネックレスと軽いチタンのネックレス。その二種類を気分によって取り換える。悪いことがあるとネックレスを取り換えて気持ちを切り替えるのだ。

 一袋のチョコレート、一粒一粒が包装された甘い甘いチョコレート。食べ進めてすぐに半分を食べてしまった。

「あと半分しかない……」

「まだ半分もある!」

 どちらの感想が良いのだろう? 取り方によっては、この先のモチベーションが違う。ここでは後者の方が楽しそう。それがマラソンや持久走ならどうだろう? 

 ここはマラソンの折返し地点。

「あと半分も走るのか……」

「まだ半分も走るのか……」

 これは両方とも一緒だった。そもそも走るのが得意ではないのだから「まだ半分も走れる!」とは絶対にならない。

 物事は見る角度や立場によって180度違ってくる。正義も簡単に悪になるし、悪が絶対の正義になることもある。一般的に見てスーパーヒーローは正義なのだろうが、悪者一味から見るとヒーローの行動こそが悪いのだろう。悪の首領の肉親から見たら、そいつは父さんをいじめる悪い奴ということになる。

 昔、ノストラダムスが1999年に世界が滅ぶと予言した「恐怖の大王が空から攻めてくる」よくよく調べると後付けらしいが。それでも子供の頃は怖かった。なにしろ「恐怖の大王」なのだから。悪の王とかではなく恐怖の王、その恐怖という所がとても恐ろしい。予言が実現していたとしたら、とてつもない恐怖が世界中に降りかかったことだろう。

 小学生だった僕は毎日、夜眠る前に布団の中で

「世界が平和になりますように。あと、……明日は給食が全部食べられますように」

 と神様にお祈りをしてから眠っていた時期があった。給食は早生まれのせいもあるだろう。当時は出された物を全て食べられなかった。時間内に全部食べられないと休み時間に廊下に机を置かれて、そこで食べさせられた。廊下に出されるのは、いつも同じ面子。冷めきって固くなった食べ物を少しずつ口に運ぶ、僕はそれが嫌で嫌で仕方なかった。

 だから神様の願いにもうひとつ付け足した。関係ないけれど「口裂け女」というのも当時はとても怖かった。

 今でも悲しいことに世界各地では揉め事が多いが、それは見方や価値観が違うから当然なのだろう。

 今日は風呂上がりにネックレスを取り換えてから布団に入った。

「世界が平和になりますように。あと、……宝くじが当たりますように」

 たまには宝くじでも買ってみようかな。

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