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お盆の海には近寄るな!の巻

 深夜の港の防波堤、右足を一歩前に進めたときにバランスを崩し、そのまま深い暗闇へと吸い込まれていった。すぐに水面からドバァンと音が上がる。

「九死に一生を得る」

 何十年と生きていると、何度か危険な状況に陥ることがあるものだ。

 あれは二十歳前後のこと、友人と二人で夜釣りに出かけ、千葉県の外房までやってきた。釣りが出来そうな場所を探し、車を停めては歩いて様子を見る。ようやく良さそうな港の防波堤を見つけ、そこで釣りをすることにした。車から荷物を下ろすと、コの字になった防波堤を歩いた。割と大きな港だった。防波堤の内側には何隻もの漁船が停まっていて、防波堤の外側は高さが3m程だろうか、かなり下の方で水がゆっくりと防波堤に押し寄せている。早々に用意を済ませ、釣りの仕掛けを港の外側に垂らし、釣り竿を下に置いてふらっと歩いた時のこと。

「あっ」

 体が宙に浮いた。あったはずの地面がなかったのだ。今から思い返してもそこに地面はあったと思うのだが、一歩前に踏み出したそこには何もなかった。そこからスローモーション、ゆっくりと時間が流れる。一瞬の出来事なのだろうが、頭の中がハイスピードで回転した。
「落ちた」「助からない」「死ぬ」「どうしよう」などと負の想いが頭の中を駆け回る。しかしスローモーションはいつまでも続かない、体が水の中に沈み込み現実を味わった。

「落ちた。……防波堤の外側だ」

 深夜、真っ暗闇の水面の中で更に恐怖に襲われた。

「絶対に助からない」

 それでもすぐに顔が水面から出たので、若干落ち着くことが出来た。見上げると防波堤の上で友達がこちらを見下ろしていた。先程、防波堤から見たときには波は穏やかだったのだが、実際に水に入るとかなり体をもっていかれる。波に押されて体が防波堤に近づくのは良いのだが、その後は必ず防波堤から引き離される。洋服も重い、夜釣りなのでジーンズにTシャツ、その上にパーカーを被っていた。防波堤に付いたフジツボを何とか掴み必死に耐える。

 結果から言うと、友達にロープを投げてもらって、防波堤を端まで100m程度だろうか、引っ張ってもらい助かった。なんと滑稽なことだろうか、深夜の港で一人は地上、一人は3m下の海水の中に漂っている。兎にも角にも助かった。手は掴んだフジツボのせいで傷だらけだったけれど。

 たまたま運が良かっただけだ。泳ぎは得意ではない。息継ぎが出来ないので泳いでも10mくらいだ。ロープが無かったら間違いなく死んでいた。そのロープは港の入り口にたまたま落ちていた物をバケツで水でも汲もうかと自分が拾って持ち歩いていた物だった。水を汲んだ後に捨ててしまおうかとも思ったのだが、その辺に置いておいた。更にはこれはお盆の出来事だった。それにもう一つ、その場所で財布をなくし、数日後に千葉の警察から電話がかかってきた。踏んだり蹴ったり。だが、助かった。その年に亡くなった優しかった祖父が助けてくれたのだろうか。とも考えた。

 ともあれ、この時の教訓はこうだ。

「人が生きていく、生きていける。ということは、幾重にも重なった幸運と何かしらの意思なのだろう」

 という事と

「お盆には海に近寄らない方が良い」

 という事だった。

 あの時は確かに地面があったはずなのに、悪い幽霊に誘われたのかな。

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