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振袖の思い出

部屋のクローゼットには母から譲り受けた振り袖がしまってある。もう誰が着ることもないのだから、母の遺言どおり売ってしまおうか。

だけど、なかなか難しいよ。母との思い出の品物だもの。母と私と…たった2回しか日の目を見ていないんだよ。母方の祖父が母の結婚祝いも兼ねて買った着物らしいけど…結構高かったんじゃないかな

母は16で父と出会って、家族の反対を押し切って20で父と結婚した。なんという若さ。私は交際経験すら追いついていない年齢だ。

結婚式をあげ、その日から3泊ぐらいの新婚旅行へ。そして帰ってから三日後に母は結婚を後悔した。耐えて耐えて、それでも耐えきれず父の元を飛び出して実家に帰った日、祖父は何も言わず母を受け入れた。そのとき母は初めて祖父に申し訳ないことをした、してきたと感じたそうだ。

振り袖姿の母の写真は当時の父によって4つに分断されていた。母はどんな思いで破られた写真を拾い集め、保管しておいたのだろう。自分の晴れの姿を、父が買ってくれた着物姿の自分にその仕打ち。その写真には切なさしか残らない。

祖父は娘、孫(私)、もう一つ下の世代くらいまで意識して買ったのかな。ごめんね、こんな孫で。私は子供が嫌いなばっかりに結婚のチャンスも手放しちゃったよ。今ではソレをネタに薄っぺらい記事書いてる始末だわ。

私は成人式には出席しなかったが着物は着た。当時、成人の日を迎えるにあたって着物はどうしようかという話になったとき、母が「私が着たものがあるからそれを着たら?」と言った。選ぶのも面倒くさいしお金がかかるのもイヤだから…それだけの理由でOKを出した。

プロに撮ってもらった写真を見たとき、はっきり言って母とは月とスッポン。お世辞にもキレイ、可愛いとは言えない。ハリセンボンのはるかが当時の着物写真をネタにすることがあるが、それに近いレベルだと私は思っている。

むしろ今の私が着たほうが二十歳のときよりも少しはマシになるのではないだろうか…

「売っていいけど私が死んでからね」と生前、冗談半分で話していた母は2年前に末期がんで亡くなった。手放す条件はクリアしている。

見積もったら、いくらぐらいになるかな?
手放す前に一度…もう一度着てみようかな?
いつか業者が処分するくらいなら、私が生きている間にお金にかえて、有意義になにかに使ったほうが良いよね。

死んであの世に持っていけるなら手放さないよ