高級宿よりBBQのできるAirbnbの価値観

「すべて準備されたBBQならば焼肉店に行った方が良いよなぁ」と感じることがある。BBQの目的は美味しいお肉を食べることではなく、そのプロセスにある。

つまりプロセス(体験)を商品としていないものに対してお金を払うことに違和感を覚え始めてきた。対価となるお金の価格に対して機能で得られる喜びが見合っていないのだ。

3月にアメリカでマーケティングカンファレンスに参加した際も通訳さんがいてくれて、わざわざ通訳してくれようとしていたが僕の場合はアウトプットに関しては全く必要ない。むしろ不便を楽しめるタイプなので自分でやりたい。

旅行もできる限りツアーを申し込みたくない。どうしてもツアーでないと行けないような場所であるならば割り切って申し込むが自分で手配すれば行けるような場所であれば、その手配がゲーム感覚で面白い。

どちらかといえばプロセスを楽しむタイプの人にとっては、そのプロセスに参加する余白をホスト側で少なくすると満足度って下がるよなぁということ。

ロールプレイングゲームもラスボスを倒したことで得られる喜びなんて大したことがない。それよりもラスボスにたどり着くまでのプロセスの方が面白い。

コミュニケーションが発生するならば、そこにはいくらでもお金を払いたい。ただ高級お宿にお金を払ってもオーバースペックにだけ感じることがあり、もったいないお金の使い方だなぁと感じる。

6月に結婚記念日のお祝いで湯回廊という宿に泊まった。大人2人、幼児1人で合計65,000円。ただ僕は普段からカプセルサウナに宿泊するのが好きなので宿に泊まるのは全てがオーバースペックに感じてしまう。

正直65,000円で1泊するならば神戸サウナ&スパやスパアルプスに何泊かした方が満足度が高い。もしくはすべてが手配されたお宿より自分たちで準備する必要のあるキャンプをした方が満足度が高い。

なので来年以降の結婚記念日を含めて高いお宿に宿泊することを検討する際には「本当にこれで満足度が高まる選択なのか?」は問いかけたい。高級宿は非日常を売っているので、コミュニケーションを売っていないという見方もできるが、それであればなおさら高級宿を選ぶ理由が見当たらない。

なんであらためてこんなことを感じたのか。夏休みに家族と友人と宿泊できる古民家をAirbnbで探していた。するとピザ窯やBBQグリルが結構あったりする。

家族と友人と一緒に火おこしや食材調達をできたら楽しいよなぁと。この適度な不便こそがBBQの楽しみである。ホストが気を遣って不便を解消しようとしてくれるがこれは満足度の低下になる。

場所だけ貸すのであとはご自由に、で丁度いい。すべて準備されたBBQで焼くだけならば、焼肉店に行った方が良い。

つまり僕の価値観の変化としては、高いお金で機能の高いものを提供されるより、自分たちであれこれ試行錯誤しながらプロセス(不便)を楽しみたい。

機能って結局は受け手の感じ方なので、プロセス次第でいくらでも楽しく、美味しく感じられる。なので高機能を価値としているのもへのお金の使い方は今後は避けて、プロセスを価値としているものに対してドバドバとお金を使っていくことにしよう。

場所だけ貸すのであとはご自由に、が丁度いい。こういうお金を使ったことでフィードバックのある違和感をそのままスルーせずに何が引っ掛かっているのかは都度言語化しておきたい。

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