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300字小説まとめ/tononecoZine

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300字ショートショートのまとめです
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#ショートストーリー

【300字小説】彼方からのプレイリスト

 とっくのとうに別れた恋人のプレイリストを、未だに時々再生してしまう。未練があるとかではないのだけれど、何となく聴いてしまうのだ。音楽に罪はない。  「forU」なんて気取ったタイトルのそれは、知り合ったばかりの頃彼がわたしのために作ってくれたものだった。    お別れしてからだいぶ時間が経つのに、最近になって新しい曲が追加されていることに気づいた。それはどこか外国の知らない曲で「ピクニックしよう」みたいなことを歌っている。  いよいよ春の訪れを感じる今日みたいな日にぴったり

恋する狛犬

 九州地方のとある島の神社には、昔から不可思議な噂があった。  何でも、夜な夜な狛犬たちが散歩にでかけているらしい。  尾っぽをフリフリ、でも石造りなもので足音はゴロゴロと、仲睦まじく近所を徘徊するのだそうな。  口を開けた狛犬は延々と愛を語り、もう片方は黙ったままウンウンとまんざらでもなさそうにその言葉を聴いている。絶え間ない愛の囁きに興奮するのか、いつしか互いの尾っぽを追いかけくるくると周り出す。その戯れはやがて発光し、スピードを増すと明滅し始める。星空の如くひとしきり

紙さま!

きのう古本屋で買った文庫本から「ニャア」と鳴き声がした。 たしかに、紙と紙の間にはあらゆるわくわくが挟まっている気がする。ノートだとか本だとかコピー用紙のかたまり、それぞれの隙間に。 ページを捲るたび、時には星々が煌めき、カラフルな未知がその片鱗を魅せ、触れたことのないおまじないや祈りの言葉がそこに息づいているような。 え?でも、こんなところから猫?? 今度は文庫の隙間から白いふわふわとしたしっぽがのぞいている。ゆったりと、左右に振れるしっぽ。 やがてするりと、黄色い

ドリーミン・ポン・デ・ケージョ

今日は購買でお気にのパンが買える日。通っている高校では週一で街のパン屋が出店する。私はその店のポンデケージョの大ファンで、朝からそのことで頭がいっぱいだ。あのチーズの練り込まれたもちもちは罪。 4限が終わって足早に購買へ。 もう顔馴染みになったレジのおばちゃんが「特別なのあるわよぉ!」と一番に教えてくれた。指さす先には特大のポンデケージョ。瞬間、私のテンションは爆上がった。ずっしりみっちり座布団の親戚みたいなそれを買って教室へ戻る。 いざ食べようと思ったけれど、なんだか愛

幸せ悪玉コレステロール

 今日も今日とて仕事へゆく。電車を乗り継ぎ都心の職場へは小一時間。車内へ乗り込んですぐ、イヤホンを装着し目を瞑る。するとわたしと外界とは、簡易的に遮断される。  こんな妄想をする。中央線は東京を流れる動脈で、地下のメトロはまるで毛細血管。乗客であるわれわれ血液を、隅々まで運んでゆく。おや?わたしひとりくらい予定通りの行動をせずとも、母体にさして影響もないのでは。  最寄りの駅へと着く。しかし社会へのちいさな反抗として、わたしは電車を降りずにそのまま乗り過ごす。  さて遅刻

謎のしるし

 あなたから借りた短編集には、謎の印がたくさん付いていた。丸で囲ったところや波線、はてなマークは元より、三角四角二重丸、※印に星マーク、魚や猫のマークが印されているところまであって、わたしはつい物語よりもそちらに夢中になってしまった。  主人公が昔の親友と数年ぶりに再会するシーンになぜかおにぎりのマークが付いていたり、人生の一大決心とも言える行動の描写の横にはおでんのマークがあった。  気もそぞろに物語たちを読み終え、あとがきまで辿り着く。そこには余すとこなく小さな花々が

お水でざぶざぶやらせて 

 わたしアライ猫。アライさんちの猫だから。  ミミって名前があるけれど、なぜだか仲間も近所の子どもも、みんなわたしのことアライ猫って呼ぶ。そしてわたしも少しそれを気に入っている。 ところでわたし最近、猛烈に洗いたい。  テレビで見かけた「アライグマ」。初めは、なんか似たような名前ね、ぐらいなもんだったけど、あいつが森の川で獲物を洗ってるのをみて、これだって思ったの。  さて何を洗おう。顔ならしょっちゅう洗ってる。違う、そうじゃなくてお水でざぶざぶやりたいのよ。まずは一等

指先の銀河

 「指先に、魔法をかける」  気に入ってずっと通っているネイルサロンのキャッチコピー。仕事に疲れきっていた金曜の夜、わたしは藁にもすがる思いでその店の予約を取った。  オーダーは、その直前に衝動買いした指輪に似合うようなデザインで、とおまかせした。さすがわたしの好みをわかっている。半透明なミルキーホワイトにポイントで星が瞬くようなアートが施された指先を見て、可愛すぎてため息が出た。  瞬間、爪の先が輝く。 目を疑ったが、試しにもう一度息を吹きかけてみる。たしかに瞬く、