親父杯TA予選奮闘記

親父杯1回目のTAを終えて、いまこれを書いています。2回目は多分いかないので、私のTA予選はおそらくこれで終わりとなります。ということで、今年のTA予選に私がどんなふうに臨んだかを誰かの参考になればということで、書き残しておこうと思います。

自慢話めいて聞こえるかもしれませんが、決してそんな意図はありませんので、あらかじめご承知の上お付き合いください。まあ、結果が出なかったときに書いても説得力がないので…(今日、失敗したらこれも書くつもりはありませんでした)

1 2019年&2020年のTA予選のこと

そこから話始めるんかい!と思われそうですが、お付き合いください。
私を以前から知っている人で「とのさんって速いよね~」と思ってる人はおそらく一人もいないはずです。ロビーでもころころBやCの方に負けてますし。遅くはないけど…というのが周囲の私に対する評価かと。今年も配信見ている限り、50代クラスの有力候補みたいな扱いは全然されていませんでしたw

ここでちょっと2019年、親父杯1年目の私の結果を見てみましょう。

親父杯2019 40代クラスTA予選リザルト

49人中33位。これが初年度の私の結果です。正直、フレンドさんと結構練習したつもりなんですが、この年のTA予選は、鈴鹿でGr4の86というタイム差がしっかり出るレギュ(個人的意見)だったこともあって、上位は遥か遠く。実力的にはもう少し縮んだかと思いますが、1回目タイムと大差はないので2回目アタックにいく気力もなく。

この年はTA予選の後、ほぼ同レギュで予選レースがあったんですが、目立った結果は残せず。いま思えば実力どおりなんですが、何の爪痕も残さずに私の親父杯初年度は終わりました

でも、結果は出なかったとはいえ凄い楽しいイベントだというのは実感してまして。2020年は本気でやったるぜ、と秘かに思っていました。もちろん簡単に速くなれるわけはないけど、他の速い方が公式戦や他イベントと掛け持ちしてる中、親父杯に専念して走りこめば少しは差が縮まるんじゃないかと。

で、2020年の大会。目標はとりあえず「TA上位15人に入ってA決勝に出ること」にしました。自分でもちょっと高い目標だなとは思いましたが、他に適当なものもなかったので。

もうひとつ決勝に出たかった理由として、この年から親父杯の様々な動画(PV)をNiShiKeNさんの御厚意で作らせていただいていたことがありまして(2019年は記録編のみ作成)。
見る方は気にしてないと思うんですが、動画を作る以上、親父杯の戦いを身をもってわかっていないといいものは作れないという思いがありまして。
決勝のPVを作るならその場を知らないと…と感じていたので、できれば決勝に行きたいと思っていました(流石にグランドファイナルは遠すぎたのでそこは折り合いをつけましたがw)。

で、この年はとにかく走りこんだ記憶があります。今年も練習はそこそこ積んだつもりですが、記憶の中では去年が一番走りました。
決勝ボーダーが自分の手の届かないところまでいったら、私の速さを超えているということであきらめようと思っていたんですが、ずっとボーダーは私の自己ベストよりは下で推移していて。

ここで、先に2020年の結果を見てみましょう。

親父杯2020 40代クラスTA予選リザルト

御覧のとおり、結果を先に言えば40代予選を14位で通過し、目標を達成することができました。
この年は23秒台突入がひとつの壁になっていまして。私も自己ベストは23.8を出していたんですが、それがほんとにたまにしかでない。限られた4周の中でいいタイムが出る可能性は低い。そのような状況の中でTA予選にどう臨むかいろいろと考えました。

そして出した結論が、早い段階での出走は避けて、ボーダータイムがほぼ固まった終盤にアタックに行き、記録しなければいけない目標タイムを明確にして臨むというものでした。
私は心が弱いので、タイムを置きに行く余地があると本番中に日和ってしまいそうだったので、このタイム以上ならよし、以下なら終わりという明快なdead or aliveの状況を作り出すと。

後は、少しでも可能性を上げるためには1日でも多く練習を積むしかないという考えもありました。速い方が1週間、2週間で切り上げるところ、自分は期間いっぱい使えば少しは差が縮まるかもという思いもありました。

で、同日に2回のアタックは避けたかったので、最終日前日に1回目のアタックに出ました。24.136というタイムを出しましたが、わずかにボーダーには届かず。2019年と比較すればよくやったとは思いましたがやっぱり決勝に行きたい。

そして最終日。出走はボーダーがほぼ確定するラストセッションかそのひとつ前を狙っていました。実際は、ラストセッションでの2回目アタックとなりました。よろしければ下の配信動画もあわせてご覧ください。

ラストセッションですので超えるべきボーダータイムは確定しています。で、2回目を走りだして。よく覚えていますが、そんなに緊張していない感じだったので「よし、落ち着いて丁寧にいこう」と思って走ったら、動画のとおり4周のアタックラップのうち1周目・2周目は24.5台しか記録できず

あの瞬間の「やべーよ!」という気持ちはいまでも忘れられません。「とにかく行くしかねえ」ということで無我夢中で走ったら、なぜ出たかはいまでもわかりませんが「24.011」が出まして何とか決勝に行くことができました。

いま見返して他のクラスと比較しても、私の実力からすればとても上出来なタイムです。
しかもこのときはホリのハンコン使っていました。いや、コストパフォーマンスに優れたいいハンコンだと私は強く思っていますが、やっぱり値段なりの部分はあります(そりゃ価格分の価値がなければ誰も高いもの買いませんよね)。
更に40代最年長ということも考慮するともっと褒めてもらっていい結果だと思うんですが、あんまり誰も褒めてくれなかったのが、いまでも寂しく思っているところ

この年はTA予選で燃え尽きて肝心の決勝はほぼ空気でした。いま振り返れば勿体ないとも思いますが去年の私はそこまでの器しかなかったのも事実。
でも目標どおり決勝進出を果たせて、正直達成感は凄くありましたし、練習さえたくさんすれば自分にもチャンスはあるんだという自信もつきました。

ただ満足感と同時に。この1年間、ずっと頭にあったのは最初の2周です。運がよかったのは事実だけどボーダー越えのタイムを出せたのも自分の力なら、24.5しか出なかった最初の2周もまた自分の力一歩間違えば惨敗していたのもまた自分の力

親父杯のTA予選は本当に恐ろしい。私は、この4周の間に天国と地獄の両方を見ました。TA予選の恐ろしさはこのとき本当に骨身にしみました。

2 2021年TA予選の目標

そしてはじまった今年の親父杯。私も年を取りまして、今年からは50代クラスでの参戦となりました。
一応、曲がりなりにも昨年40代クラスで決勝に残った身です。40代と50代クラスではやはりタイム差があること、予選突破人数が24人に増えたことを考えると、今年は予選突破は絶対に達成したいと考えていました。とはいえ、昨年が出来過ぎな面もあったので、それが簡単でないこともよくわかっていたつもりです。

本音を言うとあわよくば上位進出もという頭もありましたが、目標のウェイトとしては、決勝進出を優先して考えていました。一か八かで上位進出を狙うのではなく確実に予選を突破するぞという考え方です。

練習はこれまでと同じく、気心の知れたOJS連合の部屋をベースに、時には他のグループにお邪魔したり、オープン部屋にいったりと。部屋で一緒になった皆様には、この場を借りて御礼を申し上げます。ありがとうございました

後はひたすら走るだけです。去年あたりから、私も親父杯界隈で多少は知られるようになって。速い人たちの部屋にお邪魔しても許していただけるような感じになりまして。で、速い人達を見る機会が増えて気づいたのが「自分より練習している」だったんですね。
練習の質を云々するより先に、自分より速い人に単純な練習の量で負けている。そりゃ、追いつくどころか差が離れてくよね、と去年の大会で深く納得したのです。

こんなことを言った割に、今年はそこまで追い込んだ練習はしていないのですが、それでも、11月20日のレギュ発表後は今日まで一日も休まず毎日走りました。仕事が落ち着いていて、時間が確保しやすかったのは幸いでした。

撮影会を開催した日など、ほんとに軽く10周くらい走って終わりの日もありましたが、最終的な走行距離は7270km。フレンドさんに付き合ってちょっとだけ他の車に乗りましたがほぼ全部親父杯練習です。ドラトレシーサイドが5.2kmなので単純計算すると約1400周。アウトラップやミスで途中終了もあるでしょうが正味のラップでも1000周以上は走ったかと思います。

親父杯がはじまる前1カ月くらいは、私全然グランツーリスモやっていませんでした。そんな私に1か月毎日ハンコンを握らせる親父杯の魔力恐るべし。まあ、親父杯で嫌というほど走ることはわかっていたので、飽きないように直前は走らなかったというのもあるのですが。

3 練習での自己ベスト

では1000周走ってラップタイム的にはどの辺まで行けてたか。ここで、私の個人ベストの走行動画を載せておきます。

ちなみに自己ベストの更新推移は以下のとおり。51秒切るまではアバウトですが50秒台入ってからはしっかり記録しています。
11/20 1.51.592(初日)
11/24 1.51.303
11/25 1.51.077
12/02 1.50.879
12/10 1.50.835
12/18 1.50.794
12/22 1.50.685(TA前日)

1カ月かけてここまで行きました。生涯ベストのセクタータイムつなぐと50.4台にギリ入るかというところです。

今年は振り返ってみれば比較的タイムは順調に伸びた方なんですが、それでも上を見てわかるとおり12/02~12/10と、そこから12/18まではかなり足踏み状態が続いています。速くなるには練習しかないと分かっていても、この頃はやっぱり苦しかったです。

私も2019年がそうだったんでよくわかるんですが、親父杯に慣れていない方は、1・2週間たったあたりのこの頃、タイムが落ち着いて伸びなくなってくると、自分はこんなもんだと練習をやめてしまうんですね。

でも親父杯の面白さは、参考動画や練習仲間が豊富で、練習に取り組む環境が整っている中で1か月頑張ることで、自分には夢だと思っていたタイムが、決して不可能ではないことに気づくところにあるのです。

4 TAに臨むにあたっての戦略

とは言っても、いくら練習を積んでも速さでかなわない方たちがいるわけです。その分は戦略でカバーするということで今年も頭を捻りました。
他の記事でも書きましたが、まずはボーダー予想です。過去の実績やDR、ツイッターのタイム報告、部屋での偵察wなどを通じて、ボーダーをしっかり想定する。

50代は最初、51.1~51.2あたりで見ていてそれを前提に練習を積んでいたんですが、情報を総合するとちょっと苦戦気味の方が多い感じでしたので、51.3か51.4でも生き残れるかもと予想修正。

私のベストタイムの推移は上に書きましたが、去年に比べるとベストに近いタイムの出現率は比較的高かったので、ボーダーよりは多少上のベースを持っていると自己判断していました。完全なチャレンジャーだった昨年とは状況が違うと。

それを踏まえて今年立てた戦略は「1回目のアタックで決勝進出確実な安全圏まで行く」というものでした。

一番恐れていたのは、私は根本的にチキンなので、1回目のアタックであまりいいタイムが出せずにボーダーちょい上になってしまって、タイムを下げるのが怖くてアタックに出られず、最後に他の方に逆転されてしまうパターンでした。
特に今年はレギュ変更の影響で、終盤のアタック合戦がし烈になるかもと考えていまして。残り時間もない中、ボーダー下に落とされて、不調時など望まぬタイミングで2回目のアタックに行かざるを得なくなるのも避けたい。

ですので、ほぼ確実に安全圏タイムが出せると判断した時点でアタックに行くことだけを考えて。それでボーダーも真剣に予想していたのです。
もちろん、去年の経験でお話ししたとおり、4周で確実にタイムが出る保証はありません。それは骨身に染みて知っています。ただ、出る以上はある程度自信をもっていかなければあの緊張には勝てない。

ここでちょっとこのグラフ(散布図)を御覧ください。

予選シミュタイム推移 分布図

OJS連合の部屋では練習の最後に、本番想定でレース形式の4周アタックをすることが多いのですが、そのラップタイム推移です。
ほぼ同じラップタイムが出た日は点が重なって3つに見えるかもしれませんが、基本的に毎日、点が4つついてます。たまに2回やった日もあるのでその日は点が8つ(本番想定をしなかった日は点なし)。便宜上、スピンなどでタイムが53.500以上の周はまとめて53.500として表示しています。
なお、一番右の点がTA予選の結果です。

今年はずっと自分のボーダー設定とこの散布図をにらめっこしながら、アタックのタイミングを計っていました。最終的なボーダー想定を51.3か51.4と変更してからは絶対安全圏として51.1以上がどれくらいの確率で出せるか。

いつも一緒に練習しているt氏は私のタイムも見ていて最近は「流石にとのさん、予選は通るよ」と勇気づけてくれましたが、自分自身ではまったく安心できないと思っていて。やっぱり去年の2周のトラウマは強烈で。自己ベストから0.7~0.8落ちまではありうる。

いいタイムだけでなく一番悪いタイムも見て頭を悩ませながら、推移やばらつき(悪いタイムの減り具合やいいタイムと悪いタイムの差)も安定してきたので何とかなるかなと判断して、12/20に12/22のアタックを決心。セッションキャンセルになったため12/23にアタックに行きました。

アタックで出たタイムの評価は以下のとおりと考えていました。
50.7以下 ウホホホ
50.8~50.9 まあ満足
51.0~51.1 及第点(ここまでなら戦略どおり)
51.2~51.3 やらかし。ボーダー推移を見守る羽目に。
51.4以上 やっちまった。

5 いざアタックへ

さて当日。仕事を終えて帰宅して、疲れをとるためにちょっと寝ようかと思ったら、全然寝れない。自分でもわかってるんですが、ガチガチに緊張してるんですね。
寝るのをあきらめて体を休めることに徹してから、20時くらいからソロ部屋で練習走行開始。実は最初狙っていたのは21時の開始直後の1回目でした。説明があるので練習走行の時間が多くなるので緊張を和らげやすいかなと思っていまして。ウォームアップで1時間、部屋入って30分でちょうど仕上がるかなと思っていたら。

緊張でタイムが出ないw 20時から走りはじめて20時40分くらいまでのベストタイムが51.7台。50秒じゃなくて51.7です。頭抱えました。上の散布図みたり自分のベストタイムの動画を見て、走りなおしたらようやく少しはよくなりまして。でも、流石に開始直後は無理だと判断して、慣れ親しんだOJS部屋に。

フレンドさんとVCしながらウォームアップしながら走っていたら緊張も大分落ち着いてきて。そのうち1セクではじめての37.1台に突入して、前日出した自己ベストに迫る「50.693」が出て。本番で絶対同じのは出ないけど、どうやら仕上がりとリズムは悪くないと判断して、セッション2回目でのアタックを決心して入室。

後は御覧のとおりです。結果は「50.901」。自己ベストから0.2落ちと自分でも驚くほど想定どおりの結果でした。
とはいえ細かく見ると、1セクで37.2か37.3が出せればラクだったんですが4周の一番良いタイムで37.492。その周で2セク、3セクがついてきたのが幸運でした。

いまは、運もあったとはいえ狙いどおりにいった達成感と、もう予選TAのプレッシャーを味合わなくて済む解放感しかないです。
もちろん、これからもずっと上手くいく保証はない。でも、今回のように上手くいったときにこれほどの高揚感があるのは、私にとってはやはり親父杯しかないのです。

長文お付き合いいただきありがとうございました。