総描の話

はじめに

こんにちは。東北大2009年入学で、今はJOA地図委員会委員長をやったりしている中村憲と申します。 この記事はオリエンテーリングアドベントカレンダー(裏)の記事として書いたものです。

今日は、総描についての記事を投稿しますが、実は2017年のアドベントカレンダーでもこれは書いていて、この記事はそのリメイク版になります。わざわざ書き直すのは、前に書いたときはFacebookに投稿したのですが、もうすでに埋もれてしまっている感があり、noteに投稿した方がより多くの人の目に留まるだろうと考えたこと、wikiにもこの話を投稿しておきたく、そのための整理もかねて再度書き直そうというものです。

総描について前回書いたのは、ISOM2017が発行されたころでした。そのころにTwitterでおこなったアンケートの結果がこちら

それから4年が経った 今、改めてアンケートを行ってみました。

ずいぶん総描という概念の認知度は高まったなぁって感じですね。ISOM2017の発行と講習会などで布教したせいでしょうか。(私もISOM2017の翻訳の時に総描のこと知ったんですけどね。)

総描ってなに

さて、総描の辞書的な定義ではどうでしょう?「地図学用語辞典」を引いてみましょう。

そうびょう 総描 generalization
地図の編集・製図において、縮尺上の制限や利用目的からみた必要度に応じて、細かいもの、密集したものなどを取捨選択し簡略化して表現する方法。たとえば、地形図の表現において、複雑に入組んだ地形、屈曲の多い山路、密集した市街地の建物など、そのまま縮尺に合わせて縮小すると混み入りすぎてわかりにくくなるような場合、その特徴や形態を損なわないように配慮しながら、全体を大づかみに捉えてわかりやすく表現する方法である。
(注釈:)本文の定義は狭義のものであり、広義には、空間的な実体を地図表現する場合に、縮尺と作成目的に合わせて対象の形態および性質について、①取捨選択、②簡略化または誇張、③総括ないし概念の置換(たとえば家屋や樹木の集団を「村落」や「森林」におきかえること)を行なうことをいう。

地図学用語辞典

総描とは「総合描示」の略で、読んで字のごとく、総合的に描くということです。もしかしたら英語のgeneralizationのほうが分かりやすいかもしれませんね。generalizationは「一般化」とか、論理学だと「汎化」とか訳されるようです。

O-mapに限らず、あらゆる地図には縮尺という制約があります。大縮尺地図であれば、あらゆる特徴物を正確に描くことも不可能ではありませんが、フォレストOの標準である1:15000では全ての特徴物を寸分違わず表記することは困難です。仮にやろうとすれば、ものすごく小さく細い記号を使って判読困難になるか、記号同士が重なりあい訳の分からない地図になってしまうでしょう。

地図に表記できる情報量に制約がある以上、情報の優先度を考慮して、不必要な情報は整理する必要があります。まして、オリエンテーリングの地図は不整地で走りながら読まれるのが前提ですから、一般の地図以上に情報が整理・洗練されているべきです。この情報の整理のために特徴物を地図上で簡略化して表記する手法が総描です。

地図とは、単に地表の特徴物の位置や形状を縮小コピーしたものではなく、目的に応じて情報を整理し表現したものです。そういう意味で、総描とは手抜きや妥協ではなく、まさに地図製作の中核であり、本質であるということができます。(地図が著作権法により保護される根拠の一端はこの点にあるようです。著作権法では「単なる事実」そのものは保護されません)。

総描の手法

総描には様々な手法があります。手法の分類の仕方については、必ずしも一意に分類できるわけではないようですが、ここでは英語版wikipediaの分類を参考にO-MAPにおける総描の手法を見てみましょう。

取捨選択 

そもそも、特徴物を地図に載せるのかどうか、という段階です。O-MAPではISOMで最小の高さ、深さ、大きさなどが定義されており、それが一応の目安になります。他にも、隣接する特徴物の密集具合なども考慮する必要があるでしょう。

単純化 

複雑な形状の特徴物を単純化することです。微地形を無視したり、建物の細かな形状を無視して四角形にしたりすること。

結合

細かな藪を一つにまとめるなど。単純化の一種ともいえるかもしれません。

「結合」の例(Erik Peckett 氏(IOF MC)のICOM2007資料よりhttp://lazarus.elte.hu/mc/12icom/12icom.htm

総括、概念の置換 

多数の岩がある区域を岩石地で表現する、独立樹がたくさんあるオープンをセミオープンとして表現するなど。穴、小凹地、トレンチなども等高線や崖の記号で表せない小さいものを一つの記号として表現していると言えます。
wikipediaでは、記号の次元の変化などを注目して「Aggregate(集約?)」「Typify(間引き?)」「Collapse(崩落?)」のようなさらに細かな分類をしています。

きれつや穴なども総描のための記号の一種とも考えられます。1:4000では崖で表していたものを1:15000ではきれつで表す、ということがありうると思います。

誇張 

実寸では細かすぎて表記できないが、重要な特徴であるため、大げさに表記することです。最小寸法以下の地形・建物・藪などで目立つものは最小寸法以上のサイズに誇張して表記することになります。他にも、道の分岐の方向を見やすくするために大げさに表記したりという場合も。 そもそも、地図記号の多くは実際の特徴物そのものよりも大きい(例えば「穴」は実寸10.5m×12m)ので、記号を使って表現すること自体、広義の誇張とも言えるかもしれません。
取捨選択や単純化、概念の置換は「面積当たりの情報量をそぎ落とす」方向であったのに対して、誇張や転位は、特に重要な情報について、情報量を維持もしくは増加させる方向といえます。

転位

特徴物の位置を真位置からわずかにずらすことです。これは「総描の一種」ではなく別の手法として説明されている場合が多いですが、関連する概念なので一緒に説明します。上で書いたとおり、地図記号の多くは、実際の特徴物よりも大きな幅・面積を有します。よってすべての特徴物を真位置に表記すると、記号同士が干渉してしまうので、位置をわざとずらす場合があります。 O-MAPでの典型例は道のすぐ脇の岩などです。 官製地図では、三角点→自然物→人工物→無形物(等高線など)というように、記号の優先順位が決まっているのですが、O-MAPでは特に決まりはなく、マッパーのさじ加減ということになります。
例えば、細い歩道の両脇に通行不能の崖や柵があった場合、歩道を実寸表記し、崖・柵を真位置に表記すると道がつぶれてしまいます。このような場合、いずれかの特徴物を転位すべきでしょう。
一方で、O-MAPでは直進を行うために、普通の地図以上に相対的位置関係が重要な場合もあり、難しい場合もあります。

ISSprOM 1:4000で1.6mの道の両脇に柵があった場合、上のように柵を真位置=道の輪郭に描くと道がつぶれてしまう。このような場合、道が判読できる程度に柵の位置をずらすべきでしょう。

総描と読図

競技者の側も地図とはすべてが厳密に表現されているものではなく、相当な抽象化が行われたものなんだと意識して みると、地図の見方が少し変わるのではないでしょうか。

ISOM2017で総描が非常に強調されているのは、近年のO-MAPが緻密になりすぎていることへの反動があるようです。2000年以降、GPS、航空レーザー測量などによって、非常に精密な地図を作ることが技術的に可能になりました。一方でそれがマッパーの自己満足になってしまい、競技者の利益になっていない場合もあります。過度に緻密な地図は判読性が低下し、かえって競技速度を低下させてしまいます。

マッパー、競技者ともに意識しておいたほうがいいのは、記号の大きさです。私も地図調査やり始めの頃は、小さい特徴物を調査版に細かく書き込んで、いざOCADで作図してみたらあまりの記号のデカさになんじゃこりゃー、となったもんです。下の図を見ると、記号の大きさが分かりやすいですね。点状記号にこれだけの面積があるってことは、それだけ転位によって真位置からずらされている可能性もあるということになります。

Erik Peckett 氏(IOF MC)のICOM2007資料よりhttp://lazarus.elte.hu/mc/12icom/12icom.htm ) 


総描の視点~その記号は何を表しているのか

総描の考え方の一つのポイントは、その記号が地図上で何を表しているか、ではないかと思います。大きく分けて、O-MAPの記号は、走行度を表す特徴物と、ナビゲーションのための特徴物があると、私は考えています。

走行度を表す記号とは、ルートチョイスの決断に用いる記号です。最も重要なのは、通行不能(禁止)を表す記号であり、次いで可能度を表す記号となります。
走行度を表す記号はルートチョイスに使用されるわけですから、細かな形状はあまり意味がありません。また、例えば通行不能の崖/柵/壁といった区別も付加的な情報にすぎません。通れるか通れないか、どれくらいのスピードがでるか、それが重要な情報なわけで、その種別、細かな形状にはあまり意味がないわけです。

一方で、ナビゲーションのための記号は、ルートプランを実行するときにチェックポイントにしたりコントロール位置になったりする可能性のある特徴物です。

前者か後者かで書き方が大きく変わるのが藪ではないでしょうか。フォレストでは藪は走行度を表す記号とて使われる場合が多く、一方スプリントでは藪の形状もそれなりに細かくとられることが多いと思います。
フォレストの場合、そもそも藪の境界なんて有ってないようなもので、だったら、「これは大まかにこのエリアの走行度を表しているのだ」と割り切って、境界とかも大まかに取ってしまっていいのではないかと思います。

基本的に、前者と後者では前者の方が重要度が高いと考えられるので、まず前者をしっかり表現したうえで、それを妨害しない範囲でその他の特徴物の特徴を描きこむ、といった具合の考え方がいいのではないでしょうか。(スプリントだと特にこれが重要)

さいごに

地図製作者は、オリエンテーリング地図が特殊な状況で読まれるということを常に考慮しなければならない。第一に、走行中は読図が難しくなる。第二に、オリエンテーリングはしばしば森林内で行われ、天候も様々である。密な林冠を持つ森は日中でも暗く、さらに雨、泥、荒い取扱いによる地図やビニール袋の損傷など、読図に影響を与える無数の要素が存在する。したがって、オリエンテーリング地図は判読性が最も重要な要素であることは明らかである。最小寸法を遵守し、必要以上の細部の描写は避けなければならない。

(ISOM2017 2.5.読図)

色々書きましたけど、結局のところ、判読性と正確性のバランスは難しいところです。一つの考え方として、いろいろなリソース的にそもそも細かく調査をしている余裕が無い場合などは、積極的にこの考え方を使って調査していくのが良いのではないかと思います。全日本レベルの大会はともかく、中規模以下の大会にまで完璧なレベルの地図を求めるのは酷です。曖昧さがある地図でもコース設定を工夫すれば十分競技になります。地図のハードルをいたずらに上げるべきでは無いと思います。むしろ、そういうコース設定のノウハウなどが共有されてもよいのではないかと思ったり(私はそのノウハウを持ってないので知りたい)

参考文献

  • 地図入門 (講談社選書メチエ)。
    いろは坂の地図はここから引用しました。https://www.amazon.co.jp/dp/B00XMCH1C8/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

  • ICOM2007の資料
    Erik Peckett (IOF地図委員)のGeneralizationの項目を参照。総描不足の悪い例などもあります。多分この人がISOM2017に関わってると思う。

  • 地図学用語辞典
    絶版っぽいので古本です。マニアは買っておきましょ

  • 英語版ウィキペディアの総描の項目。総描の手法などは、この記事の分け方を参考にしています。https://en.wikipedia.org/wiki/Cartographic_generalization


あとがき

すでに多くの方に入ってもらっていますが、Facebook上にオリエンテーリング地図製作の情報交換に関するグループを作りました。

たまに、「こういうときどういうふうに表現するのがいいんでしょう?」って私が質問を受けることがあるのですが、ぶっちゃけ私もそんなに自信を持った答えができるわけではないんです。私がISOM作ったわけじゃないし、国際大会の出場経験もないので、「表現の相場」も分からない。

そんなとき、是非このグループで質問してみてください。地図図式って、確かにISOMに細かい規定があって、それに従って表現していくトップダウン的な面もあります。でも、その細かい運用は、地図製作者が考え、またその地図が使われることで、徐々に「表現の相場」みたいなものができてくるものだと思うんです。

例えば、今ではコントロール番号の白抜きがよく見られるようになりました。あれもISSprOM2019が出るまでは滅茶苦茶厳格に規則を見たら、透過させなきゃダメでしょ、ってなるんですよね。でも、それ以前から白抜きはされていて、後から規則で追認されたわけですね。
また、最新のISOM2017の色に関するドキュメントPRINTING AND
COLOUR DEFINITIONSでは、パープルも含めて混色/透過が非推奨になっています。でも直近のWOC/JWOCでは普通に透過されていました。

この辺、唯一の正解があるわけではなくて、イベント毎にある程度の個別最適化や創意工夫があってもいいと思うんです。あまりにも無秩序に特殊記号や特殊表現ができてしまうのも困るけど、ある程度の逸脱は許容されるべきで、そうしたなかで、良い表現が残り、イマイチな表現が淘汰されていけばよいのではないかと考えいます。


全然関係ないあとがき

ICOM(International Conference on Orienteering Mapping)というイベントがあって、地図製作技術や表現の仕方などについての議論が行われています。

これの日本版やりたいなぁって少し思っています。例えば

  • OCAD最新機能と要望集め(公式に来てもらいたい)

  • OOM、Condes、PPの紹介(だれか詳しい人)

  • 地図製作入門者向けのセミナー

  • OMAP制作の歴史(山川さんとか?)

  • 最新技術(ドローン、LAS、GPSとか)

こんな感じで、地図についての情報交換を1日オンラインでやれたらなぁと。地図作りをもっと楽しくする1日、みたいな感じで。
やりたいなぁと思っているだけで、具体的なことは何も、なんですけど。
なにかこんなネタがありますよ、とかなんか発表したいとかそんなのがあったらご一報ください。

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