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初恋は、かけひきを降りた先に

背に回された腕のぬくもり、心臓に直に触れているかのような強い鼓動、左耳に届く髪と髪とが擦れる音。身体の存在を邪魔に思うほど心が溶け合うのを感じるひととき。
かたくなになっていた自分が滑稽だ。恋は穏やかで柔らかいものでした。


私は恋少なき女です。

小学校では6年間いじめられっ子。中学から20歳までは男の子のような短髪にメンズ服。レズビアンの子に告白されることはあれど男の子の恋愛対象にはなりませんでした。

多感な少女時代をそうやって過ごしたせいか恋心のアクセルは錆びついて、身近な人にも芸能人にもフィクションの存在にも、恋という意味で心を動かすことはありません。

大学生になると見た目が良かったり、行動力があったり、愛嬌があったり、いわゆるモテる男が友人に増えましたが、女子に人気の彼らが甘い視線、ボディタッチ、上ずった声に辟易しているのを見るにつけ、恋愛を遠ざける気持ちは増したのでした。

男女の付き合いなんてつまらないよ。
友人であれば一生付き合うことができるけど、恋人になったりなんかしたら大体別れるか結婚するかの二択じゃないですか。
恋なんかでぐちゃぐちゃになるより、人と人とでずっと付き合っていたいよ。


そんな考え方のくせに、相手からの一目惚れをきっかけに「お付き合い」なるものをして。私を好きと言ってくれた人たちは確かにいい人たちで、そのうち恋心が芽生えるかなと期待もしたけれど。自分が恋心を抱いていない相手とのお付き合いは結局恋人を演じる以上のものにはなりません。

恋愛ゲームで他人の感情を消費することをあんなに嫌悪していたのに、いざ恋愛的なものをするとなると自分もゲームのプレイヤーとして動いてしまう。人と人との付き合いをしたいと言いながら、駒になった私は恋のセオリーにしたがって、自分と相手を見失う。

恋愛って、結局のところどれだけの愛が自分に注がれているのか、それを確認するための時間なのかしら。
それなら充分、間に合ってます。私に恋はしっくりこないな。


情欲や自己愛にお砂糖をまぶしたものが恋。
そう結論づけていましたが。


その瞬間には驚きました。困惑したと言ったほうがいいかもしれない。

隣あって座るその空間に穏やかな空気が満ちる感覚。
あまりにも唐突なそれに、あなたも戸惑っていましたね。
何が起きているのか把握できないままに愛を感じるだなんて思ってもみませんでした。
触れてしまうと穢れるんじゃないかと畏れるほどに神聖なはじまり。

恋に対して卑屈になって、「恋」の言葉が持つ世間のイメージにとらわれて。恋を誤解していたのは私だった。

いわゆる「恋」は恋じゃなかった。

意図的に始める恋はゲームの域を出なかったけれど、なるほど、ちゃんと相手にめぐり逢えたときに恋はこうも甘く優しくなるものか。
出会いは交通事故のように突然で完全に運任せだけれど、そういうものなのかもしれない。

出会えて嬉しい。愛してくれて、隣にいてくれて、ありがとう。


恋はするものじゃなくて落ちるもの。


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noteリレー

こちらはsakuさんの企画 #noteリレー 参加作です。
第4走者サトウカエデさんから指定されたお題は「初恋の日」。
これまで恋愛系エッセイは避けていたのに、なんちゅうとこを狙ってバトンを投げるのだ。小説で迂回しようかしらとも思いましたがバトンでも回ってこないと書かないテーマ、せっかくなのでど真ん中ストレートで走ってみました。


次の走者

私からのバトンは、ますこすこさんに託します。
すこすことの出会いは2019年9月に開催した「第1回 呑みながら書きました」とんでもないのが参加してきたな、と思ったものです。

飄々としてクレバーな文章の、合間合間から漂う気迫。深い絶望や静かな怒りの上を、飛び石を渡るがごとく、ぴょん、ぴょんと跳ねている。そんな印象を彼の文章に対して抱いています。
ほんまのところ、すこすこが何を思ってどう書いてるのかは、知らんけど。

「第2回 教養のエチュード賞」参加作がとても好きだけれど、スキが100超えしていてみんな読んでいるだろうから違うのを紹介します。飄々とした色香にあてられてしまう一作。

おっと、お題を忘れるところでした。
お題は「私を元気づけて」。


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