見出し画像

全く何も起こらない美しさ(詩)


 やがてこのムッとするような
 湿度を込めた風は、
 夕方をくるんで持っていき
 夜を連れてくるのだろう。
 松の木々は川沿いに乾いた匂いを放ち、
 猫は消火器の前で大きな欠伸をしている。
 橋の欄干にもたれて
 頬杖を突いたセーラー服の女が見えてくる。
 女の黒い髪と光を反射する目と頬の涙。
 横を通り過ぎていく男の革靴を
 鳴らす音は遠ざかっては
 似たような音がまた追いかけてくる。
 川の水の静謐なにおいがしている。
 原付バイクの音が
 木造家屋のポストに辿りつく。
 
 夕食であろう時刻のサンマのにおい、
 川面を照らし始める満月。
 真っ赤なサンダルが
 橋の奥の方にあるのに気づき
 目を奪われ再び歩き出す。
 優しくぬるい風が頬を撫で、
 首元の汗を冷やす。

 手を振りながら顔全体で笑う
 和服の女が出てくる。
 歩みを止めず、
 空を見れば街路樹が
 風に葉を揺らして
 街灯がまん丸に
 ぽぉっと光っている。
 
 まっすぐ歩く。
 まっすぐ、まっすぐ。
 この道の果てがあるのか確かめる

 小さな旅だ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?