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黄色いくつ

「お母さーん!くつがにげちゃうよー!あ、待って、どこいくのー!」

 ぼくの黄色いくつは、あっかんべーをして、ぴょんぴょんと玄関から飛び跳ねて逃げてしまいました。

 ののくんは、びっくりしましたが、くつを追いかけるために、はめようと手に持っていた手袋だけを握って、裸足のまま玄関から飛び出していきました。

 外へ出ると、冷たい風がふいてきて、一瞬ブルッと震えますが、止まるわけにはいきません。

 くつはどんどんと進んでいきます。

 意外と速いんだな、ぼくの黄色いくつ!

 少し行くと、いつも皆で遊んでいる小さな公園があります。

 すべり台と砂場しかないけれど、小学二年生のぼくには、大きな公園は遠いから休みの日に家族と一緒に行こうね、と言われている。

 大きな公園には、遊具がたくさんあって、アスレチックもあるし、広いから思いっきり走れる。なんといっても、ぼくの大好きな大きな恐竜の像がある。

  くつは、追いかけてくるののくんなんて知らん顔で、いつもの小さな公園に入っていきました。

 ののくんは、見失わないように一生懸命追いかけました。

 「待って待って、なんで逃げるの!君はくつだよね?いつもの僕のくつでしょ?」

 走りながら、ののくんは必死に話しかけました。

 するとくつは急に止まって、ぴょーんと砂場の前のベンチにジャンプして座りました。

 「そうだよ、でももうののくんのくつでいることはやめたんだ。」

 「ええっ?」

 ぼくはハァハァ言いながら、なんとか息を整えて、くつの横に座った。

「なんで?どうしてそんなこと言うの?」 

 「ののくん、君のくつになってからもう3ヶ月も経つんだけど、君はちっともくつを、ぼくを、大事にしてくれないのさ、玄関でのぼくはいつもバラバラ、揃えてもくれない。それにだ!足でかかとの部分を潰したり、あろうことか、ぼくで天気予報を占おうとして投げたり!まだあるんだ、水たまりにジャバジャバ入ったり、泥だらけの道をわざと歩いたり。」

 と、くつは少し残念な感じで言いました。

 「え、そんな風に思ってたの?確かに、潰したり投げたりはごめんね。もうしない。だけど、水たまりとか泥の道とかは、君はくつなんだから、ちょっとくらいは、許してくれる?」

 「あのさ、ぼくはいつもキレイな道を通りたいんだよ、ゴミの落ちていない、掃除された、デコボコもしてなくて、泥水や石なんかもなくて、ピッカピカの道だよ。」

 「ピカピカの道かぁ。。そんな道あるかなぁ。。くつなのに、意外と注文あるんだね。」

 と、ののくんはため息をつきました。

 「それにね、君の足が大きくなって、ぼくが入らなくなったとき、ぼくの推薦がないと、新しいくつは君のくつになるのを嫌がるんだよ。」

 くつは得意げな顔をして、自信満々に言いました。

「推薦てなに。どういう意味なの?」

 「つまり、新しいくつを買いに行くとき、ぼくが、この子はくつを大事にする子だから、安心してこの子のくつになりなさい、って言えるのさ。そうじゃないと、くつが、君を嫌がるんだよ。」

 くつが?僕を嫌がる?なんだかくつはややこしくて、気難しいやつなんだ。

 でもそういえば、友達のケケくんが新しいくつを買いに行ったとき、いいのが見つからなくて、今日は買わなかったんだぁ、ってつまんなそうにしてた時あったなぁ。

 ののくんは、足をぶらんぶらんさせながら、その話をくつにしてみた。

 「それだよ!いいのが見つからなかったんだじゃなくて、くつからの推薦がなかったから、くつ達がみんな嫌がったのさ、デザインや色も好み、サイズもピッタリなのに、試しに履いてみると、なんか違うな、っていうやつだよ。それは、くつに、君はお断り、って言われているんだよ。少しはくつをきれいに履く意味がわかるだろう?」

 うーん、そうだね、今まであんまり考えたこともなかったや、くつの気持ちって。

 よし、わかった!

 ぼくなりに、キレイにはいてみる。

 黄色いくつは、その一言を聞いて嬉しくなりました。

 ではまず、ぼくを持ち帰ってキレイに拭いてくれたまえ。

 嬉しくて、いい気になったくつは、ちょっと偉そうに言いました。

 え?今?せっかくだから、このまま公園で遊ぼうと思ったのに。

 でも、キレイにはくって約束しちゃったしなぁ、仕方ないなぁ。

 ぼくは、いいよ、と言ってくつをはこうとしたら、待った待った、キレイでないぼくをはかないでくれ、と言うじゃないか。 

 「じゃ、どうするの?」

 ぼくは困って聞いた。

「君の手に持っているものは?」

 くつは真顔で聞いた。

 いやな予感するなぁ、と思いながら、ののくんは小さな声で、手袋と答えた。

 「そうとも!その手袋を足にはいて、手には片方ずつぼくを持てばいい!そうすれば、ぼくはこれ以上汚れないし、君の手足は寒くないんじゃないか?」

 くつは、自分でもなかなか良いことを思いついた、と楽しそうに笑った。

 ののくんは、嫌だなぁ、恥ずかしいなぁ、と思いながらも、このくつに逆らうことが出来ないのはもうわかっていた。

  玄関前に着くと、飛び出したののくんを心配して、ののくんのお母さんが外に立っていました。

 ののくんに気づくと、お母さんは驚きました。

 「あらあら、まぁまぁ、くつと手袋を逆さまに使っているの、全くどうしちゃったの!?」

 と驚きながら大笑いに変わりました。

  お母さんは、「あなたが、飛び出した黄色いくつさんね。」

 と言って、くつに挨拶をしました。

  今度はぼくがびっくりして、もしかして、お母さんも経験あるの?と聞いたら、どうかな〜、と言って家の中に入ってしまった。

 きっとお母さんにもあるんだ、と思ったら、なんだか急に笑い出したくなった。

  とにかく、まずはキレイにふいてやらないとね。

 お母さんに言って、くつの汚れ落としのクリームと新しい布を借りて、時間をかけて、それはそれはキレイにふいてやった。

 ふいてる間中、くつはとっても嬉しそうだった。

 ニコニコと歌なんか歌ったりして、とってもご機嫌だった。

 さっきまでは、そんな風に思わなかったけど、くつって意外とかわいいのかも知れない。

  それからぼくたちは、前よりずっと仲良しになった。

 なるべくキレイな道を歩くようにして、水たまりには入らない。

 ぬかるんでいるような泥道も避けて、岩の上には登らない。

 公園に行って帰ってきたら、汚れをとるためにふいてあげる、遠足やどうしても歩かなきゃ行けないちょっと汚れた道を歩いた時も、やっぱりふいてあげる、またはごしごし洗う、という約束をさせられた。

  最初は面倒だったし、時間がないときもあったけれど、段々とくつが喜んでくれるのが、ぼくには嬉しくなってきて、くつの喜ぶ姿が見たいから、そんなに汚れてなくてもふいてあげることにした。

 だから、ぼくたちはもっと、ずっとずっと仲良しになっていった。

  そんなある日曜日、家族で大きな公園に行くことになった。

 ぼくの大好きな公園。

  くつ、帰ったらきれいにしてあげるから、今日はいっぱい遊ばせてね。

 とぼくはくつに言った。

 ののくんのわくわくがくつにもわかるようで、くつもなんだかわくわくしてきた。

  ぼくたちの乗った車が、大きな公園に着くと、まだ昼前にもかかわらず、たくさんの人がいた。

  着くなりぼくは走り出した。

 恐竜の背中まだ空いてる!5人くらいは乗れるはず。

 皆この恐竜の背中に乗るために並ぶ。

 何をするわけでもなく、ただ乗るだけなんだけど、楽しい。

 何時間でも乗っていられる。

 皆が乗りたいわけだから、当然順番制。

 数分して、一番前の子が降りたら次の子は前につめる。

 並んでた子は一番後ろから乗る。

 この繰り返しなんだけど、ぼくは何回も何回もこれを繰り返す。

 途中アスレチックの方にも行くけど、またこの恐竜の列に戻ってくる。

  そんなこんなで、二時間が過ぎた頃、ぼくはくつを片方はいていないことに気づいて驚いた。

 くつがない!

 片方のくつがない!

  あまりに夢中になり過ぎて脱げたことに全然気付かなかった。

 慌てたぼくの様子に、お父さんとお母さん、近くにいた知らない人までも、ぼくのくつを探してくれた。

すぐに見つかると思っていた。 

  だけど、もう何時間も探しているのに、夕方になってもくつは見つからなかった。

 なんでだろう。

 どうしてぼくのくつは見つからないんだろう。

 もしかしたら、くつもぼくを探してウロウロしているのかも知れない。

  恐竜の周りはもちろん、アスレチックやぼくが今日行かなかった場所までもよく探したのに、見つからなかった。

  空が少しずつ暗くなってきて、風も昼間よりだいぶ冷たくなってきた。

 大人達の間には、あきらめの空気がただよっていた。

 「仕方ない、今日はもう暗いから帰ろう。」とお父さんが言った。

  ぼくはその瞬間泣き出してしまった。

  多分、ぼくがこんなに泣いたのは初めてだと思う。

 転んでも、注射でもぼくは泣かない。

 かけっこで負けても、トランプで負けてもぼくは泣かない。

 大人には強い子だねぇ、とよく言われた。

  そんなぼくが、くつの片方失くしたくらいで大泣きするなんて。

 自分でも驚くけど、ふしぎと涙が止まらない。

  大人達は心配したり、困った顔をしている。

 だけど、だけど、ただのくつじゃないんだよ!

 あのくつは、ぼくの友達なんだ。

 そう、友達なんだよ。

 もしかしたら見つけてくれるのを待ってるかも知れない。

  お母さんは、そばで泣いているぼくの頭をよしよししてくれた。

「ののくん、くつはきっと見つかる。また探しに来ようよ。ねっ?だから、今日はもう帰ろう。」

 お母さんは、いつもよりずっとずっと優しく話してくれた。

  ぼくは泣きつかれて帰りの車の中で寝てしまった。

  くつは、片方だけだと話せない。

 左右揃っていないと、ただの普通のくつみたいだ。

  翌日、ぼくは片方の黄色いくつだけをはいて学校に行った。

 皆に大笑わらいされた。

 それでもぼくは、次の日もその次の日も片方だけくつをはいて学校に行った。

 先生もお母さんも困ったため息をたくさんして、あれこれ言ってたけど、ぼくの耳には入らなかった。

  今頃どうしているんだろう。

 大丈夫かな、ぼくのもう片方の黄色いくつ。

ぼくは大きな公園に探しに行きたかったけれど、一人では行けないことを知っていた。

お父さんの休みの日まで、まだ何日もある。 

 せっかくのお気に入りだった恐竜の像も、今ではくつを失くしてしまった悲しい場所、に変わってしまった。

  学校から帰っても、小さな公園に行く気もおきないし、友達と遊ぶ気にもならない。

 仕方なしに、今ある片方のくつをふいてやることにした。

 なんの反応もない。

 やっぱりただのくつみたい。

 ぼくは本当にくつと仲良くなったんだろうか?

 今までのことが夢だったんじゃないのか、と思えるくらいに、片方のくつは、黙っている。

 それでも、キレイな布でよくふいたら喜ぶんだろうから、その姿は見えないけれど、ふいてやる。

  すると、玄関の向こう側からゴロンと音がした。

 くつだ!くつに違いない!

  ぼくは、立ち上がって急いで玄関の戸をあけた。

 くつ!! 

  あまりの汚さに声が出なかった。

 汚れるのをあんなに嫌がってたのに。。

 泥やゴミがついて、真っ黒だ。

 他のくつに踏まれたような跡もあってボロボロみたい。

 「ののくん、ただいま。」

 くつは疲れ切って、玄関に倒れてしまいました。

 「くつ!おかえり!おい、大丈夫かい?よく家がわかったね。帰って来れたなんてすごいよ!ずっと心配してたよ。あーでも良かった、また会えて。本当に良かった。こんなに汚れて嫌だろう、洗ってあげるね。」

  ののくんは一気に言うと、少しくつを玄関で休ませてから、洗う道具やふくものをバタバタと急いで取りに行き、丁寧にゴシゴシとブラシで洗い、よく水で洗い流してから、しっかりとふいてあげた。

  くつは、最初のころのようにとっても嬉しそうに、ニコニコと歌を歌いながら機嫌が良かった。

 「くつ、落としちゃってごめんね。」

 ぼくはちゃんと謝らなきゃいけないと思った。

「そうだった!ののくん!二度とごめんだよ、家に戻るまでに、泥道を歩いたり、踏みつぶされたり、雨で濡れたり散々だったよ!ぼくが辛抱強く、勇気あるくつだから、家までたどり着いたんだよ!

でも、ま、許してあげるよ。反省しているみたいだからね。」

 キレイになったくつは、ののくんの気持ちが十分にわかっていたので、あんなひどい目にあって怖くて辛かったけれど、許してあげようと思いました。

  ののくんは、益々くつを大事にはくようになりました。

  それからだいぶ経ったある日、ののくんがいつものようにくつに足を入れたら、なんだかとても窮屈に感じました。 

 あれ?なんか昨日と違うなぁ、くつ、大丈夫かい?

「うーん。そろそろだなぁ。」

 とくつは言いました。

 「そろそろ?」

 「うん、そろそろ新しいくつの替え時だよ、ぼくも無理に履かれると、段々痛くなるから。」

  あ、そっか、くつも痛いのか。

  くつは、しょんぼりするでもなく、役目が終わって、ホッとするような感じの声で言った。

  翌日、お母さんと新しいくつを買いに行った。

  気に入るのが見つかるまで、時間がかかるかな、と思ったけど、すぐに見つかった。

  気に入ったくつをののくんが試しにくつを履くと、今までの黄色いくつと変わらずに、いい感じがした。

 黄色いくつ、推薦してくれたんだ。

 ありがとう。

 「お母さん、これにする。」

  ぼくは、新しい黄色いくつに、これからしばらくよろしくね、と言って、大事に箱に入れたまま家に戻った。

  家に着いてから、今までお世話になった黄色いくつを最後によく洗ってやろうと思った。

 あの聞き慣れた、くつが歌う歌を聞きながら。

 「君は、ぼくの大事な友達、くつだ。もう履けなくなるけれど、部屋の棚に飾ってあげる。新しいくつと一緒に、ぼくの知らないくつの話をたくさん聞かせてほしいな。」

           おしまい。                   




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