マリー・ローランサンと堀口大学
アーティゾン美術館の「マリー・ローランサン」の回顧展の解説キャプションに興味深い記述があった。メモをとっていたのでそのまま引用する。今は、iPhoneのカメラからテキスト生成できたりする。とても便利な世の中。
さらにこれに黄色がまざるという。マリー・ローランサンのパレットがこの7色プラス黄色の彩られているのを想像しながら実際の絵を観てみると、妙に納得感があったりもする。
堀口大学は仏文学者として有名なあの堀口大学である。我々の世代にはお馴染みで、自分などもヴェルレーヌやランヴォーの詩をこの人の訳で読んだクチである。
堀口が渡欧中にマリー・ローランサンと交流があったというのは、今回初めて知ったのだが、一部ではけっこう有名な話のようだ。堀口(1892-1981)、ローランサン(1883-1956)、9歳の歳の差がある。出会ったのは1915年の頃で、第一次世界大戦のさなか、ドイツ人男爵と結婚しドイツ国籍となったローランサンは夫とともにスペインで亡命生活を送っていた。堀口は当時外交官であった父親の赴任先だったスペインにいたという。ローランサンは9歳下の若い東洋人の学生に詩や絵の手ほどきをしたのだという。
二人に恋愛的な感情があったのかどうかは様々な説がある。堀口は帰国後もそのことについては多くを語っていないとも。しかし引用した文にあるとおり、ローランサンは自らの絵画制作の基本となること部分を示唆しているところなど、かなり親密な部分があったのかもしれない。
堀口大学というと、自分はやはりランボーの詩のことを思い出す。多分、読んだのは16~17歳の頃のことなので、いまだに覚えているのはけっこう印象深かったのだろうと思ったりもする。
それはまあランボーの代名詞ともいうくらい有名な詩なので、70年代あたりで文学に少しカブレたような少年が覚えたとしてもまあまあ不思議ではないかもしれない。
堀口訳の他にも金子光晴、中原中也という二人の詩人、そして小林秀雄も訳しているの比較してみる。
詩人二人は多分「永遠」=「永劫」というイメージがいってしまうもの、あるいは失われてしまうものとしてとらえているような気がする。それに対して翻訳の巨匠と文芸批評の巨匠は、どちらかといえば永遠の実相を太陽と海の混ざり合ったその先をイメージしている。
多分、一番意味が判りやすいのは小林秀雄かもしれない。でも、自分は最初に読んだ堀口訳がなんとなくしっくりきた。「番った」の意味を調べ、そしてフランス語で太陽が男性名詞であり、海が女性名詞であることなどを調べたりしたときに、この詩のもつエロチックな感傷性みたいなものを想像(今風にいえば妄想)してみたものだった。そうか永遠とはそういうエロチックな部分なのかみたいな・・・・・・。
そして永遠の主体的イメージを小林は太陽=男性名詞におき、堀口は海=女性名詞に置く。これは感性の問題だが、根源的なものを希求する部分をどこに置くか、そういう風に考えるのはちょっと穿ち過ぎだろうか。
ヴェルレーヌとランヴォーの関係性は、年長のヴェルレーヌが男性性、十代の美少年ランヴォーが女性性みたいな皮相な見方がされがちだ。まあ実際のところはどうも判らない。とはいえ痴情のもつれからピストルを持ち出すヴェルレーヌよりもランヴォーの方が皮相な男女間のもろもろみたいな俗説的にいうと、みょうにヴェルレーヌの女性性(きわめて皮相的な外形として)に見えてしまったりもする。
二十代の後半だか三十代、詩作を捨てて、砂漠の商人、ある意味冒険家に転じるランヴォーの行動を考えると、これも外形的には男性性の塊のような気もしないでもなかったり。
ヴェルレーヌとランヴォーについて書かれたもの、学生の頃はけっこう読んだような気もしないでもないが、みんな忘れてしまった。
「永遠」をめぐる訳と解釈はさまざまだが、「太陽」と「海」の番ったイメージというのは、16~17歳の多感かつ稚拙な思考の産物かもしれないが、早熟な天才詩人の感性は、アホな男子の想像力(妄想力)を喚起するに十分だったのかもしれない。
画家として、詩人としてのマリー・ローランサンは、堀口大学とのエピソードなどから、なんとなくそれまでのエコール・ド・パリ派周辺の女流画家というポジションから、ちょっとだけ親和性が増したような気がした。まあそんなところだ。
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