目白村だより30(長嶺ヤス子の猫)


踊る長嶺ヤス子。

長嶺ヤス子さんという強烈な、フラメンコパフォーマーがいる。
50年も前の話しで、恐縮だが、私はメージャーデヴューのレコーディング前で、発声の笠井幹男先生の六本木のボイストレーニングに通っていた。
笠井先生は、芸能界では、知らない人はいない声のフィクサー。ここは、30分きざみで、有名プロダクションから送られてくるこれからのアイドルや、もう既に茶の間で騒がれる流行歌手や俳優が、次から次と現れる、ちょっと華やいだ場所でもある。マネージャーは同伴禁止。他に歌手に混じって多くの有名女優たちが、ボイストレーニングに来ていた。笠井先生は、絶大な信頼があるのも納得の、素晴らしい先生で、フスラーのメソッドを、ベースに、どんなか細い声のアイドルも、それなりに、声を出させてしまう魔術師であった。
私は、彼に感謝している。ベルカントしか知らず、ロックを齧って声を潰しかけた私の発声に、道をつけてくれたからだ。(声は腹から)と、思い込んでいた私に(声は喉から)と、改めて、教えてくれたのだ。マイクのりの良い素直な声は、レコーディング歌手の生命である。声を、出す事と作る事は、別な事だ。勿論作るというのは、わざとでなく、どれだけ無理なく、その人本来の声を出せるか、ということである。なまじ、変な発声が身につくと、直すのが大変である。

長嶺ヤス子さんと、笠井先生は、長い付き合いだったようだが、私は、ただ稽古場の狭い待合室のベンチで、5分かそこら、隣あわせただけである。長嶺さんの事も、知らなかったし(後で、先生に聞いた)、ほんのすれ違いなのに、強烈に覚えているのは、彼女が大事そうにバスケットを抱えていたからである。彼女は、フォルクローレ調の服を着ていて、つば広の帽子を被り…凄い威圧感。近寄りたくない恐さがあった。その彼女がなにか得体のしれないバスケットを持っている。
しかも、彼女は、ニンマリと無気味に私に笑い、頼みもしないのに、バスケットの覆いをとって中身を見せたのである。ショクであった。
それは、顔の潰れた猫であった。
しかも、追い討ちを、かけるように「可愛いでしょ」…私は、お愛想で、うなづこうと、思ったが、絶句。
その後で、首を横にふり「可愛くないです」といった記憶がある。

この出来事は、はっきりと頭に残り、あれから、度々思い出した。
本当に、彼女は可愛いとあの猫を思っていたのか?
なぜ、私に、問いかけたのか?

しかし、最近になって、彼女の(可愛い)の意味が、自然に、分かるようになった。潰れた顔は、どうでもよく、一生懸命、彼女の小さなバスケットの中で、生きようとしている生命が、愛おしかったのである。
長嶺さんは、別次元で、見ていたのだ。

私たちは、健常者だと思い込んで生きているのだが、この地獄のような現実で、顔どころか、心まで潰されているのかもしれない。あの猫は、身近だったのだ。

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