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二十五時坂寒鰤屋

 火鉢で餅を炙りながら、若旦那は大きなため息をついた。対面に座って居心地悪そうに肩をすぼめている末弟に、何から問いただしたものか。
 「七ちゃん。何で私がお前さんを呼び出したか分かるかい?」
 「えっと…筒屋の銀次を突き落として釣り場を荒らしたこと、丹屋の剛太をぶん投げて硝子戸を割ったこと、藪屋の吉蔵を殴り飛ばして荷車を壊したこと、それから…」
 首を傾げ指折り数える末弟の七太郎を眺めて、若旦那の一義はまたため息をつく。
 「今朝、鱒屋さんの前で大立ち回りをして恭志さんを水瓶に叩き込んだことは?」
 「あ」
 「あ、じゃありません」
 火鉢の上で餅が膨らんでいく。一義はひとつ咳払いをして厳しい声を出した。
 「それだけ心当たりがあるなら十分だよ。どうしてお前さんはそう乱暴ばかりするんだい。何かお店に不満が」
 「あいつら、大兄ちゃんを」
 一義の説教を遮って七太郎は大声を上げたが、その後に続く言葉は口の中でもごもごと消えていく。膝に置いた両手をぎゅっと握りしめて俯き、唇を噛んで黙り込んでしまう。一義はようやく餅をひっくり返した。
 「私を妾腹と言ったのかい?」
 「大兄ちゃんは、俺の本当の兄ちゃんだ」
 顔を上げた七太郎の目と鼻が赤い。なんだ、そんなことか。泣き出しそうな七太郎を見詰めて、一義は頬を緩めた。そんなことのために、この子は。
 「七ちゃん、手をお出し」
 躊躇いながら差し出された両手に、焼き立ての餅を乗せてやる。「熱いから気をつけてお食べ」と一義が言うのを待たず、七太郎はそれを無理矢理口に押し込んだ。今度は頬と耳まで赤くなる。
 「馬鹿な子だねえ」
 一義が笑っているところに、番頭の弥助が駆け込んできた。
 「若旦那、大変です。鱒屋の用心棒って奴らが乗り込んできて」
 七太郎が座布団を蹴り、同時に一義もすっくと立ち上がる。
 「意趣返しかい。悪いが返り討ちだよ」

【続く】
 
 
 
 
 
 
 
 

   
 
 

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