R32の思い出

0.初めに

ふと思い出した。

あれは2001年が始まった頃。

3月に卒業を控えていた当方は、悩んでいた。
どうも修論の筆が進まない。
年末に予備審査を通過してから、気が抜けていた。
予備審査はアブストとプレゼンさえすればいいが、論文はそうはいかない。

そうだ、アパートの契約が2月末までだ。
この調子では、3月も研究室に通いそうだ。

この頃クルマが無かった。

正確に言えば、エンジン不調のR32スカイラインがあるが、もう半年以上学校の駐車場でヌシと化している。
その間ずっと中古車屋からクルマを取っ替え引っ替え借りていたのだが、今はそれもない。

山奥のキャンパス。クルマが無いと困るが、クルマさえあればどうにかなる。
部室棟にはシャワーもあるし、研究室には即席の寝床もある。3月なら人気もあまり無いからやりたい放題だ。

よし、クルマを買おう。

1.ヤフオクのR32

当時流行っていた自作パソコン。
当方もオーバークロックに明け暮れ、複数のパソコンで取っ替え引っ替え部品を交換していた。
その不要品をヤフオクで売っていたが、落札はした事無かった。

ヤフオクで安いR32スカイラインを見つけた。
R32なら慣れたものだ。落札してみるか。

クルマは平成3年、91年式。
4ドアGTS-tの外装黒、もちろんMT。
走行距離は8万キロほど。車検は1年以上残っている。

GTS-tと言えばタイプMが有名だが、コレは珍しい無印のGTS-t。

平成3年末のマイナーチェンジでGTS-tはタイプMのみとなるので、無印はまず見る事の無いモデルだ。

タイプMはディレイ制御及び位相反転式後輪操舵のSuper HICAS、前後住友電工製対向ピストンブレーキキャリパー、16インチアルミホイール、GT-Rと同じ3本スポークステアリングホイールが備わる。

GTS-t無印はコレらが装備されない。ホイールは15インチのホイールキャップになる。

しかし、エンジンは同じ。
RB20DET、直6DOHCターボの215馬力だ。

R32のHICASは油圧式であり、劣化による漏れの心配がある。パワステと同じ油圧ラインなので、トラブルとパワステもダメになる。

それを考えたら、むしろ無印GTS-tがベストなのでは?と思っていた。

現在のヤフオク価格は90,000円。
間違いなくオークション終了間際に値上がるだろう。ざっと20万円は行く。

早速対話履歴で問い合わせ。
ヤフオクには申し訳ないが、メールで直接お話させてもらった。

クルマは浜松市にあるとの事で、すぐ引き取りに行ける事、即金で10万円お支払いの提示をしたところ、ご快諾いただいた。

その際、申し訳なさそうにオーディオ不調とエアコンガス不足を教えて頂いた。
当方は手持ちのオーディオに付け替える予定だし、エアコンも無問題。以前乗っていたR32は冷暖切り替えアクチュエーターが暴走して真夏に暖房出す奇天烈な奴だったから、ガス位どうって事無い。んなもん入れりゃいいだけだ、今は冬だし。

2.R32GTS-tインプレ

さて、浜松からの道中オーディオ無しは辛いのでカロッツェリアのオーディオ一式を持って、学校終わりに新横浜へ向かい、シウマイ弁当食いながら新幹線で浜松へ。

試乗し、車検証や印鑑証明など書類に不備が無い事を確認後、10万円をお支払いし、取引完了。

夜だったのでなるべく明るいコンビニ駐車場を探してオーディオ交換。
R32は何度もやってるので朝飯前だ。
コレでラジオとCDが聴ける。

そしてガソリン満タンにして東名に乗り、一路東京へ。

車体は予想してたよりずっと程度良い。

以前乗っていたR32はポンコツでボディがミシミシ言っていたが、コレは無い。
強いて言えばフロントサスがヘタリ気味で前輪車高が下がっている。
その分前輪のゲインが高めでステアリング操作に神経質かつ後輪が心許ない。
長く乗るなら足回り交換したい。

しかし、エンジンは非常に元気。速すぎる位だ。東名では笑いが止まらなかった。

RB20DETターボエンジンは3,000回転を超えるとグイグイ加速する。3速まで落とすと無敵の加速力だ。

この頃のターボは低速トルク無く、ある所から急に加速するドッカンターボと言う方が多いが、私はそうは思わない。

当時日産のRB20DETもCA18DETもVG20DETも、低速からそこそこブーストかかる。高速はなんなら5速入れっぱなしでも不満にならない程度の加速力はある。
ただし、無茶苦茶ガス食いである。飛ばすとリッター4km位か。ジャンジャンガソリン吹いてパワーを出してエンジン冷却してるのはありありとわかる。

翌朝、彼女にクルマを見せて駅まで送り、その足で学校に向かった。


その日は購入したスカイラインをどうするかずっと考えていた。

タイヤはもうダメっぽいので、交換する。
知り合いの中古車屋にタイプMの16インチホイールが4本転がっていたので、安価で譲ってくれないかと話すと、タダであげるよ、と。
よし、明日にでもホイール持ってタイヤ屋に行こう。銘柄はこの頃印象の良かったブリヂストンのグリッド2。今で言うポテンザアドレナリンとか言うやつの先祖だ。

ヘタった足回りについては、ヤフオクでTEINの車高調を。3〜4万円程度か。
タイプMでは無いのでステアリング形状がダサい。5,000円程度の中古モモRACEをヤフオク落札する事にした。

落ち着いたらそのうちタイプMの対向ブレーキキャリパーも移植しよう。
そしたら完成だ。理想系のハイキャス無し版GTS-tタイプM。

そんな事を考えてたら、もう夜1時だ。
家に帰らねば。(修論書けよ!)

3.別れ

丑三つ時の学校の駐車場からクルマを出す。
さすがに寒い。エンジン温まるまでは暖房も効かない。

誰もいない道路でアクセルを深く踏む。
おお、やっぱ速い。
と同時に、後輪が少し横にふらついた。

あれ?やっぱタイヤがダメそうだ。

この先、下り坂の先を右折し片側二車線の広い道路に出る交差点がある。この道は全線開通していないのでクルマ通りは乏しい。まして丑三つ時だ。横断者も居ない。
青信号なので止まる必要は無い。

いつもの様にギヤを落として軽い減速と共にステアリングを右に切り、アクセルを軽く踏んだ。

すると、後輪は全く踏ん張る気配無く横に滑り出した。。

マズイ。

咄嗟にステアリングを左へ。

すると逆方向に滑り出したと思ったら、バンっと言う音と共に、ガラスのシャワーを浴びた。


一瞬の出来事で状況把握するのに少し時間がかかった。

どうも車体は進行方向逆向きになり、運転席ドアから交差点一区画先の電柱にブチ当たったらしい。

電柱は運転席に侵入し、ドア内張は無残に割れてギザギザした鋭い破片がドライバーを突き刺す様に向いている。
衝撃でエアコンパネルやオーディオも外れて飛び出してる。

なぜか当方は無傷だ。

カウンターを当てた際に右手がステアリング左にあった事、クラッシュと同時に運転席は助手席側に倒れ込んだ為、負傷は免れたようだ。

助手席ドアから車外へ這い出て、眺めた。

フロントガラスにもヒビが入っている為、車体全体が変形してるのだろう。
そらそうだ、運転席が助手席側に倒れる程床も変形してるのだから。

タバコに火をつけ、さてどうしたもんかと。

知り合いの中古車屋に電話したが、こんな時間なんで出るはずも無い。

試しに運転席に戻り、エンジンを掛けてみると、かかった。
よし、とりあえず脱出してみるか。

ギヤをバックに入れ、クラッチを蹴っ飛ばす。運転席は助手席に倒れてる為ペダルが遠いが踏めなくも無い。

ガラガラと言う音と共にドアミラーがもげながら、道路へ脱出できた。

ここから学校まで1キロ程度だ、戻るか。

もちろん車体はくの字にへし曲がっている為、真っ直ぐなんて走らない。
それどころか、後輪がキチンと接地しない為、ホイールスピンしながら、歩く様なスピードで移動。

学校の駐車場端になんとか停め、警備員に騒がれない様に連絡先と後日レッカーする皆を書いた紙を貼っておいた。

とりあえず研究室に戻り、ふて寝した。
疲れがどっと出たが、興奮と後悔でなかなか寝付けなかった。
あの時なぜフルブレーキを踏めなかったのか。

4.感謝

翌朝、昨夜の記憶が定かではなく、アレは夢だったんじゃ無いかと考えていた。

寝床から起き上がると、服からパラパラと何かが落ちてきた。ガラスの破片だ。

やっぱ夢じゃ無いのか。

とりあえず無傷だが、昼過ぎから目の前が真っ暗になった。脳震盪のようだ。
こんなに遅れて来るものなのか。
後輩達に病院に連れてってもらい、ひとまず異常はない事を確認。

後日中古車屋から連絡があり、廃車処理をお願いした。「自走できるなら、売れるだろうから」と解体屋に話を付けてくれたが、後日揉めたらしい。
コレのどこが自走可能だ、と。


それ以後、ハイパワーFR車に乗るのを諦めた。卒業後にはフルローンで最終FDのRX-7を買う気満々だったのだが。


短い間の付き合いになってしまったが、あのR32は身体を張って当方を守ってくれたと思ってる。おかげで今も五体満足で過ごせている。

バカな当方の不始末で可哀想な事をしたが、感謝している。合掌。

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