スバルWRX STI試乗記

1.はじめに

2019年末を最後にスバルWRXはディスコンになるとのことだ。
もし諸事情が許されるのであれば、迷わずファイナルエディションを予約しただろう。

そのくらい価値のあるクルマだと思う。
実は現行のVA型には未試乗だ。乗るだけ乗ってみるか、とスバルのお店に向かった。

2.WRXの歴史

スバルは平成元年にリリースしたBC/BF方レガシィの後、平成4年にGC/GF型インプレッサをリリースした。

当時スバルの小型車は乗用車レオーネとそれをベースにスペシャリティカーとしたアルシオーネのラインナップのみ。
レオーネは4WDやターボをアピールしつつも、旧態依然なイメージ。

そこに颯爽と現れたレガシィは新世代スバルと言うべきオールブランニューなクルマであった。

しかしDセグメントとは言え小さめなレオーネ後継にフルサイズDセグメントのレガシィでは少々大きすぎる。
そこでレオーネ級の体躯としてインプレッサが開発された。

もちろんスバルに新規開発するようなリソースは無く、多くのコンポーネントをレガシィから流用した。乱暴に言えばレガシィを切り詰めたのがインプレッサだ。
エンジンはFF用1.5LのEJ15から、4WD用1.6L、そして高級版1.8Lまでラインナップ。

そして遅れて登場したのが、レガシィRSと同じ2LターボEJ20を搭載した4WDのGC8型WRXだ。
その名の通り、国際ラリー選手権(WRC)向けに開発された車両は、レガシィRSの220馬力を上回る240馬力。わずか1.2トンのボディにビスカスLSD付きセンターデフを奢ったフルタイム4WD。遅いわけがない。

同時期に同じ様な経緯で三菱はE39型ギャランVR-4の4G63エンジンとフルタイム4WD駆動系を小型なランサーに移植したランサーエボリューションを限定発売。

そして両者はラリー界でしのぎを削っていた。

インプレッサWRXはその後改良を続ける。
当初ラリーベース車両としてクロスミッション仕様のタイプRAが登場し、その強化版としてエンジンに鍛造ピストンや住友電工製4ポッド対向ピストンブレーキキャリパーを搭載したSTIが登場。
一つのエポックは限定車22B STIバージョンだろう。
レガシィブライトン220向けストロークアップ版2.2LのEJ22エンジンにターボを掛け、ボディは標準車の4ドアから高剛性な2ドアとし、住友電工製4ポッドキャリパーは赤に塗装された。

その後馬力は自主規制一杯の280馬力とし、ド・カルボン式単筒倒立ストラットや、電磁式多板クラッチによりセンターデフを任意にコントロールできるDCCDなどで強化されている。

と書きながら気が付いた。まだまだ初代インプレッサWRXの話だ。
このペースではいつまで経っても終わらない。少し端折る。

2000年に2代目インプレッサWRXが登場。
シャシーや内装はSG型フォレスターに近いイメージ。四輪ストラット式サスペンションを踏襲。
エンジンは吸気側に可変バルタイのAVCSが採用されSTIは280馬力。トランスミッションはスバル内製6MTとなった。
4WDシステムはアプライドモデルAやBの通常モデルは駆動配分50:50のベベルギヤ式センターデフにビスカス式LSDを組み込む。タイプRAでは駆動配分を45:55とした遊星歯車による不等駆動配分。
だが、GC8後期のSTIタイプRAでは35:65の不等駆動配分モデルがあり、それらより回頭性が悪いと言われ、アプライドモデルCでは同様の駆動配分へ、DCCDも搭載。更にその後は戻して、41:59の配分に落ち着いた。

エンジン関連ではアプライドモデルC型から排気管の取り回しが変わった。
従来は水平対向の片バンクで排気管をまとめていた(1-3,2-4集合)が、コレを対向するシリンダー同士でまとめ(1-2,3-4集合、つまりエンジン下を跨いで集合)た。
コレにより排気干渉がなくなり(対向するピストンでは、位相が正反対であり片方が吸気の時は片方は排気で干渉しない)、また等長設計が可能となった。俗に言う等長等爆と言う奴で、それまでの排気干渉によるバタバタ音は無くなった。
今のスバル水平対向エンジンは全てコレだ。理想はわかるが、エンジン下を跨ぐ排気管はどうかと思う。BRZなんてエンジン高下げる為にパイプ径細くしてるわけだし…。

続いて2007年に登場したGRB型は5ドアハッチバック形状となった。DCCDはマルチモードとなり自動モード主体に。エンジンは排気側にもAVCSが搭載され、308馬力に。
追って4ドアセダンも追加。
そんな事よりも、もっと大きな変更はリアサスペンションがダブルウィッシュボーン式になった事だろう。コレでキャンバーコントロールしやすくなり、後輪の能力アップにつながる。

2.5LターボのATモデル、A-Lineも登場(中身的にMTモデルとはかなり違うが)。
そして2014年に現行のVA型へバトンタッチした。

3.現行型WRX

さて、現行のVA型だ。
このモデルからインプレッサと言う名前が外れ、WRXが車名となった。
WRXはSTIとS4の2モデルが用意されている。この2モデルは随分と異なる成り立ちだ。

前者はEJ20ターボエンジンに6MTが組み合わされ、後者は新型FA20ターボエンジンにAT(チェーン式CVT)が組み合わされる。
それだけでは無く、4WD駆動系の仕組みも異なる。どちらも遊星歯車式センターデフを装備しているが駆動配分と拘束機構の違いがあり、STIは前後駆動配分41:59にDCCDと呼ばれる電磁式LSDを、S4は同45:55に油圧式電子制御LSD(VTD-AWD)を実装している。

STIは更に前輪デフにヘリカルLSD、後輪にトルセンLSDを配備。S4は前後デフにLSDを持たないが、EBD(電子制御ブレーキ配分システム)にて疑似LSDを実現しているのだろう。

S4はスバルお得意のアイサイトや電子制御パーキングブレーキも装備され、所謂レヴォーグのセダン版という事だ。

残念ながら当方S4への興味は皆無である為、コレ以降S4は割愛させていただき、STIの話だけをする。

4.STIの4WD駆動系


実はマイナーチェンジで大幅に変更されている。アプライドモデルAからC型まではセンターデフに電磁式LSD(DCCD)と機械式LSDが並列に接続されていた。要は電磁式LSDの反応遅れを機械式LSDで補っていた訳だ。
コレがアプライドモデルD型から機械式LSDを無くし、電磁式LSD1発となった。

元々前述した様にセンターデフは遊星歯車式であり、デフ内で前輪には少しリダクションする事で41:59と言う不等駆動配分を実現している。ここに電磁式クラッチと機械カム式LSDクラッチの両方を内蔵していた。

電磁式クラッチは、ひと工夫された溝が切ってある板でボールを挟むボール式カム機構にて、電磁石を制御して軸方向に板を引っ張り、溝にハマったボール位置を変える事でロックさせる機構のもの。
電磁石がONになると、溝の形状とボールの接触面からクラッチ板を押してロックさせ、OFFの時はボールは溝内で空転させる。

その際に引っ張る電磁石を高速パルスでOFF/ONさせ、単位時間内のON時間の増減により、差動トルクを連続的に制御している。
コレがDCCD。

機械式クラッチは、遊星ギヤ内のセンターシャフトとサンギヤに掛かるギヤをトルクカムによって差動制限をかける機構だ。通常センターシャフトは遊星ギヤでリダクションした駆動力を前に流すのだが、この遊星ギヤそのものをロックさせてしまう方式。

なぜわざわざ2つのLSDクラッチを仕込んでいたのかと言えば、電磁式のDCCDの応答遅れをカバーする為だが、それだけではなくDCCDに流せる最大トルクが少ないからではないか、と思う。
この2つのクラッチを持つ機構はGDB型から採用されているが、当時EJ20ターボの最大トルクは40kgmを超えていた。DCCDだけじゃ足らなかったのではないか。

結果、高機動時には機械式LSDの動きが支配的になるケースが多く、コーナリングのターンインで機械式LSDによる拘束が介入するとアンダーステアが出る言う欠点があった。

また、二つのLSDが並列にある仕組みを連続的に制御するのは大変なのだろうし、コストも高い。

その後DCCDは許容最大トルクを増やすことができた事もあり、機械式LSDをやめて電磁式DCCD1発としたのだろう。

因みにセンターデフを電子制御する事でまるで魔法の様に前後駆動配分を変えられると勘違いする方が多いが、スバルのこの方式はあくまでセンターデフの差動制限を行うだけの機構である。三菱のAYCのような増速ギヤも無い。

イニシャルの前後41:59の配分で供給されるデファレンシャルギヤの差動を制限(強制的にロック)し、駆動配分を直結(50:50)にするまでである。

5.EJ20エンジン

そして本命のエンジンについて。
遂に搭載車はこのクルマだけとなったEJ20ターボエンジン。平成元年の初代レガシィからかれこれ30年の老兵だ。

新世代FA/FBエンジンのロングストローク直噴というイマドキのスペックに対して、ボア92mmストローク75mmのショートストロークにポート噴射と言うEJは前世代仕様。

実はEJ20ターボと一言で言っても仕様は多岐に渡る。
例えばエンジンブロック一つ取っても、インプレッサWRX初期型はクローズドデッキだったが、その後通常モデルはオープンデッキへ改変され、STI仕様はセミオープンデッキとなり現在に至る。

このGC8後期型以降、20年以上使われているセミオープンデッキのSTI専用エンジン、EJ207がこのVAでも採用されている。

EJ207は過去のレガシィやフォレスター搭載のEJ20ターボとは異なる高出力強化版である。

乗った事がある方ならご存知だろうが、モノが違い過ぎる。無茶苦茶速い。
最近はすっかりクルマへの興味がない私は古い思い出しかないが、10年以上前に友人のGDB型スペックCを借り出してぶっ飛ばしたら、あまりの速さに末恐ろしくなったものだ。当時30代でレガシィB4(EJ208ツインターボ)乗りだった当方は、「こりゃ20代のうちじゃないと無理だわ」と体力の限界を感じた。「どこが同じ280馬力だ。冗談も休み休み言え」とも。

閑話休題。

6.静止検分

さて、試乗に移る。
試乗車はWRX typeS。
19インチホイールにビルシュタインサスが装着されるグレード。
オプションのレカロシートにセイフティパッケージが装備されている。
2019年式アプライドモデルF。最新であり最終型。
走行距離1300キロほどの車体だ。

運転席に乗り込む。
シートの調整は電動。クルマの性質上シートを低目に調整したが、メーターの視認性は良好。スバルが視界やメーター視認性で外す事はない。

シートは座面、背面どちらも硬めのウレタンだが、キチンと腰から背中まで預けられる形状でなかなか良い。レカロというより他のスバル車同様ニッパツのシートっぽい雰囲気。

意外なのは座面が短い事。身体が小さい女性にでも配慮してるのか?
座面角度はシート全体を動かす方式で調整できるので膝裏が浮く事は無いが、ちょっと違う気がする。
サイドサポートについても普通の乗用車として不満は無いが、この性質のクルマとしては不足気味だ。

私なら購入後すぐに市販のレカロSR系に替えるだろう。
幸いサイドエアバッグはシートに組み込まれて無いので、シート交換は可能だ。よかった。(ソコ?)

右ハンドルの仕立てについて。
ステアリング軸はシートセンターから15mmほど左にオフセットされている。
ペダルはステアリングを基準にすればアクセルとブレーキは明確に右下、クラッチは左下。
運転する上でペダルの配置は問題ない。
スバルの他のオートマモデルもこの位置にアクセルとブレーキペダルを置いて欲しいものだ。なんでブレーキペダル位置をアクセルから離すのだろうか。マニュアルだろうがオートマだろうが右脚の位置も操作も変わらんだろうに。

シート表皮はアルカンタラ(人工スウェード)に合皮のコンビ。インパネやドア内張含めて質感は悪くはない。
ただ、あちこちにレッドの差し色が入るこのシートデザインは私の趣味ではなく、端的にダサい。ま、シートは変えればいいか。

7.試乗検分

プッシュボタンでエンジンをかける。
今やエンジンをかけた際にタコメーターが踊るなどと言う不用なギミックは無い。
メーター色も白照明で見やすい。以前の赤照明は個人的にあまり好きではなかった。

エンジン、トランスミッション共に冷えているのか、かなり手ごたえのあるシフトを1速に入れて走り出す。
手ごたえがあるとは言え、以前の6MTの様なゴリゴリした感触は無く、上質だ。
このスバル自社製6MTは2000年登場のGDB型から変わらず採用されているが、さすがに改良されてる。

道路に出る。
ゆっくり走っても駆動系がギクシャクする事無くスムーズだ。エンジンマウントはかなり強化されてると思うが、エアコンONでもアイドリングの振動は皆無。
幹線道路に入りアクセルを少し踏む。そうそうこの加速。
ほとんどタメが無く加速する。普段乗りではターボラグも何もわからない。恐らく相応にターボの応答遅れはあると思うが、そんなのは全くお構い無しな加速感。
今時の4WD車として比較的軽い車重1490kgも効いてるのだろう。

試乗コースの短いワインディングへと入りアクセルを踏み込む。
当たり前だが速い。
そして13対1のクイックステアリングはチョイと切っただけでグイグイ曲がる。
どんどん自分の視界が狭まるのを感じる。

やべぇやべぇ、こりゃあっさり捕まる。折角去年ゴールド免許になったのに。速度はとてもココで書けない。

この加速感はGDBの頃から変わってない。圧倒的な速さ。

だが、昔と随分異なる点がある。
エンジンや排気のこもり音、振動は大幅に低減している。
乗り心地もこの手のクルマとしては良い。ボディはしっかりしてるし、足も動く。

タイヤは245/35R19のアドバンスポーツでパターンノイズや踏面の硬さは出ているがさほど不快ではない。

ディーラーのお兄さん曰く、VA初期型はもっとガチガチの足だったが、年々温和な方向になってるとの事。今の仕様はガッツリ走りたい人には物足りないかもしれない。

イメージとしては超速いレガシィのようだ。

エンジンは苦もなくウルトラスムースに回る。
とは言え、回してたらヤバい速度になるのであまり確認できていない。

油圧パワステのステアリングフィールも良好。以前クイックステアリングのSTIモデルはフィールが粗いイメージがあったが、コレはそんなこともない。

ステアリング径が小さすぎる、と思ったが、実は370mm径(Dシェイプで下側が平らになってる為上下は360mm)でそこまでではない。
以前当方レガシィB4にスパルコ365mmステアリングで乗ってたのと変わらない。WRXはステアリングギヤ比が猛烈に速いせいだろう。私の下手くそ分解能では付いていけないので、あと10mmほど大径にしたいとこだ。

アクセルのストロークももっと欲しい。
スバルお得意のSI-Driveと加速モード設定もあり、今回はSとした。
コレはアクセル開度とスロットル開度の関係をいじくる奴で他に低燃費モードのIと速いモードのS#があるが、Sが素のモードだろう。
また、4WDのモードはオート。こんな試乗じゃ違いなんてわかるはずもない。

という事でクルマの性能の片鱗すら確認できる事なく、試乗終了。

8.総括

スバルWRX STIは以下の点で良好だった。
・圧倒的な速さ
・快適な乗り心地

いや、間違いなく速い。
同じ様なエンジンスペックだからと、S4やレヴォーグと比較するのは大間違いだ。STIは体感で倍は速い。

なにも最後なのはEJ20ターボだけでは無い。
良好なフィールの油圧式パワステも最後だろう。
3ペダルの6MTも。という事はまともなペダル配置も。

今やサラリーマンの手が届く価格でスーパースポーツが味わえる唯一のクルマと言っていい。

噂によると、後継車の登場は当面ないようだ。
登場してもどうせS4の方向性だろう。

新車で買えるのは2019年内が最後。

ファイナルエディションとtype Sの見積りを貰いて帰路についた。

いや、買わないですよ、たふん。。

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