セレナe-POWER試乗記

6月にノートe-POWERをレンタカーで借りて、非常に高い動力性能を持つことがわかった。
このパワートレインをほぼそのまま使用し、車両自重は1.7トン以上、総重量は2.1トンにも達するセレナe-POWERがどうなのか、少し気になっていた。

さて、セレナとはどんなクルマだろう。
1970年代後半に日産の商用車バネットをベースに、多人数車としてバネットコーチ/ラルゴとして登場したのが祖先だ。この頃はトヨタのタウンエースの並んでキャブオーバー型(運転席が前輪上となる、車体の先頭に座る形)が主流であった。トラックと同様の形で、当然ながら後輪駆動である。

エポックメイキングは1991年に登場したC23型バネットセレナだろう。セレナの名が付いた初代だ。
主に衝突安全性の観点からそれまでのキャブオーバー型から、前輪を前に出し、小さいながらもボンネットを持つ形とした(エンジンは従来通り運転席下で後輪駆動)。

何よりリアサスペンションがすごい。日産の901運動による性能向上取り組みもあり、当時のセフィーロ、シルビアなどの乗用車用と見紛う、ダブルウィッシュボーン派生型マルチリンクを採用。しかも省スペース実現の為スプリングはFRP樹脂製リーフを採用している。
(最近ボルボXC90に採用されて騒ぐメディアがあったが、何を今更。コルベットは80年代から採用している。ボルボのメディア向け情報だけ見て原稿書くからそうなるのだ。)
しまいには上級モデルに日産渾身の車体安定ヨー制御システムである、四輪操舵スーパーHICASまで採用されている。

この手のクルマで、メーカー純正ドレスアップモデルやオーテック他系列会社の架装モデルを多くラインナップしたのもセレナが最初だろう。それまでワンボックスの特別仕様はデリカスターワゴンのChamonixくらいなものか。

つまり、かなりの全力投球だったのだ。

しかしながら、1996年にホンダからステップワゴンが発売された。FF乗用車ベースであるため、広い室内と低床、そして廉価な価格でヒットした。
これに対抗すべく、次のC24型セレナはFFの新設計プラットフォームとなった。リアサスペンションは流行りのトーションビームかと思いきや、C24は独立式マルチリンクで凝った足回り。
しかし、コスト要件の為かその次のC25型にトーションビーム方式に変更された。以後C26型、そして最新のC27型に至る。
つまり、ここ三世代はその前と比べ、シャシー周りの変更点は少ない。ほぼ同じプラットフォームを使ってるのだろう。

ちなみに、トヨタのノアもFFとなったこの三世代、プラットフォームはほぼ同じように見える。確か90年代半ばのMCプラットフォームから派生したものだ。TNGAどころの話ではなく、2世代前のものだ。

ステップワゴンもこの三世代変えていない。

この15年ほど、5ナンバーミニバンはみんなプラットフォームそのものに大変更はないという事だ。

それも無理はない。
5ナンバーミニバンは非常に難しい要件の元設計されている。日本専用5ナンバーサイズだが、7人8人を乗せ、車両総重量は2トンを遥かに超え、しかも低価格を実現しなければならない。
そうなるとこのクラスのグローバルプラットフォームはもちろん使えず、旧来のシャシーをリファインして使い倒すしか方法は無いのだ。
古いシャシーが悪いとは思わないが、改変できる要素がほとんどないのは事実である。今後どうするのだろうか。

さて、展示車を見てみる。普通のガソリン車ハイウェイスターVセレクションというモデルである。このモデルは8人乗り、e-POWERは7人乗りである。

下回りを覗く。
リアサスペンションはトレーリングアーム派生トーションビーム式だ。FF小型乗用車に広く使われている形でノアとも同じ。
個人的には荷重変動の大きなミニバンのリアサスはステップワゴンのようなリジットが好ましいと思うが、乗用車ベースだと仕方ないか。

ちょっと意外だったのは、ショックアブソーバー径だ。ノギスで計測したわけじゃないが太い。
となりのエクストレイルと比較したら同じ位だ。エクストレイルは先代でザックスのショックアブソーバーを使用して評価が高かった事もあり、現行もショックアブソーバーは奢ってるはず。

つまり、セレナのリアショックアブソーバーはそこそこ高級品のように見える。車両総重量を考えれば当然だが、コスト要件が厳しい割にツボは押さえているようにも思う。

運転席を見てみる。
いつものように運転席に座り、イニシャルの背面角度を確認する。当然ながら上体を立て気味に座る姿勢。そこからメーターが見える場所までシートの高さを上げていく。展示車はエンジンかかっていない為、メーターパネルには何も表示がない。どこまでをOKにすればいいか不明なので、ひとまずボンネットの中央膨らみが見えるところまで上げる。

ステアリングはチルトとテレスコ付き。チルトを調整するとハンドルの向き(角度)が随分変わる。ジョイントの位置がかなり手前である上に、どうもバルクヘッドでステアリングシャフトを通してる場所が低いように思う。なので、チルトで上側に振る範囲でしか使えないのではないか。

なんとなくだが、セレナはFFミニバンに移行してから今まで、基本設計はずっと同じ、つまりバルクヘッドも共通、着座位置や高さが変わったが、ステアリングシャフトを通す位置は変えられない、そう言うことかもしれない。
また、チルト上げないとステアリングポストが膝に当たる。と言う事は結構チルトを上げるべきのようだ。

ステアリング形状は最近お約束のDシェイプ。下側が平らなタイプだ。ミニバンと言うクルマにランボルギーニのようなDシェイプを採用するセンスは理解不能。だが、日産は今やみんなコレだ。

右ハンドルオフセットをチェックして、少し驚いた。
側面から見る限り前輪位置は運転席に近く、足元を侵食するだろうと思ったのだが、意外にオフセットは少ない。
ステアリング軸はシートに対して10~15mm程度左に偏移しているが、ブレーキペダルは明確にステアリング軸の右にある。
コレは日産FF車の中で一番いいペダル配置ではないか。

隣のエルグランドなんかこれよりよっぽど大きい車体にも関わらず、あっさりペダルをオフセットさせて澄ました顔している。

セレナのペダル配置は真面目だ。

シートについてはその出来がウリとのこと。
運転席は背中をキッチリ預けられ、サポートも悪くない。ぶっちゃけて言うと、展示してあった日産車(ノートやエルグランド、エクストレイル、ティアナ)でこれよりいいと思ったのは「ノートe-POWER NISMO」だけである。エクストレイルも割といい。
つまりセレナの運転席シートは日産車の中では結構いい方なのではないか、と思った。

後席も確認。
展示車は普通のセレナ(非e-POWER)の為、8人乗り仕様だ。つまり、2-3-3の3列シート仕様である。
セレナe-POWERの場合は7人乗りで2-2-3となる。1列目にバッテリーがある為、一人分の座席がない。(8人乗り仕様だと、2列目シート中央は、使用しないのであれば倒して前に移動させて、1列目のアームレストやドリンク置きにもなる。e-POWERはこの1列目のアームレストの位置に固定している模様。)
2列目シートのシートベルトは、座席組み込み型である(シートの肩の部分にベルトリールを内臓)。この形をやろうとするとシートの剛性を確保しなければならない為、なかなか難しい。
ミニバンの場合、2列目シートは位置やシートバックの角度が様々に調整できる。
シートベルトアンカーが車体側についていると、シートベルトが乗員を適切に拘束できない可能性がある。なので、シートとベルトは一体にしましょう。と言うことなのである。

ただ、残念ながら2列目シートの横方向サポートは皆無だ。5ナンバーミニバンで3人を横に座らせなければならない設計なのだから、仕方ない。
でも2列目が2人乗り仕様のe-POWERもさほど変わらないのはちょっと淋しい。同じシート構造だから当然と言えば当然だが。

2列目シートのスライド量は非常に多く、リムジン級まで足元を広げることができる。いや、快適である。しかも横にもスライドする。こりゃいい。

当たり前だが、シートのスライド量をまるで前から後ろまでずーっと引っ張れるような構造にするなら、フロアは上げ底の二重構造となる。そのままのフロアだと凸凹していてシートレールを後ろまで引けない。だから上げ底で平らな床を作ってやるのだ。こうなると高さが上がり、重心は高く、室内有効高さは減る。
でも、今や5ナンバーミニバンは全車これだ。しかも低床を実現している。と言うことは、ボディの床は極力平らにするしかない。床の剛性確保は絶望的ではある。

3列目は意外にしっかりしたシートだ。2列目と同様に横方向のサポートは皆無だが、スペースそのものは広く、視界も悪くない。オマケ感が少なく、ちゃんとした座席として成立している。
ヒール段差は2列目、3列目共にやや不足。これは敢えてやってることだ。シートスライド時に誰でも床を蹴っ飛ばせる為、ということ。この辺りもミニバンはみんな同じなんだろうと思う。

さて、試乗車が用意されたようだ。e-POWER HighwaySTAR Vってやつらしい。
いつものように愚息を後席チャイルドシートに括り付けて走り出す。

ここで気がついたが、ワンペダルってのが付いている。これはアクセルペダルだけでブレーキまで動作させる機構で、ブレーキペダルの操作不要ってやつ。

ワンペダルについては私は否定的だ。緊急時はブレーキペダルを踏む必要があるが、普段アクセルペダルだけの操作で加減速停止まで行っていたら、とっさにブレーキペダルを踏める訳がないだろう。

ただ、技術的には見所がある。
アクセルを離したところで強い回生ブレーキにより電力はバッテリーに蓄えられる。その後メカニカルブレーキを作動させるの仕組みだが、回生ブレーキを有効に使うためにはキャパシタレベルの充電特性が必要になる。つまりは急速充電だ。

このすごいところは、これをリチウムイオン電池で全て賄っているところである。もちろん、このためにリチウムイオン電池はリーフと違い特別製だ。充放電のレスポンスが非常に良い高価な電池を使っている。

EVの電池を蓄電してVPPとかバカな事言うな。リーフ含め最適化された高級電池を送電網で使うなんて、こんな勿体ない話は無い。

さて、走り出すことにする。ステアリングを操作して、ノートのようにゲーセンのハンドルの如く操舵力が非常に軽くてインフォメーションの無いステアリングに幻滅する。うーむ、最近の車は丁寧なハンドル操作を拒絶するかのようなステアリングアシストだ。
試乗は残念ながら渋滞している市街地を転がしただけなので、高速性能は不問としていただきたいが、それでもこのステアリングフィールは自動運転励行ということなのだろうか。

果たしてコレでいいのだろうか。

e-POWERはトラクションコントロールが極めて優秀で、クソタイヤなエ◯ピアでもトラクションを失わない事を以前ノートe-POWERを乗り倒して知っている。

セレナもエ◯ピアだ。

エ◯ピアはウエットが特にダメで、雨天だと乗っててわかるほど当たりが硬くなり、グリップは極端に落ちる。にも関わらずノートe-POWERは結構速い加速でもタイヤは空転しなかった。

だから怖いのである。空転しないので「タイヤ意外とイケてるじゃん」とハンドルを切る。フィールは変わらない。もっと切る。いきなりタイヤグリップが抜けて直進、という危険性がある。
予めタイヤグリップの強弱がわかるステアリングフィールは運転する上で本来不可欠なのだ。

残念ながら渋滞している市街地を転がしただけなので、高速性能は不問としていただきたい。

市街地を走る分には動力性能に不満は無い。加速レスポンス良く、むしろクルマが軽く感じるくらいだ。この辺りEVのような加速感は大変いい。

視界も非常に良い。グラスエリアが広く、座席を高く座らせる為、恥ずかしい位上体が晒される感じだが、見晴らしは良い。Aピラーも邪魔にならない。

エンジン音は結構入ってくる。渋滞を転がすだけでもバッテリーだけの走行は厳しいらしい。

乗り心地は悪くない。脚もよく動いてる。フロントのショックアブソーバーに指を突っ込んでみたところバンプラバーにタッチするまで指3本分位あり、比較的脚を動かす設定らしい。

渋滞中の為、本当の走行性能は不明だが。
あんまり飛ばしたくない感じではある。

脚よりもボディ剛性が気になる。車体に芯が通ってない感じで、前と後ろが別々に動いてるような、スッキリしない感じが常につきまとう。

ミニバンに多くを求めるのは酷か。

そう言えばニスモやオーテックスポーツ仕様はフロアに補強が入っているらしい。17インチタイヤ対応だろうか(標準は15インチ)。全モデルに補強入れて欲しいところだ。

ここで総括する。
セレナは以下の点で秀逸なことがわかった。
・EVと同等の加速レスポンス
・視界
・右ハンドルの運転席レイアウト

動力はもちろん不満無かったが、渋滞を転がしただけなのでもっと乗ってみる必要がある。車重を考えれば、ノートe-POWERのようにホットハッチと呼べるパフォーマンスは流石に難しく、絶対的には速くはないだろう。

余談だが、小型ホットハッチならノートe-POWERニスモは相当良いと思う。タイヤもエ◯ピアではなく、マトモなヨコハマS.driveという良識ある選択だ。
(大して速くもないファッション軽ミッドシップに走行会専用最強ネオバ履かせるような、センスのカケラもないメーカーとはワケが違う。あの会社はコレをダメ出しできる人間がいないのが問題だ。)

ペダルオフセットの少ない右ハンドルの運転席環境は素晴らしい。
ただでさえスペースに余裕のない5ナンバーミニバンでコレを実現するのは並大抵の事ではない。後席や荷物室のスペースを確保するには運転席を前に出さなければならず、そうなると必然的に前輪が干渉する所まで運転席を前進させることになるのだ。そうなると前輪が運転席足元右側スペースに前輪が侵食する為、これを避けるようにペダルは左に移動(オフセット)させるのが普通である。その移動量が僅少なのだ。
開発者に敬意を表する。

ボディは剛性はいかにも辛そうだ。各部を見る限り真面目に作ってるように思える為、もはや限界なのだろう。

ならば床構造を変えて、補強の為に縦横メンバーを通すのがスジだ。

しかしそんな事をすると低床で室内高クラスNo.1の座を保てなくなる。又はシートロングスライドを諦めなければならない。ボディ剛性向上とどっちが拡販に繋がるかと言えば、火を見るよりも明らかだ。開発者として苦渋の選択だろう。

ただ、それでも私はセレナe-POWERを否定しない。加減速のレスポンスはまさにEVであり、この感覚はセレナe-POWERしか味わえない。視界も良好でポジションも良く、運転手に特別な技能を要求しない。

コレらは間違いなくセレナe-POWERの美点だ。

万人が安全に運転することを考えれば、アホな電動パワステや、環境で性能が変わるエコタイヤは、その意図に反するところが惜しい。燃費向上は多くても数パーセントだろう。

とは言え、免許取りたての若者や老人が好む小型エントリーカーは各社全てコレだ。セレナだけの話ではない。
コレがクルマを安全に運転するという基本的思想に反してる事くらい、誰もわからないのだろうか。

こんな仕様を推進してる人間は運転した事ないのか?
タイヤの特性を知らないのか?
バカなのか?

ココは自動車業界全体の問題だと思う。暗澹たる気持ちになる。

話が逸れた。

家族が多く、ほぼペーパードライバーなママさんも運転するのなら、セレナは有力な選択肢だし、これはこれでベストだと思う。

独身の方や4人以下の家族であればおススメはしない。
ほかにいいクルマはもっとある。

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