黄泉比良坂とピタゴラスカンマ (2)
なぜか、真空蒸留水の研究とともに研究をすることになってしまった古事記の研究ですが、これは偶然ではないような気がします。
ことの発端は、ゼロ磁場空間を創るために、分杭峠の石を、フォノグラムの音響対称性が高くなるように配置することでした。
このことを古代人は知っており、巨石や神社などで、日本の国土の音響対称性を高くして、バリアを張っていたのだと思います。
特に、石や草花は地球のシューマン周波数(地母神)と共振しており、それが人の精神を安定させることを知ってたのではないかと思われます。
逆に言えば、国土のフォノグラムの音響対称性を乱しさえすれば、そこに住まう人々は大自自然から離れてしまうかもしれません。
ミシャグジは宿神であり、ククリ姫神であることが以下の本で書かれています。
とても面白い本です。
縄文文明の本質は「死と再生」の信仰であり、白山信仰に繋がること
光と闇の境目の存在が影であり、その境界人こそが重要な役割を果たすこと
オフィシャルな歴史認識とは全く異なり、排除され隠された神々(働き、知恵)があること
など、、。
*実のところ、フォノグラムの研究を始めたころ、こういった文献にあたったことも正直ありました。
ただ、それが何であれ、既成概念に置き換えるという事が、おそらくフォノグラム研究を途中で止めてしまうだろうと直感が働き、一切、外から情報収集をするのを止めることにしました。
今となっては、それが良かったと思っています。
そうでなくては、おそらく等音面の実証や12KENの発見には至らなかったと思います。
しかし、フォノグラム研究が一段落した今、もう一度、そういった文献にあたって外の情報に目を向けようと思いました。
死と再生(誕生)の信仰といっても当たり前じゃんって思うかもしれません。
しかし、現代人ほど、この死と再生から遠い文明は無いのではないでしょうか?
人は、確かなものを求めて、いろいろなところに出向き本を読んだり、偉いといわれる人の教えを学んだりします。
ほとんどが、誰かの言ったことを信じる信仰にすぎません。
科学ですら実は信仰にすぎないのです。
しかし、だれもが間違いなく確かだと受け入れる事実がたった一つだけあるとすればそれは
「人は必ず死ぬ」
ということだけです。
そして、輪廻転生は別としても、
「新しい命が生まれてくる(再生)」
も誰もが認めるところではないでしょうか?
この事実を信仰の対象にしているというのは、平和を構築するための深い知恵だと思いませんか?
全ての争いは、何を前提としているかで起きてしまいます。
異なる前提の数だけ宗教があります。
しかし、「死と再生」というものが前提であるとすれば、あとは些末なことになってしまうのです。
現代においては、些末なことが大事であるとされ、一番大事な「死と再生:ただ生きているという事」がないがしろにされています。
当たり前すぎて気が付かないのです。
「死と再生」というものを大前提とした信仰とは、すべての色眼鏡(些末な前提)を外すことであり、そこに差別意識や選民意識は生じるはずもないのです。
ここからは、私の私見です。*全部私見ですが~~
石の配置によって、空間の音響対称性を上げることが解れば、当然、日本全土の結界を張りたくなります。
そして、その役割が神社だったりするのでしょうが、私は、太陽の振動数や光の振動数が上昇するにつれて、もうそういった結界自体も必要ない時代が来るのではないかと思っています。
なぜならば、人間自体が太陽の光によって強制的に進化していくだろうと思っているからです。
こういったことも、近赤外線分光器で計測していけば、この時代に人類にいったい何が起きていたのか記録することができます。
今、我々は人類史上一度も通過したことのない時代を生きようとしています。過去の文献は、あるタイムラインまでは参考になると思いますが、その先は未知です。
その先の未来を創っていかなくてはなりません。
何もあてにならない状況に置かれてこそ、そのような能力が人類に芽生えるのではないでしょうか!
それこそ、今我々が置かれている状況ではないでしょうか!
これこそ目覚めのチャンスだと思います!
真空蒸留水を自分で作って飲めば進化が速まるかも!ってにうのも結構真剣に考えています。
残席若干数あります~
今日の話をもう少し詳しく聞きたい方はこちらへ~
オサナイカオリさんの対面施術会、京都、23日にまだ枠が若干数あります。
【9月22日・23日】 対面施術会@京都 – マリアグリッド エナジーブティック (energyboutique.net)