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重度障害児の意思決定

カチカチ山のタヌキのピンチに目を離せないリオナ。


状態は少しずつ落ち着き、ネーザルハイフローに行ったり来たり。

新年早々呼吸状態が悪くなり救急搬送し、2週間近くPICUで治療。
健康な人であればなんてことない風邪も、リオナは肺炎になり重症化する。
コロナ禍ということもあり、PICUの面会はゼロ。
家族の誰にも会わずに1日過ごす経験なんてしたことのないリオナ。ましてや、自身で意思表示しても普段関わったことのない人たちには伝わらない。
先日PICUから出てきて小児病棟での付き添いが始まり早1週間。
病院で体調を安定させ、感染しないように過ごしている。
昨日は小児外科のドクター。今日は麻酔科のドクターと話をし、あとは書類にサインをするのみ。
来週の月曜日に喉頭気管分離のオペをする準備が着々と始まっている。

いつかはすることになるだろうと分かっていた喉頭離断。誤嚥を避けることはできるようになるが、声を失う。

状態も安定しているから、一旦家に帰って、リオナの声を長女にも聞かせてあげたいと思うも、オミクロン株の感染が爆発していることもあり、一時帰宅は断念した。

この1週間、変わらずリオナは声を出して私に色々伝えてくる。

抱っこして欲しい。
椅子から降りたい。
オムツを変えてほしい。
お風呂上がりは寒くて声を上げて泣いている。

どの声も愛おしく、耳に焼き付け、カメラを回して残している。

生まれた時から比べたら、声も大きくなったし、声をコミュニケーションの手段として使っている。

できないことだらけのリオナのできる1つの手段を失う決断は、すごく悩んだし、リオナの声を失う寂しさに耐えられない自分に友人たちが話を聞いてくれ、泣きじゃくる私に一緒に泣いてくれた友人もいた。

PICU入院中は15分のオンライン面会が許された。
マスクの呼吸器を装着し、浮腫んだリオナを見る私はただただ無力だった。


画面越しに長女とたくさん話しかけた。しんどいながらも目を開けて瞬きで意思表示をし、口を動かして何かを伝えようとする彼女がいた。
そんなオンライン面会を数日続けることで、私なりに気持ちの整理をし始めた。

声以外にも、この6年で人に伝える手段をゆっくりと習得しているのを画面越しに見ることができた。

こうなることを踏まえて、一歳前から何度も話しをしてくれた神経のドクター。
いずれは喉頭離断をする方が楽な時が来ること。その日までは、できる限りリハビリでいい状態を維持する。
自発呼吸をするための胸郭と肺の形、問題なく気管切開できるよう首の長さを出し、体を非対称にならないよう維持してくれたセラピストの方々、そしてリオナの残ってる得意な機能を伸ばしてくれたことで、ここからまた次のステップへ踏み出す決心ができた。感謝しかない。

救急の小児のドクターからも、本当は挿管して呼吸管理をしたいが、抜管後のリオナの負担を考えると、もう少しマスク呼吸器でがんばる、と尽力を尽くしてくれた。
心臓の不正脈もあるリオナにとって、心臓が止まった時にどれだけ酸素を入れても恐らく呼気の弱さから戻ってくることは無理だろうとも言われた。
今気管切開をすれば本人も楽だろうが、本人に会えるまでは何も決断することらできない、とドクターに伝えた。

リオナには負担が大きかったかもしれないが、私の無茶苦茶なお願いも聞き入れてくれ、リオナと過ごし、リオナと話す時間を作ってくれたドクターたち。

PICUの看護師たちも、セラピストたちと連携を取りながら一生懸命リオナの姿勢管理をし、緊張のコントロールをしてくれた。
おかげでネイザルハイフローまで回復し、病棟に戻ってくることができた。


長女にこれからのリオナのことを説明をし、失うものの怖さと寂しさに、2人で大泣きした。


「リオちゃんに生きて欲しい。私はずっとリオナのお姉ちゃんやから。リオナ声出んくても、叩いてくるしムカつくけど大丈夫!リオちゃんおらんかったら、Nちゃん(毎日オンラインで遊んでる)ともお友だちになれてないし、Kさん(長女が一方的に鬼LINE)からもプレステもらえんかった!リオちゃんおるから私いっぱい友だちおるもん!R(栃木のプレイボーイ)もA(滋賀の虎)も、ヒッキー(引地さん)にも会えんかった😭ノアもジョナも…ウゥ…泣」

と、ちょっとツッコミどころ多めな回答に、リオナの状態がどれだけ変わっても長女は大丈夫だな、と安心して家を出てきた。

福岡の福島先生のオンラインの研修会を見て心動かされた私の両親は、「早く気管切開して、楽に生かしてあげて、リオナを連れて帰ってきてあげて。」と、私以上に前向きで、入院中のリオナとLINEのテレビ通話をしては「りおちゃーん!」と話しかけてリオナの反応を楽しんでいる。

誰一人この選択に否定することなく、受け入れて、一緒にやれることをしようと言ってくれた。

自身で決断できないリオナに代わって最終決断する私に、「お母さん1人で決めることに無理がある。智代1人の決断ではなく、私も一緒に決めたから、1人で責任を感じることはない。大丈夫。」と言ってくれた家族のような友人。
本当にみんなありがとう。

今日で7歳になったリオナ。
生まれてすぐ、今いるここの病院のNICUに運ばれて命を救われた。


何で助けたの?
生きてる意味あるの?

と7年前ここの病院で流した涙は今でも忘れない。

けれど、日に日に彼女と生きたいと思うようになった私は、どんな状態になっても彼女を連れて帰るとドクター達に言っていた。

ドクターたちと散々なやり取りをした過去もあったけれど、ドクターたちがリオナの命に諦める選択ではなく、生きることを一緒に考えてくれたことに、今はとても感謝している。

そしてこればかりはリオナの運の強さだと感じるのは、不在であった執刀してもらいたい小児外科のドクターが昨年病院に戻って来ていて、信用できるドクターにオペをしてもらえるのも良いタイミングなのだと思う。

リオナが自分でどうしたいかを言えたらいいのに、と思うも、今回ばかりは私のわがままかもしれない決断を受け入れて欲しい。

私は彼女とまだまだやりたいことがある。
命ある限りできることはたくさんある。
重度障害児者の生き方をあなたと変えたい。
もしかしたら彼女の決断と相違があるかもしれないけど、私はこの決断に間違いはないと思っている。

次のステップに私も一緒に走るから、ママを好きでいてほしい。


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