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大切にしたいことは既にある。ただ忘れているだけだ。

2020年2月23日、ヒッチハイクで、パースからコールガーディーまで移動した。
今はそこからさらに数キロ離れた、茂みで張ったテントの中にいる。
時刻は夜の7時。日はほとんど沈んだ。30分ほど前に見た空は曇が黒くて、遠くで稲妻が落ちていた。テントの中に入っても、外が雷でぴかぴかと光っているのが分かる。

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今手元にある食料はロールパン8個、黄桃3つ、水が1.5リットル。水は少し不安だが、まだ食料には余裕がある。夜が明ければ、ヒッチハイクを再開できる。次の街で、水を調達すればなんとかなるだろう。

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書いている矢先、雨が降ってきた。嵐にならなければしのげるはずだ。けれども雷がやむことなくなり続ける。徐々に激しくなってくる。砂漠で雷に合うと、危ないと聞いたことがある。ここでは、雷に打たれないだろうか。どうしても最悪の事態を考えてしまう。
ずっと待ち望んでいた、サバイバルだ。けれど、いざこうして不安定な地に足をつけていると、本当に俺は生きて日本に帰られるのか、と不安な気持ちになる。生き延びろ!俺!

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死を連想すると、父の顔、母の顔、兄の顔、大好きな友人たちの顔が次々と浮かんできた。束の間、彼、彼女たちとの時間を思い出すと、幸せな気持ちになれた。
嫌いな人の顔も思い出した。辛かった出来事、傷ついた出来事も合わせて蘇ってくる。とても不思議だ。今はそんな出来事すらも、愛おしいもののように思える。

覚えていよう。人間とは非常に、忘れやすい生き物だ。ここで有り難みを感じられていても、安全安心な生活に戻れば、この有難味はどこかへ消えてしまう。

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太宰治の雨ニモマケズを思い出した。こんな一節があった。

あらゆることを 自分を勘定に入れず よく見聞きし分かり そして忘れず」

忘れたくない。覚えていたい。この感情。この感覚。

覚えておくためにはどうすればいいだろう。頭で覚えようとすれば、簡単に忘れる。心で覚えようとしても、忘れる。なら魂に刻むならどうだ。絶対に忘れたくない何かがあるならば、自分の一番深い所で覚えておこう。決して、野放しにしてはいけない。心地よいままで、あやふやにしてはいけない。深く深く深く感じて、魂に刻みこむのだ。

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これが投稿されたということは、俺が今日を無事に生き延びられたということになる。果たして、その日に俺は、今日のこの感覚を忘れずにいられているだろうか。

明日を無事に迎えられますように。無事に日本に帰れますように。祈りをこめて。

とむ

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